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“人間の表情”で綴られる恋の物語。監督が語る『ビール・ストリートの恋人たち』

ぴあ

19/2/22(金) 7:00

バリー・ジェンキンス監督 (C)Yoshiyuki Uchibori

アカデミー賞受賞作『ムーンライト』を手がけたバリー・ジェンキンス監督の最新作『ビール・ストリートの恋人たち』が本日から公開になる。本作は1970年代のアメリカで暮らす恋人たちの幸福な日々と苦悩を描いた作品で、ジェンキンス監督は“人の表情”を積み重ねて本作を描いていったという。

2013年に集中して脚本を執筆する必要を感じたジェンキンス監督はヨーロッパに渡り、ふたつの脚本を書き上げた。ブリッセルで執筆したのが『ムーンライト』で、ベルリンで本作の脚本を完成させた。

「ふたつの作品には間違いなくつながりがあります」とジェンキンス監督は語る。『ムーンライト』は現代のマイアミを舞台にひとりの少年の成長や出会い、母との関係を圧倒的に美しい映像で描いた作品だが、本作は1970年代初頭のNY・ハーレムが舞台だ。この街で幼なじみとして育った22歳のファニーと19歳のティッシュは、いつしかお互いに恋愛感情を抱くようになり、やがてティッシュはファニーの子をみごもる。しかし、ファニーは“ある事件”に巻き込まれ、無実なのにも関わらず刑務所に入れられてしまう。ティッシュや彼女の母たちはファニーを助けだそうと奔走する。

「本作も『ムーンライト』も黒人の家庭を描いた作品で、どちらの作品も子どもを守ろうと最大限の努力をする母親の姿が描かれています。この世のどの親も、自分たちが生きてきた世界よりも、子どもたちが生きるこれからの世界の方がより良いものであってほしいと願っています。2作品に登場する母親たちもそうです。しかし、2作品は登場人物が置かれている状況がまったく違います。ですからもし仮に、『ムーンライト』に登場する母親と、『ビール・ストリート…』に登場する母親を入れ替えたら、登場人物はまったく違った育ち方をしたでしょう」

脚本を執筆しながらジェンキンス監督は「人間を形成するのは“生まれ持ったもの”か“育った環境”か?」について考え続けたという。アメリカ社会においてアフリカ系の人々は生まれながらに差別されたり、不当な扱いを受け続けてきた。また、彼らが暮らす地域の一部では犯罪や暴力、貧困が広がり、明日を見いだせない人たちが多い。『ムーンライト』の主人公は過酷な環境の中で育ちながら、数々の失敗や後悔を経て、自分が誰を愛し、誰にそばにいてほしいのかを見つけていく。『ビール・ストリート…』の恋人たちも必死に生きているだけなのに差別されたり、ひどい仕打ちを受けてしまう環境で成長するが、その一方でふたりは生まれた時から“生涯最愛の人”に巡り合っている。不条理ともいえる環境の中で、人はいかにして前を向き、誰かを愛し、ひいては自分自身を愛することができるのか? この点でも2作品は共通するものがある。

「私は個人的に“ソウルメイト”の存在を信じていますが、そのような相手に出会える人は少ないでしょうし、出会えたとしても状況によって愛を育めなかったりすることも多いでしょう。この映画に登場するティッシュとファニーは運命と幸運によって出会い、愛を育んでいけるのですが、彼らの暮らす環境がふたりの愛を壊そうとする部分が悲劇的だと思います。その一方で私自身は『ムーンライト』で描かれるような過酷な場所で生まれ育ったのですが、運命と幸運に恵まれて、こうして日本で自作について語ったり、アカデミー賞をいただけるような道を歩いてこられました。だから私はいつも“生まれ持ったもの”や“育った環境”についてよく考えるのです」

劇中のティッシュとファニーは過酷な環境や理不尽な仕打ちを乗り越えようと必死に行動する。映画はふたりが恋人として結ばれ、未来を思い描こうとする過程と、刑務所に入れられたファニーを救い出そうと周囲の人々が行動する過程が交互に描かれる。つまり、映画の冒頭で観客は、幸福なふたりがこの後、どうなってしまうのかを知っている。幸福であればあるほど、胸が締め付けられるような感覚が観る者に湧き上がってくるはずだ。「観客の気持ちを操るようなことはしたくありませんでした。ただ、これまで様々な作品で、アメリカにおける黒人の苦しみが描かれてきましたから、私は黒人たちの“喜び”を描いた方が作品としてパワフルなものになると思ったのです。“こんなにも幸福なふたりに危機がおよぼうとしている”と描くことができるわけですから。ちなみに、幸福な日々と苦悩のドラマのバランスをとる際には“化学”の考え方を応用しました。ふたつの物体が同じ重さの時、それぞれの密度が異なれば、おのずと質量も異なります。ですから、この映画でも単純に“質量=シーンの長さ”だけで50:50にするのではなく、物語が持っている痛みや幸福=密度を考えた上でバランスをとったわけです」

監督が語る通り、本作には主人公の恋人たちをはじめ、様々な人々の喜びや苦悩、迷いが丁寧に描かれる。『ムーンライト』は寒色を基調としたカラーリングが印象深かったが、本作では暖色を基調とした画面設計で、物語の重要な局面で画面の色温度がグッと下がる設計になっている。その一方で、両作品ともカメラは冒頭から結末まで徹底して俳優の“微細な表情の変化”を捉え続ける。ジェンキンス監督は「私にとってそれこそが“映画”なんです!」と満面の笑みを見せる。

「私は芸術の最上の形式は文学だと考えています。文学はシンプルな形式で成立しているのに、読むだけで壮大な体験ができるからです。しかし、文学にはできないけど、映画であればできることがあります。それはシンプルな人間のやりとりを描くことです。人間は何か言葉を発している時に、顔の表情を見ると“言葉とは違うこと”を言っている時があります。時に本心が表情に出るわけですが、映画はその表情を切り取ることができるわけです。この映画で私たちがつくろうとしたのは“表情の風景”でした。まるでアンセル・アダムス(アメリカの写真家。1984年没)の風景画のように、私たちの風景は“人の表情”で作られています」

『ビール・ストリートの恋人たち』
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