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三宅裕司が語る“舞台”へのかけがえのない想い 「生きてる限りやらなきゃいけない」

リアルサウンド

20/9/30(水) 12:00

 三宅裕司が率いるSET(エス・イー・ティー)こと劇団スーパー・エキセントリック・シアターは誰もが楽しめる“ミュージカル・アクション・コメディー”を作り続けて41年。三宅のほか小倉久寛や野添義弘などのベテラン俳優のほか、毎年新人俳優をオーディションで選び1年間レッスンを受けた練習生が卒業公演を上演し準劇団員を人選、新たな才能も増やしながら、舞台の笑いを追求し続けている。

 年に1回の劇団の本公演がコロナ禍で危ぶまれながらも、様々な予防策と配慮のうえ10月に上演される。コロナ禍で溜まったストレスを解消できそうな歌ありダンスありアクションあり、笑いありの第58回本公演『世界中がフォーリンラブ』はSET史上はじめての「純愛」をテーマにした作品となる。誰もが楽しめる笑いの舞台の題材に「純愛」を選んだ理由、そこに込められた、三宅にとっての「笑い」、そして「舞台」へのかげがえのない想いを聞いた。(木俣冬)

“純愛”から浮かび上がってくるもの

ーー間もなく初日の幕が開きますが、コロナ禍に関する規制も緩和されてきました。今の状況をどのように感じていらっしゃいますか。

三宅裕司(以下、三宅):規制は緩和されればされるほど良いことだと思いますが、最も重要なのは、お客さんが安心して劇場に来ることができるかどうかです。規制緩和に従って満席にしたことで逆にお客さんに不安を感じさせてはならないという考えで、いまのところ“前後左右一人おきの席で半分の動員”というやり方は変えていません。稽古は三密を避けて徹底的に消毒して、自分の出番以外は稽古場に入らないように気を使ってやっています。稽古時間も分刻みで長引くことがないように、僕が稽古を繰り返そうとすると演出助手が「座長、もう終わりです。もうやめてください」と止めに入り、「いや、もう一回やりたい」「もうダメです。時間です」「わかった……」としぶしぶ切り上げています(苦笑)。

ーーコロナ禍によって、最初に考えていた公演内容をがらりと変えて、「純愛」をテーマにしたそうですが、なぜ「純愛」を取り上げたのでしょうか?

三宅:SETは旗揚げからずっと爆笑の連続の“ミュージカル・アクション・コメディー”を作り続けている劇団です。やや社会的なテーマを音楽と歌とダンスとそして全編笑いで構成し楽しく観てもらったあと、「テーマはなかなかすごいところを突いていたな」とちょっとした感動が味わえる。そういう芝居をずっとやってきました。今回も最初は、SNSをテーマにしていました。SNSがこんなに発達した今の社会で育った子供たちは将来はたしてどんな大人になるのだろうか、という恐怖感を描くことで現代のアンチテーゼになるものをと思っていました。ところがそこへこのコロナ渦です。誰もが苦しんでストレスも溜まっている最中に、将来の日本の社会の不安をテーマにした芝居は重すぎて観たくないんじゃないかと思い直しました。それなら全世界共通の「愛」ーーしかも「純愛」をテーマにしたほうが楽に観られるんじゃないかなと内容を変更したんです。

ーー「純愛」とはなんでしょうか?

三宅:作り始めたら「純愛をテーマにすることはなかなか難しいな」と改めて感じたというのが本音でしょうか。「これが純愛だ」と言っちゃえばなんだって「純愛」なんですけれども(笑)。愛って万国共通のもので、だからこそ人によって考え方が違います。「じゃあ、純愛ってなんなんだ」と聞かれたときに「こういうことでしょ」と答えられる人がはたしてどれくらいいるのか……。突き詰めていくと人間の本能のままに生きること、子孫繁栄のためにがんばることが純愛なのか。逆にそういう本能的なものを隠してプラトニックな部分、つまり清らかな部分が純愛というイメージもある。今回のお芝居には様々な愛の形が描かれます。当然「男女の愛」はありますし、「親子の愛」もあるし、「同性同士の愛」もある。「上司と部下の愛」もあるし「マザコン」だって愛のひとつでしょう。そんなふうに色々な愛を描きつつ恋愛映画のパロディもいっぱい盛り込みます。「純愛」とはこういうものと定義するのではなく、こんなにいろいろな愛の形がありますけれども、「皆さんはどう考えますか?」と問いかけるようなお芝居になると思います。

ーーソーシャルディスタンスの時代に、愛を表現するために、肉体的に濃密な接触は表現されますか?

