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『凪のお暇』登場人物の“イヤなところ”も明るみにした秀逸さ 手放したことで開けた3人の未来

リアルサウンド

19/9/28(土) 11:00

 原っぱでパンを焼いてピクニック、隣に住む素敵な男の子との恋、古い映画を見てテレビゲームしてトランプして、大勢で山盛りのギョーザ作って……。

 『凪のお暇』(TBS系)で描かれる古アパートの暮らしは、毎週夢のように楽しそうでうらやましくて、でもいつもちょっと悲しかった。

 それはきっとこの日々が長く続かないことが、主人公の凪(黒木華)も観ている私たちにもわかっていたから。お暇は、いつまでも続かない。夏休みは、絶対に終わる。そして予感していた通り、ドラマの終わりに凪たち住人はすべて去り、アパートも消える。

 ああ、やっぱり……と思ったけれど、すべてが無くなってしまったラストは、想像していたよりも悲しくはありませんでした。むしろすがすがしかった。

 ドラマの最初で、住む家も恋人の慎二(高橋一生)も捨ててきた凪は、ドラマの最後でもう一度家と、慎二と、好きになってくれた隣人、ゴン(中村倫也)とを手放す。なんかこれ、脱皮みたいだなって思いました。あるいは、ヤドカリが古い貝殻を捨てるような。

 大きくなるには、それまで身につけていた小さすぎるものを、えいやっ!って思い切って捨てるしかない。今手元にあるものに、捨てたくない、もったいない、としがみついてしまったら、どうがんばってもその大きさ以上にはなれない。

 誰もがその「捨てる/手放す」あとに訪れる成長を知ってるから、そうすべきだと思ってるから、いわゆる断捨離とかこんまりとかそういうものが流行るんですよね。なおかつそれが難しいから、悩んでるんですよね。

 だから、そういう全部捨てるリセットを、ドラマ内で二回もやってのける凪が、ちゃんと痛みを伴って成長していく凪が、かっこよくてすがすがしく見えたんだと思います。

 それにしても、男性二人、どちらもとんでもなく魅力的でしたよね。

 本当の気持ちを凪に言えず、毎回泣いてる慎二の一途さは可愛らしかったけど、モラハラ気質は薄まりこそすれ最後まで残っていた。実家の「毒」で溺れそうになっていた凪と慎二は似た者同士だから、たぶんいつまでも慰め合うだけで、その毒から逃げられない。物語の最後まで、彼らと実家との決着はつかないままだった。そんな二人だから、今は離れるのがいちばんいい。

 「あいつのために何ができるだろう」と考えるまでに成長した慎二が選んだ「凪のためにできること」が、彼女の前から消えることだったのはせつないけれど、それは彼の成長にも必要な「捨てる」ことだったんだと思います。最終回では一度も泣かなかったのも、えらかった。自分の本当の気持ちを伝えきったら、もう素直になれない苦しみで泣くことはない。

 恋を知らず、目の前の人に、鳩にエサをやるようにその場だけの幸せを分け与えていたゴンは、凪と出会って恋と、それを得られない悲しみを知った。ゴンとの生活、あの笑顔をずっと見られるしあわせは最高だとは思うけど、受け入れてしまったら、ずっとあの部屋から、あるいはあの原っぱから出られない。

 凪ちゃんのウィッシュリストに書かれていたのは「自分で運転する」など、ここではないどこかへ行こう、というものばかりで、その願いはゴンと一緒に昼寝する毎日では叶わない。慎二とは対照的に、ずっとふんわり笑っていた彼が、最終回で初めて泣いたけど、これもきっと成長への痛み。

 と、理屈ではわかるんだけど、彼らに恋されてどっちも断るなんて、たいへんなことですよね? すごい強い気持ちがないと、できませんよね、そんなこと?

 凪ちゃん、強い。絶対、彼女は何年か後、夢のコインランドリーを坂本さん(市川実日子)と経営してると思います。あんな強い意思があるんだから。

 登場人物が、だれも完璧な「良い人」ではなく、何かしらちょっとしたイヤなところを持っていたのが、好きでした。その逆で、「悪い人」の奥まで見せてくれていたのも、好きでした。

 実は私、元同僚の足立さん(瀧内公美)が、イヤな子だけどどうしても嫌いになれなかったんです。彼女は誰かに「イイネ!」がもらいたくて、上位に立ちたくて、そのためならなんでもする……例えばランチはインスタ映えするおしゃれな店だし、同僚たちに「わかるー」って言ってもらえそうな悪口やうわさ話をずっとしてる。でもそんな必要がない場所、ひとりで参加した婚活パーティーでは、凪とは気づかないまま強気で男たちから彼女を守る。本来はそういう人だったんだろうな、って。

 最終回では今までしてきたことが彼女自身にはねかえって、苦い思いをするけれど、そこで声をかけるのが、今まで散々いじってきた相手の円(唐田えりか)なのも、いいです。ただやられてるだけじゃない、女の子。円の、「可愛い女子」のかかえる苦悩まですくい上げてくれてたところも、このドラマはすごくよかった。

 あの二人は友達にはならないと思うけど、スナックバブルに通う飲み仲間にはなれそうな気がする。

 空気は吸って吐くものだと凪は言ったけれど、彼女のようにはばっさりすべてを捨てられない私たちはたぶんこれからも、その場に応じて空気を読んで作ってなんとかごまかしてやっていく。それが、大人だから。

 でも空気が薄くてどうしようもなくなったら、思い切って全部捨てて、お暇することだって、できる。子どものように、毎日を夏休みにしちゃうことだってできる。そんな「もしかしたら」の勇気をくれるドラマでした。

 とりあえず今は、スナックバブルで、ママに話を聞いてもらいたいです。(イラスト・文=渡辺裕子)

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