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アメリカで話題の“映画館定額制”は日本でも始まるか? 映画館スタッフが可能性を検証

リアルサウンド

18/8/25(土) 10:00

 東京は立川にある独立系シネコン、【極上爆音上映】等で知られる“シネマシティ”の企画担当遠山がシネコンの仕事を紹介したり、映画館の未来を提案するこのコラム、第31回は“映画館定額制は日本でも始まるか?”というテーマで。

参考:映画館の最適な音量は「爆音」が正解だったーー米スピーカーメーカーMeyer Sound社を訪問

 映画ファンの皆様なら『MoviePass』のことはご存じでしょう。アメリカで話題の、映画館の定額見放題(ただし1日1本。通常上映作品のみ)サービスです。なぜ2017年の夏に急に話題になったかというと、月額料金を9.95ドルにしたからです。約1,100円。破格すぎです。アメリカの入場料金は日本より安い、と言われてますが、都市部ならさほど変わりません。1500円とか、1700円とかします。にも関わらず、9.95ドルという月額料金です。場所によっては1回で元が取れるどころか得してしまう。これが話題になった理由です。

 このニュースを聞いたとき衝撃を受けて、それ以来ずっと調べたり考えたりしてきましたので、今月と来月は映画館のスタッフという立場から考える、映画館の定額制について書かせていただこうかと。

 『MoviePass』の大きな特徴は、実はこれ、映画館がやっているサービスではないということです。どこかのチェーンがやっているわけではないので、いろんな映画館で使えるというのが大きいのです。映画好きなら入会するのに躊躇する理由がありません。これは観客視点ですね。

 映画館視点で見ると、なんで興業会社をまたいでこんなサービスが可能なのか、全然理解できません。定額制サービスの肝は、会費のはずです。その会費を別の会社が取っていて、どうして利益を出せるのか? 結論は、シンプルにして衝撃です。『MoviePass』は、劇場に対し、会員が観た分をフルプライスで支払っているのです。これなら劇場側は文句はありません。どんどんお客さんを集めてくれて、得しかないからです。だからみんな乗った、というわけですね。

 『MoviePass』はスマホアプリのサービスで、会員価格で観るにはまず映画館を選択し、作品と時間を選択します。支払いは専用のクレジットカードを作る必要があります。チェックインが完了したら、カードを映画館で提示してチケットを受け取る、という流れです。つまり、会費収入だけでなく、どういう属性の人がどういう映画をどのくらいの頻度で観ているかという情報を得られますから、それを製作会社や配給会社、興業会社に売ることで利益を出そうという戦略なわけです。

 その衝撃的なサービスから、今年の6月には会員が300万人を突破した、と喧伝されています。つまり会費収入は月額で33億円以上! オリジナルクレジットカードを作らせるわけですから、さらに入場料決済からもいくらか手数料を稼いでいることでしょう。しかし支払額はさらに膨大です。なにしろ平均回数が1回を越えたら、会費は全部すっ飛んで以後、赤字なんですから。 

 僕には検討もつきませんが、どこどこに住んでいる誰々がどういう映画をどのくらい観た、という情報って、いくらで売れるんでしょう? 素朴に考えたら、1人頭数百円くらいの単価で、複数の映画関連企業に販売しなければこのビジネスは成立しないように思えます。しかし映画業界だけでなく、例えばドウェイン・ジョンソン出演の映画を観る人は、ジョニー・デップの映画を観る人より健康器具や健康食品を購入する金額が多い、みたいなことがあるのならば、あらゆる業界がそのデータを欲しがるかも知れません。そうすれば1人あたりの単価が下がって、少しは現実的な値段になってくるかも知れません。

 また将来的には映画館に掛け合って、コンセッション(売店)の売り上げの一部をいただく、ということも検討しているようです。劇場に足を運ぶ回数が増えれば、必然コンセッションの売り上げも上がるはずなので、これは理にかなっていると思います。加えて、興業会社や配給会社に入場料の割引交渉もしているかも知れません。

 でも本当に、うまくいくのでしょうか? 結論を言ってしまうと、うまくいきませんでした(笑)。

 『MoviePass』のサービスは、これまでもかなりブレています。どんどん新ルールが追加されたり、廃止されたりしているのです。ロケットスタートを切ったものの、試行錯誤の段階なんですね。2018年8月22日現在のサービス形態は、すでに1日に1本までではなく、月3本までになっています。……なんか微妙ですよね。ちょっと濃いめの映画ファンにとってはかなり物足りないのではないでしょうか。要はヘビーユーザーの利用を大幅に制限したということです。4本以上観る場合も、最大500円割引で観られる、というサービスはあるようですが。

 この変更からわかるように、かなりの経営危機にあるようです。現時点では毎月相当な額の赤字を垂れ流しており、株価も急落しているとか。このサービス変更は、日本の複数のメディアでも報じられました。(参考:日本経済新聞「米ムービーパス、映画「見放題」撤回 月3回までに」)

 さて、ここからが今コラムの本題です。定額制、はたして日本でも始まる可能性があるのでしょうか?