三宅:SETではもともと濃密に抱き合うような表現は少ないですが、コメディーですので「笑いに持って行けばなんでもオッケー」みたいなところもあります。今回はソーシャルディスタンスを逆手にとった設定でお芝居をします。「誰にでも惚れてしまうウイルス」が蔓延した世界を描き、そんな状況だからこそ「純愛」とは何かが浮き上がってくるんじゃないかと思います。

満席のお客さんがドッと笑ったときの快感

ーーコロナ禍を経て表現が変わりそうなところはありますか?

三宅:全くないですね。ただコロナ禍における満席でない客席、まして無観客での配信というスタイルは笑いの劇団にとっては非常にやりにくいと感じています。劇場で1000人が一緒にたったひとつの笑いを共有してドッと笑ったときの興奮を目指して舞台を創っています。客席で大爆笑が起き舞台上の役者のテンションが上がったことによって、その日しか観られないようなステージになる。それがたまらないわけです。だから昔は「立ち見席まで満席にしないと笑いの舞台はできないんだ」と制作に「とにかくお客さんを入れてくれ、ステージ数を減らしてでもいいから満席にしてくれ」と頼んでいたくらいなんですよ。それが今回、客席半分のお客さんで最高のテンションになれるかは、実際にやってみないとわからなくて、「あれ? いつもならドッとウケるのに」という肩透かしを乗り越えて自分で乗っていかなきゃいけないものになるかもしれません。

ーーやはり笑いは配信だけではできないものですか。

三宅:3分の1のお客さんでは3分の1のお客さんの熱気しか伝わらないですからね。配信するのであれば、例えば3分の1でもいいからお客さんを入れて、そのお客さんがドッと笑った声を3倍に重ねて放送し、観ているお客さんに劇場の盛り上がりを感じてもらうというような方法になるかもしれないですね。せめて“配信だけは満席の感動”を味わっていただきたいというような逆転現象が生まれるかもしれないですね。

ーー観客である我々もいつもの倍笑う必要があるかもしれませんね。

三宅:「お客さんが半分しかいないから2倍のパワーで笑ってくれ」というのはお客さん大変だと思うんですけれども(笑)。

ーー普段からどんな状況も「前向きに楽しむ」という頭の切り替えをされているんだな、と感じます。

三宅:大学まで親に出してもらってね、全然給料のない劇団なんか作っちゃって(笑)。親に申し訳ないと思うんですよ。でも、そこまでやるだけの魅力がなんかあるんですよね。「舞台上で自分の一言で満席のお客さんがドッと笑ったときやカーテンコールで大きな拍手をいただいたときの快感」に代わる生きがいが見つからないんですよね。これをやり続けたいから何とかいろんな工夫をしていくんでしょうね、これからも。

オーディションを通して感じる俳優の変化

ーー41年、劇団を続けてこられて、若い俳優を毎年オーディションで採られているわけですよね。若者の笑いや演技に対する感覚は様変わりしていますか。

三宅:表現の上では世代の違いは関係ないと思うんですよ。むしろ今の若者たちはお笑いブームでたくさんの笑いを観ているから、間やテンポのセンスがあります。昔より情報量があるし映像もたくさん見られる。それは強みですよ。逆に情報を得すぎて演じることを忘れてしまうことがあるんです。つまり、演技して笑わせなきゃいけないのにテンポだけでやってる気になっちゃうというね。ときにはテンポよりもたっぷり演じることも学んでほしいですね。あとは先輩後輩のいわゆる一般の会社でも言われているように付き合い方が変わってきています。お酒を朝まで飲むような人は少なくなりました。昔は、演劇論やこれからの劇団のことなどをしゃべっていると熱くなって、「もう一軒行こう!」となったものですけれど、今は健康ブームですからね。座長が熱く語っているのに若い劇団員から「すみません、そろそろ……明日つらいんで」と帰りだし、「馬鹿野郎、誰のために喋ってると思ってるんだ」というような気分になる。しょうがないから次からは一軒目の飲み屋でできるだけ言っておきたいことをしゃべるようにするしかない(笑)。

ーーオーディションでは、三宅さんが選んでいるんですか?

