Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play

「作品に罪はあるのか」を考える

ナタリー

20/7/6(月) 17:30

6月14日、米ウェストハリウッドでのBlack Lives Matterデモの様子。(写真提供:JIM RUYMEN / UPI / Newscom / ゼータ イメージ)

罪や疑惑のある人物が関与した作品に、我々はどう向き合うべきか。映画を愛する者にとって、これは悩ましい命題だ。ましてや今、映画会社UPLINKのパワハラ問題が明らかになり、性的虐待疑惑をかけられているウディ・アレンの新作「レイニーデイ・イン・ニューヨーク」の封切りを迎えた日本において、より身近なものになっていると言えるだろう。

この問題に、確かな答えはないかもしれない。しかし個人的にも、業界の端に身を置く者として、見て見ぬ振りはしたくないと感じた。そこで今回は考え方のヒントを得るため、先日アレンに電話インタビューしたばかりだという米ロサンゼルス在住の映画ライター・平井伊都子に取材を実施。#MeToo運動の発祥地であるハリウッドでの例を挙げながら、映画作品への態度や新たな声を紹介していく。

取材・文 / 浅見みなほ

消されなかったワインスタインの“過去”

「作品に罪はあるのか」を考えるにあたり、まず世界的ムーブメントとなった#MeToo運動について振り返ってみよう。2017年10月5日、大物映画プロデューサーのハーヴェイ・ワインスタインが、The New York Timesの記事によってセクハラを告発された。これは彼が業界での影響力を悪用し、女性たちにセクシャルハラスメントや性的暴行を繰り返していたというもの。被害者は名乗り出ただけでも80人以上に及び、ワインスタインは禁錮23年の有罪判決を受けた。本件をきっかけに#MeToo運動が広がり、ケヴィン・スペイシーらも告発の対象となった。

このとき、ワインスタインが関わった作品はどのような扱いを受けたのか。結果は「ワインスタイン・カンパニーが製作した今後の作品から、ワインスタインのクレジットを削除する」というもの。つまり彼が携わった過去作品のクレジットが修正されることはなかった。この流れについて、平井は「ワインスタインが主にビジネス面をリードするプロデューサーであり、クリエイター、アーティストではなかったこと、映像製作には数千人のスタッフが関わっていて、彼1人で作っているわけではないことが大きいと思います。でも、ここからハリウッドの体質が『問題に対して声を上げていこう』というものに大きく変わったのは事実。そこからFOXニュースでのセクハラ騒動を描く作品『スキャンダル』も作られました」と振り返る。

またドラマ「ハウス・オブ・カード 野望の階段」は、セクハラを告発された主演のスペイシーが降板となり、最終シーズンは彼なしで製作された。キャスト、エグゼクティブプロデューサー、監督として関わるロビン・ライトに当時取材した平井は「スペイシーが降板しても番組を継続させた理由は『シリーズを中断してしまうと、ロケ地である米メリーランド州の1000人以上の人たちから、約束していたはずの職を奪うことになってしまう。子供たちを養ったり、ローンを払ったり……彼らを路頭に迷わせるわけにはいかないからです』と言っていました」と話した。

ウディ・アレンの疑惑とその複雑性

ウディ・アレンの新作「レイニーデイ・イン・ニューヨーク」のケースは、より複雑だ。まず発端は1992年、当時女優のミア・ファローと交際中だったアレンが、彼女の養子であるスン=イー・プレヴィン(ミア・ファローとアンドレ・プレヴィンの養子で、当時21歳。アレンとはその後1997年に結婚)と性的関係を持っている事実が発覚した。ミア・ファローは、アレンと子供たちの親権を争う中で、彼が当時7歳の養女ディラン・ファローに性的虐待を行ったと主張。親権は失ったアレンだが、虐待については2度の公的調査を経て不起訴に。しかし2014年にディラン・ファローが「虐待はあった」とする公開書簡を発表した。一方ディランの7歳年上の兄モーゼス・ファローはアレンを擁護し、反対にミア・ファローから受けた虐待を告発している。

