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川本三郎の『映画のメリーゴーラウンド』

『狼は天使の匂い』のロバート・ライアン、…馬好きのギャングの話から、マリリン・モンローの『荒馬と女』など、馬にまつわる映画について。

隔週連載

第58回

20/9/1(火)

 『狼は天使の匂い』(1972年)のギャングのロバート・ライアンは馬好きで、今度のひと仕事で大金が入ったら「パリに行って馬を買いたい」という夢を持っている。
 本場のフランス映画のギャングにも当然、馬好きがいる。ジョゼ・ジョヴァンニ監督の『ラ・スクムーン(死神)』(1972年)で、ジャン=ポール・ベルモンドの相棒のミシェル・コンスタンタンは馬好き。刑務所から出たあとまずするのは、田舎の牧場に行って馬を眺めることだった。
 ちなみにギャング役で知られたジャン・ギャバンは、池波正太郎の『フランス映画旅行』(新潮文庫、1988年)によると馬好きで、ノルマンディに自分の牧場を持っていたという。
 ジャン・ギャバンは、日本未公開だがVHSになっているジル・グランジェ監督の『エプソムの紳士』(1962年)では、エプソムの競馬場を根城に競馬の情報を売り歩く男を演じている。

 馬好きのギャングといえば、ジョン・ヒューストン監督の『アスファルト・ジャングル』(1950年)を忘れてはならない。
 宝石店を襲うことになったギャングのスターリング・ヘイドンは馬好き。もともとケンタッキー州の田舎で小さな牧場を営んでいたがうまくゆかず、人手に取られた。
 だから、計画に成功したらまた故郷のケンタッキーに帰って牧場を持つのが夢。
 しかし、宝石店襲撃のあと警官に撃たれて重傷を負う。故郷に必死で戻る車のなか傷は悪化してゆく。そして、ようやく牧場に着いた時に死んでしまう。
 そのスターリング・ヘイドンを牧場の馬がやさしく見つめるラストは泣けた。
 スターリング・ヘイドンは、スタンリー・キューブリックの犯罪映画『現金(ゲンナマ)に体を張れ』(1956年、原作ライオネル・ホワイト)では競馬場を襲う。
 この映画のラスト、せっかく手にした大金を入れたトランクが思いがけないトラブルで開いてしまい、札束が風に舞う場面は有名。のちに作られるジャン・ギャバン、アラン・ドロン主演、アンリ・ベルヌイユ監督の『地下室のメロディ』(1963年)の、あのラスト、せっかく盗んだ紙幣が次々にプールの下から浮き上がってくる秀逸な場面に受継がれてゆく。どちらも、大いなる徒労の物語になっている。

 ジョン・ヒューストン監督の『アスファルト・ジャングル』は、若き日のマリリン・モンローが傍役として出演したので知られる。
 このモンローの遺作となったのが、ジョン・ヒューストン監督の『荒馬と女』(1961年)。当時の夫、劇作家のアーサー・ミラーの原作。
 ネヴァダ州リノとその近郊を舞台に、現代のカウボーイのしがない暮しを描いている。カウボーイを演じるのはクラーク・ゲイブル(やはりこの映画が遺作となった)とモンゴメリー・クリフト。
 現代のカウボーイは時代の流れに勝てず、次第にうらぶれてゆく。ある時、二人は久しぶりに野生の馬を狩りに出かけてゆく。親しくなったマリリン・モンローと、いまはカウボーイに見切りをつけガソリン・スタンドで働いているイーライ・ウォラックが同行する。
 狩りは順調で、クラーク・ゲイブルとモンゴメリー・クリフトは次々に馬を捕えてゆく。しかし、途中からそれを見ていたマリリン・モンローは馬が可哀そうになり「馬を放して」と泣いて頼む。優しい。モンゴメリー・クリフトがその姿を見て気の毒に思い、せっかく捕まえた馬を放してゆく。
 この野生の馬、捕えてどうするのかというと、ペットフードにするというのが悲しい。現代のカウボーイは、いまやペットフードのために馬を狩る。かつての西部開拓時代、馬と共に生きた男らしいカウボーイと大きく違っている。