三宅:もちろんそうです。まず、研究生のオーディションをやって劇団幹部で会議のうえ選びます。それから卒業公演を経て最終的に準劇団員として何人かが残ります。選考基準はもちろん劇団のことを第一に考えていますが、当人のことを一番考えますね。すごくいいけれども、いまうちに入れても同じことが得意な人材が何人もいる場合はあえて入れないこともあります。他で活躍してもらったほうがその人の将来にはいいんじゃないかと考えてです。

ーー岸谷五郎さんや寺脇康文さんはSET出身です。

三宅:10年いましたよ。ただ、彼らはSETに入らなくてもきっと大きくなっていたと思いますけどね。それぐらい根性がありましたよね。

ーー先日亡くなられた斎藤洋介さんはSETの名付け親だとか。

三宅:斎藤洋介とはSETの前身の“大江戸新喜劇”という劇団で一緒でした。そこを辞める前に大江戸新喜劇の作家である主宰者に「オレたちだけで一本作らせてください」と言って行った公演で俳優と制作を兼任していた斎藤が、チラシに「世にも恐ろしい、血も凍る、スーパーエキセントリックシアター」というキャッチコピーを書いたんです。その後、劇団を辞めて新たな劇団を旗揚げするときに、劇団名をどうしようか考えてそのチラシのコピーの“スーパーエキセントリックシアター”でいいんじゃない? ということになった。“エキセントリック”を入れておけば何やってもオッケーだよ、みたいな気分でね。ですから、正確に言うと彼が考えてくれた宣伝コピーから取ったということでね。まあ名付け親と言っても間違いではないですね。

三宅裕司にとって“劇団”とは?

ーーYMOとも組んだ企画を行っています(1983年『サーヴィス』)。「誰もが等しく楽しめる笑い」を目指す三宅さんと、80年代当時、トンガッたカルチャーであったYMOの組み合わせが興味深いです。

三宅:音楽をやっている人で笑いが好きな人はたくさんいますよね。YMOとのコラボは高橋幸宏さんがたまたまニッポン放送でやっていたSETのコントのコーナーを聞いて「おもしろいね」と彼がパーソナリティーをやっていた「オールナイトニッポン」に呼んでくれたことがきっかけです。そこからレギュラーになってYMOの散会記念アルバムに笑いの部分で参加することになったんです。笑いとはもともと権力を批判するものでもありました。江戸時代の落語もみんなそうですけれど、庶民が表立って何にも言えない分、権力を批判した噺をみんなで楽しむみたいなところがありますから、笑いをつくる人たちは大体とんがってるんですよね。ただ笑いも今や多様化してきて僕が作る非常に柔らかくて幼稚園の子供とおじいちゃんが一緒に観ても笑えるような大衆的な笑いを好きな人たちもいてくれる訳です。

ーー三宅さんは実はとがった刃を隠して丸くして大衆に届けていらっしゃるんでしょうか。そんなことを聞くのは野暮ですけれど(笑)。

三宅:ええと、僕はたぶんもともと丸い人ですよね、きっと(笑)。わかりやすい笑いとしてはデビューした頃から「萩本欽一さんの創る大衆的な笑いに似ている」というふうに言われていました。