2018年にアメリカで公開予定だった「レイニーデイ・イン・ニューヨーク」は、アレンの性的虐待疑惑と#MeToo運動の影響で上映中止に。他方でヨーロッパでは2019年から上映され始め、日本では2020年7月3日に全国公開された。ハリウッドで強い逆風にさらされているアレンに取材したばかりだという平井は「今後アメリカ資本で映画を作る気はないでしょう。取材した際の印象としては、もうアメリカやニューヨークに対して希望も愛情も薄れてしまっているというもの。今脚本を書いている次回作もパリで撮影するそうです」と証言する。

平井は本件とワインスタイン問題を比較し「ワインスタインが有罪なのは、彼が作品製作過程でその立場を利用し女優や業界関係者から搾取していたところ。もちろん、アレンが作品制作から得た財で子供たちの生活を支配していたと考えれば話は別ですが。過去に不起訴になっているアレンにかけられているのは、あくまで嫌疑であるため、現時点で彼に制裁を加えるのは誹謗中傷にあたる危険性もあります」と述べる。またアレンの嫌疑は家庭内のものであること、その家庭内で主張が分かれていること、さらには疑惑の内容が約30年前の行動であることから、第三者が見極めるのは非常に難しいケースと言えるだろう。

「レイニーデイ・イン・ニューヨーク」の公開中止と新作3本に関する契約解消を決定したAmazonスタジオと、それは契約違反であると訴えたアレンが裁判で和解した事実も、“アレンが有罪である”と断定できないことの表れだと、平井は述べる。さらに彼女は「ただし同作は、アレン批判の流れにあるアメリカでは今でも上映禁止のまま。これはAmazonが根本的にテック系の上場企業だという面も関係しているでしょう。彼らの判断基準はあくまで公衆の意見。映画専門の配給会社であれば作品の芸術的価値がより尊重された結果になっていた可能性もあります」と続けた。

また「レイニーデイ・イン・ニューヨーク」キャストが取った行動についても考えてみよう。2017年10月、同作に出演したことへの後悔をツイートしたグリフィン・ニューマンは、性的虐待等の被害者を支援するチャリティ団体RAINNへ自身のギャランティを寄付すると発表した。また2018年1月にはティモシー・シャラメ、セレーナ・ゴメス、レベッカ・ホールも、セクハラと闘うチャリティ団体Time's Upなどにギャラの寄付を表明。出演料であるかは不明だが、エル・ファニングもTime's Upへの寄付を行ったとされている。ただしシャラメの例で言えば、Instagramで発表した声明内でアレン自身を批判したわけではない。平井は「アレンが有罪だと言い切れるのなら、自分の出演シーンをカットするよう訴訟を起こすことも可能だったと思う。でも真実がわからないこのケースにおいて、彼はアレンを断罪するのではなく、あくまで “問題に対し声を上げようとする団体”に寄付する姿勢を示しました。右に倣えではなく、シャラメ自身が考えてこの行動を起こしたという部分を重要視したい」と語る。

アメリカの美徳は間違いから目をそらさないこと

ここからは、現在のハリウッドで挙がっている声や考え方を紹介しよう。

黒人差別に抗う「Black Lives Matter」は現在大きな動きとなり、テッサ・トンプソンやマイケル・B・ジョーダンといったスターも変革を求める声を上げている。そんな中、今年6月上旬、「奴隷制に肯定的な表現がある」として、アカデミー賞で9冠に輝いた「風と共に去りぬ」(1939年製作)の配信停止を求める動きが起こった。訴えを受けたHBO maxは同作の配信を中止。しかし24日には、時代背景を解説する2本のビデオとともに同作の配信を再開した。

平井は「作品自体を修正・編集することもできたでしょうが『作品を編集することは歴史修正にあたる。作品背景を知ることが歴史を知ることになる』という考えからこの選択がなされました。過去を修正することよりも、この先何ができるかを考えるのはアメリカの性質の1つ。『米国は自らの過ちを認められるうえ、過ちから学べる大国である』という言葉は、アダム・ドライバー主演の『ザ・レポート』内のセリフです。アメリカの美徳は、間違いから目をそらさずに認めるところにあると言っているのです」と話す。

この考え方は、ワインスタインのクレジットが過去作から削除されなかった事例にも通ずるだろう。なお一方で、スティーヴ・カレル主演ドラマ「ジ・オフィス」のように、ブラックフェイスを茶化したエピソードが配信サービスにおいて削除されるというケースも存在する。