 最近、ヘンリー・ハサウェイ監督、グレゴリー・ペック主演の心あたたまる西部劇『新・ガンヒルの決斗』(1971年)がDVD発売された。
 ならず者のグレゴリー・ペックが出所後、自分を裏切った男(ジェームズ・グレゴリー)に復讐する旅に出る。途中、思わぬことから、みなし子の10歳くらいの女の子(ドーン・リン)と一緒に旅することになる。はじめは嫌々だったが、次第に情が移って可愛くなってくる。このあたり『ペーパー・ムーン』(1973年)を思わせる。
 西部開拓時代、旅をするには子供のためにも馬が必要になる。そこでグレゴリー・ペックは野生の馬の群れにいる子馬を捕える。それを見てはじめは喜んだ女の子だが、母馬が悲しそうにこちらを見ているのに気づいて、「放してあげて!」と泣く。『荒馬と女』のマリリン・モンローを思わせて可愛い。西部劇多しといえども、こういう泣かせる場面は珍しい。
 グレゴリー・ペックがこのみなし子の女の子の言うことを聞くのは言うまでもない。

 

イラストレーション:高松啓二

紹介された映画


『狼は天使の匂い』
1972年 アメリカ=フランス合作
監督:ルネ・クレマン 原作:デヴィッド・グッディス
脚本:セバスチャン・ジャプリゾ
出演:ロバート・ライアン/ジャン=ルイ・トランティニャン/レア・マッサリ/アルド・レイ/エレン・バール
DVD&Blu-ray:KADOKAWA



『ラ・スクムーン』
1972年 フランス
監督・脚本:ジョゼ・ジョヴァンニ
出演:ジャン=ポール・ベルモンド/クラウディア・カルディナーレ/ミシェル・コンスタンタン/ジェラール・ドパルデュー
DVD:NBCユニバーサル



『エプソムの紳士』
1962年 フランス
監督:ジル・グランジェ 脚本:アルベール・シモナン
出演:ジャン・ギャバン/ルイ・ド・フュネス/マドレーヌ・ロバンソン



『アスファルト・ジャングル』
1950年 アメリカ
監督:ジョン・ヒューストン 原作:W・R・バーネット
脚本:ジョン・ヒューストン/ベン・メドウ
出演:サム・ジャフェ/スターリング・ヘイドン/ルイス・カルハーン/マリリン・モンロー
DVD:ワーナー・ブラザース ホームエンタテインメント



『現金(ゲンナマ)に体を張れ』
1956年 アメリカ
監督・脚本:スタンリー・キューブリック
原作:ライオネル・ホワイト
出演:スターリング・ヘイドン/コリーン・グレイ/ヴィンセント・エドワーズ/エリシャ・クック・ジュニア/マリー・ウィンザー
DVD:20世紀 フォックス ホーム エンタテインメント
Blu-ray:IVC



『地下室のメロディー』
1963年 フランス
監督:アンリ・ベルヌイユ 脚本:アルベール・シモナン
出演:ジャン・ギャバン/アラン・ドロン/ヴィヴィアンヌ・ロマンス/モーリス・ビロー/ジャン・カルメ
DVD&Blu-ray:紀伊國屋書店



『荒馬と女』
1961年 アメリカ
監督:ジョン・ヒューストン 原作:デヴィッド・グッディス
脚本:アーサー・ミラー
出演:クラーク・ゲイブル/マリリン・モンロー/モンゴメリー・クリフト/イーライ・ウォラック/セルマ・リッター
DVD&Blu-ray:20世紀フォックス・ホーム・エンタテインメント



『新・ガンヒルの決斗』
1971年 アメリカ
監督:ヘンリー・ハサウェイ 原作:ウィリアム・ジェームズ
脚本:マーゲリット・ロバーツ
出演:グレゴリー・ペック/パット・クイン/ロバート・F・ライオンズ/スーザン・ティレル/ジェフ・コーリー/ジェームズ・グレゴリー/リタ・ガム/ドーン・リン
DVD&Blu-ray:復刻シネマライブララリー



『ペーパー・ムーン』
1973年 アメリカ
監督:ピーター・ボグダノヴィッチ 原作:ジョー・デヴィッド・ブラウン
脚本:アルヴィン・サージェント
出演:ライアン・オニール/テータム・オニール/マデリーン・カーン/ランディ・クエイド
DVD:パラマウント



プロフィール

川本 三郎(かわもと・さぶろう)

1944年東京生まれ。映画評論家/文芸評論家。東京大学法学部を卒業後、朝日新聞社に入社。「週刊朝日」「朝日ジャーナル」の記者として活躍後、文芸・映画の評論、翻訳、エッセイなどの執筆活動を続けている。91年『大正幻影』でサントリー学芸賞、97年『荷風と東京』で読売文学賞、2003年『林芙美子の昭和』で毎日出版文化賞、2012年『白秋望景』で伊藤整文学賞を受賞。1970年前後の実体験を描いた著書『マイ・バック・ページ』は、2011年に妻夫木聡と松山ケンイチ主演で映画化もされた。近著は『あの映画に、この鉄道』(キネマ旬報社)。

  出版:キネマ旬報社 2,700円(2,500円+税)

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