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欅坂46「黒い羊」は欅歌謡の金字塔に ナスカとの強力タッグが生み出した“自己完結”の歌

リアルサウンド

19/2/22(金) 17:00

 カップリング曲で試行錯誤を繰り返してきた欅坂46×ナスカの強力タッグが、ついにシングル8枚目にして打ち立てた欅歌謡の金字塔。

(関連:欅坂46 平手友梨奈は主人公であり続けるーー新曲「黒い羊」の一人称“僕”から感じたこと

 欅坂46の8thシングル表題曲「黒い羊」について、まず最初に思い浮かんだのがこの表現だった。ラジオ解禁の時点で作曲者は公表されていなかったが、一聴してすぐに見当がついた。荒れ狂うベースの響き、記憶がフラッシュバックするようなピアノのあて方、展開の多さ、曲のそこかしこに漂う陰鬱な雰囲気に、これまでナスカが欅坂46に提供してきた「エキセントリック」や「避雷針」といった楽曲のエッセンスをひしひしと感じる。

 ”黒い羊”とはのけ者、厄介者を意味する言葉だ。集団に馴染めない者はその集団から排除されていくという人間の残酷な一面を切り取ったテーマである。しかも、センターを務める平手友梨奈がこれまで見せてきたテレビ番組でのひとり笑わない姿や、俯いたパフォーマンス、そしてそれによって巻き起こる炎上や新センター待望論によって、彼女自身も同じような心理の餌食になっている側面があるため、まさに今現在の欅坂46を取り巻く状況を捉えたテーマ選びと言えるだろう。

 つまり、人の心の暗い部分を抉り出す曲のテーマが、欅坂46というグループそのものに起きている現象と渾然一体となり、虚実が入り乱れ、ある種のドキュメンタリー作品のようになっている。この構造があるからこそ、この曲はいわゆる”当て書き”の枠を飛び越えて、リアルな現実の問題として聴く者の心を刺激するのだ。

■拍子やメロディから逸脱する人間的な“ズレ”とサビの一体感
 曲の序盤で特徴的なのがAメロの早口で語る部分である。〈夕暮れ時の商店街の雑踏を通り抜けるのが面倒で〉と平手が低い声で話すように歌う場面だ。拍子やビートの縛りから抜け出して自在に動き回るこの語り部分は、まるで集団から離れてひとりだけ自由行動しているかのようである。また、そこから続く〈放課後の教室は苦手だ〉から始まる箇所では、16分を目一杯に使って文字を詰め込んでいる。こうした詰め込み型の歌詞は欅坂46にとっては初めての試みではない。今までの楽曲にも現れていた傾向だ。一般に、歌詞は文字数が多くなると冗長になってしまいがちだが、欅坂46はそれを逆手に取って、思春期の若者に特有の“不器用さ”であったり、束縛・規範からの“解放”や、抑えきれない感情の“爆発”の表現につなげている。

 しかし一方で、対照的なのがベタッとしたリズムで歌われるサビでのユニゾンである。特にサビ後半の「今夜はブギー・バック」(小沢健二 featuring スチャダラパー)によく似たあたりは、主旋律が拍子にベッタリとくっ付いた状態をキープし、全員で“集団行動”をする。そのため、どこか不自由さがある。が、その分耳に届くときの威力や一体感は大きい。細かに動くAメロに対し、一体となって訴えかけてくるサビがある。この“個”と“集団”の対比が今作の核となっている。

 2番に入るとラップも登場し、ひとり語りもさらに量を増していく。そんな中で登場する〈人生の大半は思う様にはいかない〉以降のメロディは曲中でも随一の美しさだ。平手以外の歌割りでリレーされている点も切なさに拍車をかける。サビ直前〈全部 僕のせいだ〉では音を微妙に外しながら苦しそうに平手が歌う。これがまた胸を締め付ける。思うに欅坂46というグループは、ある決められた法則(=拍子やメロディ)から逸脱する人間的な“ズレ”を見せた時に不思議な力を発揮する。しかし、その直後には再度引き戻されるようにして一体感を持つ2サビへ移る。“個”と“集団”を振り子のように何度も行き来することで、終盤へ向けての大きな推進力を得ている。

■少数派に訴える“悪目立ち”の歌
 〈つまらない大人は置いて行け〉〈不協和音で/既成概念を壊せ!〉〈想像のガラスを割れ!〉など、命令形の多かった今までのシングルとは異なり、今作では〈僕だけがいなくなればいいんだ〉と自分だけで完結してしまう表現が目立つ。こうした“自己完結”の歌は一見訴求力が弱いと思われがちだが、そうした曲の方がむしろ強い共感を獲得する場合もある。たとえば、「Lemon」は米津玄師本人も言っている通り非常に“個人的な”曲で、「“あなたが死んで悲しいです”とずっと言ってるだけの曲」だ(参考:米津玄師「Lemon」インタビュー|人間の死を見つめて – 音楽ナタリー 特集・インタビュー)。けれども、それがあれだけのヒットになるのは、人々があの曲を自身の喪失の体験と照らし合わせて聴くからに他ならない。

 「黒い羊」は、要約すれば「人間はみなあやふやな存在であり、はっきりと白だ黒だと割り切れないものなのに、世間にはみな同じ色(白い羊)であれとする圧力がある。ならば自分は“黒い羊”となって悪目立ちしていよう」という歌である。集団における少数派の気持ちを汲み取るテーマだが、グループに馴染めず悩んだ経験を持つ者は決して少なくないだろう。刺さる人には刺さる、個々の心の深い部分で共鳴する路線を表題曲に選んだのは、多くの人に好かれようとする明るいポップソングが是とされるJ-POPの世界において、その選択それ自体が“黒い羊”的でもある。(文=荻原 梓)

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