広がるキャンセルカルチャーとその脅威

もう1つ、今後の流れに影響し得る声を紹介したい。

アメリカを中心に使われている“キャンセルカルチャー”という言葉がある。これはSNSなどで他人の誤りを指摘し、その人物の存在や創作物の受容を完全に拒否する姿勢のこと。そうしてシャットアウトされた人は、“キャンセルされた人物”と呼ばれる。またこういった行動は、社会的正義や人種差別に敏感な人々=“Woke(「目覚めている」を意味するwakeの過去分詞)”な若者によってなされることが多いとされている。

例としては2018年、アカデミー賞のホストに選ばれていたケヴィン・ハートが約10年前の差別的発言を批判され、辞退に追い込まれた騒動などがある。また同年、「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」シリーズで知られるジェームズ・ガンが、小児愛やレイプをジョークにした過去のツイートを発掘され、同シリーズ第3作の監督を一時解雇されたことも話題となった。このケースでは、ウォルト・ディズニー・スタジオの決定に対し、キャストらがガンを支持する書簡を発表。結果的に「監督は彼以外に考えられない」という理由でガンは復帰を果たした。

アメリカではこのキャンセルカルチャーを危惧する声も上がっていると、平井は言う。2019年10月に前大統領のバラク・オバマは、若者に向けて「『相手がいかに間違っているか』をツイートしてWokeな気分に浸ることは、アクティビズム(社会をよくする行動)ではない。石を投げるだけでは、社会は変えられない」とスピーチした。他人を“白黒はっきり判断する”ことにこだわるキャンセルカルチャーを批判し「世の中はもっとあいまいなはず。いい人間にも欠点はあるし、戦う相手にも家族はいる。忍耐が必要なのだ」と彼は主張している。

ちなみに新作の全米公開中止を止むなくされたアレンは、今年に入ってからも“キャンセル”に見舞われている。出版社アシェット・ブック・グループが、4月に発売予定だったアレンの回顧録「Apropos of Nothing(原題)」の刊行を取りやめると発表したのだ。これは、アレンの実子とされながら「彼の虐待は事実だ」と主張しているローナン・ファロー(#MeToo運動でワインスタインを告発しピューリッツァー賞を受賞したジャーナリストでもある)が、同書の出版に反発したことが影響している。過去にローナンの著書を出版することでハラスメントと闘った同社の社員たちは、アレンの回顧録出版に反対しストライキを起こした。

騒動の末に書籍は別の出版社アーケイドから刊行されるに至ったが、この件に関してジャーナリストのブレット・ステファンズはThe New York Timesのコラムで「虐待疑惑について、誰も確かな真実を知ることはできない。だから我々はそれぞれの言い分を聞くことしかできないのだ。そのために本書は出版されるべきだ。また、もし(アレンの罪を主張する)ミア・ファローやディラン・ファローが本を出版しようと言うのなら、それは同じく実現されるべきだ」と主張し、アレンへの“キャンセル”に物申した。なおステファンズは、アレンと間接的な友人でありながら、ローナンがピューリッツァー賞を受賞した際の選考委員でもある中立的立場の人物だ。

映画作品とどう向き合い、どう発信するか

ハラスメントや虐待に関して、平井は「問題提起すること、声を上げることは重要」と断言する。では罪や疑惑のある人物の携わった作品とはどう向き合えばいいのか。これは一概に結論を出せるものでなければ、考えを強要できるものでもない。

「少し話は逸れますが」と言って、平井はNetflixの社訓「カルチャーデック」について教えてくれた。その中には「同僚の仕事に思うことがあれば必ず本人に向かって率直に述べるべきだ」という内容の文がある。「つまり、面と向かって本人に言えること以外は、いかなる場所においても発言すべきではないということ。これはSNSにも、仕事以外の実生活にも言えることだと思います。1人ひとりがメディアリテラシーを鍛え、自分の頭で考え、責任を持った発言をする訓練をしなければなりません」という平井の話は、“映画ファンとして取るべき態度”を考え、それを発信するうえでも参考になるだろう。

賛成派・反対派の対立が露呈しやすく、「意見を言わない人」を攻撃する風潮すらある現代社会について、平井は「なんでも“VS構造”にしない、ということが必要なのでは。ケースの数だけ、そして人の数だけ考え方がある。今後はより一層、違いを認め合うことや対話が求められると思います」と話した。

新着エッセイ

新着クリエイター人生

水先案内

アプリで読む