 僕が考えるには、その可能性はかなり低いですね。理由はシンプルです。日本人はそんなに映画館に行かないからです。日本人が年に平均何回映画館に行くか、という数字を聞いたことがあるでしょう。最近だと大体1.4回とかそんな感じです。これ要は、すべての映画の延べ入場者数が、日本だと1億7~8千万人くらいなんですよ。それを総人口で割った数です。なので、あまりリアリティのない数字ではあるのですが、この平均回数、アメリカだと4.5回くらいなんですね。だから成立するんです。

 「月2本観れば得すると思って入会して、実際は1年で12本。7月8月は3本ずつ観に行けたけど、6月や10月や2月はゼロ本。年間で考えたらなんかちょっと損したかもだけど、でもまあ得した気分の月もあったからいいや」と、これくらいのミドルユーザー層がそこそこのボリュームでいてこそ、定額制は成立するはずです。

 日本ではますます、映画館で観る人と観ない人が二極分化しています。観ない人はもちろん、観ても年に1~2回程度という人も切り捨てて、そこそこ観る人の平均値を出せば、おそらく年平均5~10回とかいう数字が出てくるのではないでしょうか。もっとターゲットを絞って、月に1回以上は観る、つまり定額制のメインターゲットになる層の平均値を取ったら、20~25回くらいの数字になるかと思います。

 これらの層が日本に何人いるか、というのが最重要問題です。年に20本はいかなくても、8~10本くらいの人は入会する可能性があるでしょう。それ以下の人を入会させるのは難しいと思います。さらに、スマホでの購入必須、オリジナルクレジットカード所持必須が条件に加わります。月会費は、日本だと2,000円くらいでしょうか。ただそれだとハードルが高く感じるので1,800円というのがリアルなところでしょう。日本の平均客単価は1,300円ほどなので。

 この条件だと、ざっくりの推定ですが、日本での入会者はうまくいっても50万人あたりが天井ではないかと感じます。総人口で映画を映画館で観る人はNTTコムリサーチのデータ(2017年のアンケートで37.1%が映画館で観たと回答)から考えるとおそらく3割以下、その内で月に1回以上観る人は多く見積もっても1割以下でしょう。さらにその内でクレジットカードを持てる人、スマホ操作に難がない人、シニア割引対象者ではない人、と次々にフィルタリングしていくと、対象は100万人残るかどうかではないでしょうか。もしかすると50万人でもずいぶん楽観的な数字かも知れません。

 50万人×会費1,800円で月の会費収入は9億円です。しかし劇場への支払いは、会員の平均鑑賞回数が月1.5回程度としても、たとえ劇場が1回1,500円というちょい安価格にしたとしても、毎月11億2千5百万円! これだけで月に2億2千5百万円の赤字です。映画鑑賞行動のトレース情報、アプリの広告収入が、50万人程度の会員数でどれくらいになるのか詳しくありませんのでコメントは控えますが、なかなか持続が厳しいビジネスに思えます。

 日本では月に1本以上映画館で観るという人はミドルというより十分にヘビーユーザーなので、月額制というシステムは馴染まない、というのがひとまずの僕の結論です。ヘビーユーザーだけを定額にしてしまったら、ただただ単価を下げる(『Movie Pass』方式なら会費を食い潰す)のみです。定額の仕組みを持続的に支えるのは会費以上には映画館に行かないライト/ミドルユーザーでしょう。

 今月はひとまずここで締めて、来月はAMCというアメリカ最大のシネコンチェーンが対抗サービスとして打ち出した『AMC stubs A★LIST』という別の定額制について触れつつ、では立川シネマシティが定額制をやるとしたら、というifストーリーを書かせていただこうかと考えています。

 You ain’t heard nothin’ yet !(お楽しみはこれからだ)(文=遠山武志)

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