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『鬼滅の刃』は「時代に描かされた」作品だった 最終巻ネタバレ徹底解説

リアルサウンド

20/12/14(月) 13:40

 『鬼滅の刃』(集英社)の最終巻となる第23巻が12月4日に発売された。吾峠呼世晴が「週刊少年ジャンプ」で連載していた本作は、大正時代を舞台に、鬼に家族を殺され、妹の禰豆子を鬼に変えられた少年・竈門炭治郎が、鬼殺隊に入隊して鬼と戦う物語だ。

 最終巻では、ついに宿敵・鬼舞辻無惨との戦いに決着が付く。連載された時期が新型コロナウィルスのパンデミックが世界中に広がっていく時期と重なっていたこともあってか、コロナ禍に我々が抱える不安に立ち向かう物語が漫画の中で描かれているように感じ、毎週、食い入るように読んでいたことを思い出す。

 以下、ネタバレあり。

 人間に味方する鬼・珠世と柱(鬼殺隊の最上位の剣士)の胡蝶しのぶが錬成した毒薬の影響によって無惨の細胞は老化し、戦闘能力も大きく低下していた。無惨は身体を分裂させて逃亡しようと試みるが、すでに分裂する力は残されていなかった。

 日の出まで鬼殺隊が無惨を足止めする中、日の光を浴びた無惨は巨大な赤ん坊の姿へと代わり日陰に逃げ込もうとするが、やがて肉体は消滅する。しかし、死の間際に無惨は心臓が停止した炭治郎に血と力を注ぎ込み「最強の鬼の王」として復活させる。

 人を殺してしまう前に炭治郎を殺そうと鬼殺隊は飛びかかるが、炭治郎に手をかけることができず苦悶する。最終的に禰豆子が間に入り、栗花落カナヲが胡蝶しのぶから預けられた鬼を人間に戻す薬を(視力を犠牲にする「花の呼吸、終ノ型、彼岸朱眼」の力で)打ち込むことで、炭治郎は人間に戻るのだが、先が見えない戦いの中で、疲弊し倒れていく鬼殺隊と、炭治郎を鬼に変えてまでしつこく食い下がる無惨の戦いは壮絶で、時節柄、医療従事者の方々が新型コロナウィルスを抑え込もうと治療に当たる姿に重ねて読んでいた。

 無惨は、鬼殺隊の当主・産屋敷耀哉の言った「想いこそが永遠であり不滅」という言葉が正しかったと認める。そして、敗北を認め、自分を追い詰めた人間の力に感動するのだが、同時に「私の想いもまた不滅なのだ 永遠なのだ」と考え、炭治郎に全てを託そうとする。

 「永遠というのは人の想いだ」「人の想いこそが永遠であり不滅なんだよ」という言葉は「完結巻記念全面広告」として新聞五紙の夕刊にも掲載された、本作のテーマを集約した名台詞だが、同じ言葉を無惨が言うと、途端に醜悪で独善的なものに変わってしまう。

 那田蜘蛛山で蜘蛛の鬼が「絆」という言葉を使う場面もそうだったが、正論に聞こえる美しい言葉を、鬼が曲解した形で用いることで、おぞましい意味に変わる瞬間が『鬼滅の刃』には多い。

 台詞が名言として引用されることが多い本作だが、どんなに美しい言葉でも、誰がどのような状況で言うかという関係性によって、言葉の意味が全く違うものに変わるということを作者は繰り返し描いている。この正論に対する適切な距離感があるからこそ、勧善懲悪の物語を描いても独善的なものにならなかったのだろう。

 最後に炭治郎と無惨が意識の底で対話する場面も印象的だ。仲間の手に引っ張られて目覚めようとする炭治郎を「お前だけ生き残るのか?」「大勢の者が死んだというのに」と言って無惨は挑発するが、炭治郎は揺るがない。最後には「待ってくれ頼む!!」と懇願し「私を置いていくなアアアア!!」と叫ぶ、最後まで器の小ささを見せつける無惨に同情の余地はないが、どこか哀れで、無惨に象徴される「鬼の世界」を切り捨てていいのかと迷っているようにも見える。おそらく作者は無惨さえもどこかで救いたいと最後まで悩んでいたのだろう。

 「肋骨さん」等の『鬼滅の刃』以前に描かれた吾峠呼世晴の短編を読むと、人間とバケモノの境界にいる主人公の話がほとんどであることに気付く。それらの作品は異界の側から人間社会を見つめるダークな作風で、感情移入しにくいものだったが、『鬼滅の刃』では炭治郎のような善良な少年を中心に置くことで、多くの読者から愛される正統派少年漫画となった。

 だが、どれだけ残虐非道な存在として描いても、鬼たちに哀れみが滲み出てしまうのは短編の頃の名残だろう。同時に“実は鬼もかわいそうな存在だった”という美談に落としこむこと自体に(巻数が進むほど)これでいいのだろうか? と作者が悩んでいるようにも見えた。だからこそ童磨のような同情の余地がない鬼も描いたのだろう。そして無惨は、かわいそうだが同情できない最凶最悪の悪役として描かれた後、完全に消滅。鬼は愈史郎だけが生き残り、「鬼のいない世界」(第204話)へと変わっていく。

 そして最終話では現代を舞台に、炭治郎たちの子孫が過ごす平和な日常が描かれた。コロナ禍の我々が生きる今の世界と比べると夢のように平和な世界だが、これは「世界はこうあってほしい」という作者の祈りにも読める。

 優れた作品は「時代に描かされた」という側面が大きいのだが、『鬼滅の刃』はまさにそういう作品だったと言えよう。

■成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)がある。

■書籍情報
『鬼滅の刃』23巻完結
著者:吾峠呼世晴
出版社:集英社
価格:各440円(税別)
公式ポータルサイト:https://kimetsu.com/

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