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川本三郎の『映画のメリーゴーラウンド』

楽器の町、浜松を舞台にした映画の話から、中田島砂丘のロケ撮影、『砂の器』、食堂車…、最後はデモ隊が歌っている労働歌の話につながりました。

隔週連載

第55回

20/7/21(火)

 川頭義郎監督の『涙』は、楽器の町、浜松を舞台にしている。
 日本で砂丘というと鳥取の砂丘が有名だが、もうひとつ、この浜松市の海岸沿いにある中田島砂丘も知られる。
 『涙』ではハーモニカ工場で働く若尾文子が、同じ工場で働く石浜朗と愛し合いながらも、家の事情で結婚をあきらめる。最後に二人が会う場所が中田島砂丘。
 他に人の姿の見えない砂丘でパラソルをさした若尾文子が、石浜朗に別れを告げ場面は切なく、哀しい。
 浜松といえば、木下恵介監督の故郷。第一回作品、昭和18年の『花咲く港』(1943年)をここでロケしている(九州の天草でも)。
 若き日の木下惠介を描いた『はじまりのみち』(2013年、原恵一監督)には、木下監督(加瀬亮)が中田島砂丘でロケする場面がある。
 川頭義郎は木下惠介に師事した。そのためもあって『涙』に、木下監督ゆかりの中田島砂丘の場面を取り入れたのだろう。

 中田島砂丘が登場する松竹映画がもう一本ある。
 松本清張原作、橋本忍、山田洋次脚本、野村芳太郎監督の『砂の器』(1974年)。撮影の川又昴によれば、タイトルシーンの幻想的な砂丘は中田島砂丘で撮影したという。ただ、どうしても風紋がないので、そこだけ鳥取砂丘で撮影した(小学館DVD BOOK『砂の器』、2009年)。
 『砂の器』は、冒頭、二人の刑事(丹波哲郎、森田健作)が、羽越本線の羽後亀田駅に降り立つところを始め、東京の蒲田駅、山陰本線の宍道(しんじ)駅、木次線の亀嵩(かめだけ)駅、参宮線の二見浦(ふたみのうら)駅などの駅が登場し、鉄道映画としても観ごたえがある。
 さらに鉄道好きにうれしいのは、いまやイベント列車をのぞいてはほとんど姿を消している食堂車が出てくること。
 二人の刑事は、羽後亀田で犯人の手がかりが得られず空しく東京に帰ることになる。帰途、二人は食堂車に行く。そこで、旅行中の新進音楽家、和賀英良(加藤剛)に偶然、会う。食堂車は、こういう偶然が起こりうるところだった。

 食堂車が印象的な映画といえば、山本富士子が素晴しく美しかった『夜の河』(1956年)が忘れ難い。澤野久雄原作、田中澄江脚本、吉村公三郎監督。
 京都の染物屋の娘、山本富士子が、妻子ある大学教授の上原謙と知り合い、互いに愛し合うようになる。
 ある時、夜行列車で京都から東京に行くことになった山本富士子は、食堂車で偶然、同じく東京に行く上原謙と会う。
 遺伝子の研究をしている上原謙は、長年取り組んでいた実験に失敗したところ。食堂車でひとり悄然とビールを飲んでいる。それを見て山本富士子が言う。「先生がいちばんがっかりしている時におそばにいられてうれしい」。女心が泣かせた。
 しかし、彼女は昔風の耐える女ではない。きちんと自分の意志を持った自立した女。上原謙が、長年、患っていた妻が亡くなったあと、求婚すると、人の不幸に乗ずるのを嫌い、みごとに別れてゆく。結婚より仕事を選ぶ。
 この映画は、ラストシーンが当時、大映社内で問題になった。というのは、京染の仕事をする山本富士子の姿に重なるように、京都の通りを歩くメーデーの労働者の赤旗がとらえられたから。社内に反対意見もあったが、吉村監督はカットしなかった。主人公の自立して生きる強い意志がこれによって生きた。

 『夜の河』のこのラストシーンでデモ隊が歌っているのは労働歌『世界をつなげ花の輪に』(作詞・篠崎正、作曲・箕作秋吉)。戦後、1947年に国鉄労組などが中心となって募集した新労働歌の入選作。
 人気のあった歌でデモではよく歌われた。
 この歌が出てくる映画がもうひとつある。
 山田洋次監督の『幸福の黄色いハンカチ』(1977年)。武田鉄矢演じる若者が車で北海道を旅する。
 冒頭、フェリーで釧路に着く。町で買物をする。その時、大通りを赤旗を立てたデモ隊が行進している。

 ♪われら未来を語るもの……。

 歌っているのは『世界をつなげ花の輪に』。『夜の河』から『幸福の黄色いハンカチ』まで20年以上たっている。それでもまだこの歌が歌われている。労働歌としての人気がうかがえる。
 『幸福の黄色いハンカチ』は、北海道を車で旅する武田鉄矢と、彼が車に誘った桃井かおりの二人が、途中、一人旅をしている高倉健と知り合ったところから物語が動き出す。
 次回は、この高倉健につなげよう。

 

イラストレーション:高松啓二

紹介された映画


『涙』
1956年 松竹=松竹大船
監督:川頭義郎 脚本:楠田芳子
出演:若尾文子/佐田啓二/石浜朗/末永功/田村高廣/夏川静江/東野英治郎/明石潮/村上記代/本橋和子/山根七郎治



『花咲く港』
1943年 松竹大船
監督:木下惠介 脚本:津路嘉郎
出演:小沢栄太郎/上原謙/水戸光子/笠智衆/東野英治郎
DVD:松竹



『はじまりのみち』
2013年 松竹
監督:原恵一
出演:加瀬亮/田中裕子/濱田岳/ユースケ・サンタマリア/斉木しげる/光石研/濱田マリ/山下リオ/藤村聖子/松岡茉優/相楽樹/大杉漣
DVD&Blu-ray:松竹



『砂の器』
1974年 松竹=橋本プロ
監督:野村芳太郎 原作:松本清張
脚本:橋本忍/山田洋次
出演:丹波哲郎/森田健作/加藤剛/島田陽子/緒形拳/佐分利信/山口果林/加藤嘉/渥美清/笠智衆
DVD&Blu-ray:松竹



『夜の河』
1956年 大映=大映京都
監督:吉村公三郎 原作:沢野久雄
脚本:田中澄江
出演:山本富士子/上原謙/小野道子/東野英治郎/阿井美千子/川崎敬三/市川和子
DVD:角川書店



『幸福の黄色いハンカチ』
1977年 松竹
監督:山田洋次 原作:ピート・ハミル
脚本:山田洋次/朝間義隆
出演:高倉健/倍賞千恵子/武田鉄矢/桃井かおり/渥美清/たこ八郎/太宰久雄
DVD&Blu-ray:松竹



プロフィール

川本 三郎(かわもと・さぶろう)

1944年東京生まれ。映画評論家/文芸評論家。東京大学法学部を卒業後、朝日新聞社に入社。「週刊朝日」「朝日ジャーナル」の記者として活躍後、文芸・映画の評論、翻訳、エッセイなどの執筆活動を続けている。91年『大正幻影』でサントリー学芸賞、97年『荷風と東京』で読売文学賞、2003年『林芙美子の昭和』で毎日出版文化賞、2012年『白秋望景』で伊藤整文学賞を受賞。1970年前後の実体験を描いた著書『マイ・バック・ページ』は、2011年に妻夫木聡と松山ケンイチ主演で映画化もされた。近著は『あの映画に、この鉄道』(キネマ旬報社)。

  出版:キネマ旬報社 2,700円(2,500円+税)

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