ーーたくさんの人にわかりやすく届けながら長く続けていくことは高度なことでしょうね。

三宅:そうかもしれないですね。奇抜なことをやって「一発屋」と呼ばれてしまう人たちもたくさんいますよね。SETを作ったころに「下ネタとCMネタと客いじりはやりません」という方針を打ち出したんですよ。そしたらお笑いやってる人たちからものすごい批判を浴びましてね。「そんなきれい事言ってるんじゃねえよ。そんなわけねえだろ」などとね。でも僕はそういうことはやりたくなくて、あくまでもスマートな東京の笑いをやりたかったんです。かっこつけなんですよ、きっと。だって振り返ってみるとけっこうCMネタ、下ネタやってますから。(笑)

ーー「東京のスマートな笑い」という立ち位置にいる。

三宅:だから、すごく汚い格好してさんざんバカなことやってガンガン受けをとったあと、楽屋から帰るときはめちゃくちゃいい最高の洋服を着てきれいに髪をセットして二枚目として帰りたいんですよね。舞台上のバカなやつとのギャップをすごい作りたいというかね。昔の喜劇役者ってそうだったんですよね。かっこいいんですよ、素の彼らはとにかくおしゃれで。そういうのに憧れてたんだと思います。今はそういうものはさほど流行らないですけれども、僕はそれをずっとやってるんでしょうね。そのほうが気持ちいいんだと思いますよ。“ミュージカル·アクション·コメディー”もその気持ちの表れですし。軽演劇でとにかく笑いだけのお芝居をやりながら、片一方でジャズのビッグバンドでドラム叩いていることがたまらなく“東京”ですよね。他者(ひと)がどう思おうと自分が自分に酔っていたいんです(笑)。

ーー40年以上劇団を続けていて、三宅さんにとって劇団とはなんですか?

三宅:「自分がやりたい笑いができる場所」ですね。好きな笑いをやってお客様に笑ってもらう快感から抜け出せないまま「来年はもっと感動できるものを、もっとすごいものを」と考えながら41年ですから。僕は2011年60歳になったとき、脊柱管狭窄症で半年休養したんです。3カ月間入院して3カ月間リハビリしました。入院中、「なぜ生かされているのか?」ということを考えたんです。そのとき「東京喜劇、東京の笑いを作るためにおそらく生かされているんだな」という結論に至ったんです。「なぜ」というより「生きてる限りやらなきゃいけない」ということなんでしょうね。「こういうすごいものがあったなあ」と言われるようなものを作っておけば、それがまた次世代にも「あれを作ろう」という指標になるであろうということでしょうね。僕の上の世代には伊東四朗さんをはじめとする浅草時代の東京の喜劇人たちがいて、それを継承するテレビの笑いはもうないわけですから、僕らが舞台でやっていくしかないと思っています。

ーー三宅さんが見てきた「東京の笑い」をずっと守っていくということなんですね。

三宅:昔は『シャボン玉ホリデー』(1961年~1972年/日本テレビ)のような、かっこいい歌とダンスがあってバカバカしいコントがあるようなバラエティー番組があったんですよ。それがかっこよさとバカバカしさの両方をやるテレビ番組がだんだん少なくなってきたんですよね。そうするともうかっこいい歌とダンスにずっこける笑い、その落差の大きさが魅力の「東京の喜劇」は舞台でしかできないという感覚ですよね、今はね。

ーーコロナ禍で生の舞台自体がピンチではありますが、三宅さんの愛する「東京の喜劇」を守り続けていただきたいです。

三宅:エンターテインメントや娯楽は何か大事があったとき最初に「生きるためにはそんなに必要ではない」と思われるものです。いわゆる「不要不急」ですね。でも逆に、今回自粛したことで「ああ、こんなに必要だったんだ」ということが今作を観に来てくれた方にわかってもらえることを期待します。先日ある方が「みんなで観て笑った後に、もしかしたら泣いちゃうかもしれませんね」と言っていました。おそらく「劇場で観る幸せに気づいて涙が出ちゃう」という意味だと思いますが、「ああ、舞台ってこんなに楽しいのか」という公演にしたいですね。

■公演情報
劇団スーパー・エキセントリック・シアター 第58回本公演 
『世界中がフォーリンラブ』
2020年10月9日(金)〜10月25日(日)
公演の詳細はこちら:http://www.set1979.com/perform/第58回本公演「世界中がフォーリンラブ」
SET公式サイト:http://www.set1979.com/

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