Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play

『ジョーカー』世界的ヒット、『IT/イット』編集版の地上波放送を機に考える、R指定作品の今後

リアルサウンド

19/11/24(日) 10:00

 日本でも大ヒット公開中のDC映画『ジョーカー』。世界興業収入は初公開から7週間で10億ドルを突破し、R指定作品としては初の大台到達となった。

参考:米エンタメ界で議論を呼ぶ「映画とTV」の関係 クリエイターの流入と所得格差の深刻化

 本作は、世界三大映画祭の一つとして数えられるヴェネツィア国際映画祭において、アメコミ作品として初の最高賞獲得の快挙を成し遂げ、また以前からアメコミ映画について懐疑的な目を向けていることで知られるマーティン・スコセッシ監督からも「見事な作品」とお墨付きを受け、米映画批評サイトIMDBでは歴代ランキング12位にランクインするなど、各所で好評価の声があがっていた。

 しかしこの『ジョーカー』において注目が集まったのは、映画作品としての評価のみではない。人気シリーズ『バットマン』のダークヒーロー・ジョーカーの前日譚を描いた本作がR指定作品となった要因でもある過激描写は、公開前より多くの論争を巻き起こしていた。作中における現実の社会問題ともリンクした暴力表現などが、観客のネガティヴな感情を扇動させ、現実世界での模倣犯罪を誘発させる可能性があると危惧されたことで、大手チェーンAlamo Drafthouse Cinemaなど一部の映画館が警告を表明し、公開にあたり警察が上映館で厳戒体制を取って警備を敢行するなどの事態を呼んだ。

 これら異例とも言える対応の背景には、2012年『ダークナイト ライジング』公開時に、米コロラド州の映画館において発生した銃乱射事件がある。事件の発生が同作上映中の劇場内であったことから、犯人がジョーカーを模倣したものと報道された。後日、この報道は「事実に基づいたものではない」と否定されることとなったが、犠牲者遺族らは『ジョーカー』公開にあたり本作の過激表現に対する懸念の表明と銃規制の推進に貢献することを求める書簡をワーナー・ブラザーズへ発表した。このように『ジョーカー』を取り巻く一連の現象は、昨今のR指定作品における表現が社会に及ぼす影響についての議論を生むきっかけとなっている。

 現在ではアメリカ映画協会、通称MPAAが設けた映画製作倫理規定(レイティング・システム)のもとに、アメリカにおける全ての劇場公開映画が製作されている。ではレイティング・システム以前の米映画業界における表現規制と、作り手側や映画市場への影響はどんなものがあったか。

 過去にはヘイズ・コードと呼ばれるガイドラインが、米映画界において導入されていた。これは1934年から1968年まで存続し、あくまで検閲制度ではないものであったが、主に一部の作品における表現を不道徳だと見なしたカトリック団体らの声を受け、業界側が実施していた自主規制条項であった。ヘイズ・コードで禁止、もしくは厳重注意とされていた表現は「“hell”“damn”など冒涜的な言葉を用いること」「好色もしくは挑発的なヌード(シルエットを含む)の描写」「残酷なシーンなど観客に恐怖を与えるシーン」「殺人の手口の描写」「犯罪者への同情を誘う描写」があり、当時のメジャースタジオが製作する映画はこの基準を元に審査され、遵守しない場合には罰金が課せられるなど、業界内では実質的に義務として運用された。

 これらの内容は現在適用されるレイティング・システムの基となっているだけではなく、この基準を成立させ運用していた組織であるアメリカ映画製作配給業者協会は、現在のMPAAの前身でもあることからも、ヘイズ・コードがこの後の映画表現へもたらした影響の大きさが分かるだろう。しかし、ヘイズ・コードを遵守しながら製作されるアメリカ映画に満足しなかった観客たちは次第に、表現の自由度がより高いヨーロッパ映画へ流れていくこととなり、バラエティ誌が「ヘイズのモラル・コードは冗談にすらなれない、記憶に残るのみ」と主張する記事を掲載するなど各メディアも大きく批判した。

 これらの世論を受けたハリウッドのメジャースタジオは、1950年代後半あたりから『或る殺人』(59年)、『去年の夏 突然に』(59年)などヘイズ・コードに囚われない作品を製作するようになり、59年に協会の承認なしで公開されたビリー・ワイルダー監督作品『お熱いのがお好き』が大ヒットしたことが業界内の潮流を転換させる決定打となった。本格的に国内作品の興業収入減少に対する危惧や海外展開の必要性を感じた各スタジオは協会へ規定改正を促す圧力をかけ、現在のレイティング・システムに取って変わられたことでヘイズ・コードは廃止、市場が業界を動かす結果と至ったのだ。

 では、現在のMPAAが実施しているレイティング・システムと、その基準下にある映画製作の実態とはどのようなものか。現状アメリカで製作される劇場用映画作品に設けられている審査適応区はG(年齢制限なし)、PG(保護者の判断が必要)、PG-13(13歳未満の子供の鑑賞は保護者の注意が奨励される)、R(17歳未満の子供の鑑賞は保護者の同伴が必要)、NC-17(17歳以下の子供の鑑賞は許可されない)といったものである。

 そしてこの年齢区分は、作り手側の予算獲得において大きな障壁となるケースも多い。たとえ作り手側が優れた企画を持ち込んでも、その作品がR指定作品であれば多くのティーン層の観客を切り捨てざるを得ないこととなり、また世界第2位の映画市場でありながら表現規制の強い中国での公開が困難となる可能性も高まるために、予算出資が渋られる。

 その一例に、トッド・フィリップス監督がワーナーへ『ジョーカー』の企画を売り込んだ際、マーケットの限定性を理由に一蹴され、結果としてアメコミ映画としてはかなりの低予算である約6000万ドルでの製作を余儀なくされたたことが挙げられる(それぞれPG-13で公開された『ジャスティス・リーグ』は約3億ドル、『マン・オブ・スティール』は2億2500万ドルの予算を獲得していた)。

 しかし、観客の期待は業界の見方と別のところにあるようだ。米医療メディアMedicine Netが行った調査によれば、80年代と比べ近年におけるヒット作品は暴力表現の増加がみられるという。1985年から2015年で各年興業収入トップ30に入った映画を対象としたこの調査では、1985年から1987年までのトップ30の作品の約30パーセントがPG-13であったが2013年から2015年には約50パーセントまで上昇しており、暴力表現は2倍以上になったと報告された。この調査結果から、ペンシルベニア大のダニエル・ロマー教授は「過激描写がある作品の観客人気が高いことを考えると、映画業界はそれに従わざるを得ない」と語った。

 表現規制が及ぼす作品への影響に対する観客の声は、日本でも高まっている。例えば、2015年に公開され刺激的な性描写が話題を呼んだ作品『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』は、本国アメリカではR指定作品として無修正で公開されたが、日本ではより動員数が見込めるR15指定作品とするため一部シーンに修正が加えられた。しかし、本国オリジナルバージョンの上映を求める要望が多く上がったことで、後にR-18版の限定上映が行われたことがあった。

 また先日も、2017年に日本でR-15指定作品として劇場公開された『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』が地上波放送された際に、R-15に該当する恐怖シーンがTV用に編集されたことで、視聴者から「見所が大幅にカットされてしまった」という旨の不満が多く寄せられていた。このように“作品の肝”となる描写が表現規制によって変更を余儀なくされる状況は、ここ日本の観客からも厳しい目が向けられている。

 R指定作品におけるマーケットの限定性は、映画業界が懸念するほど深刻ではないのが現状のようだ。実際、『ジョーカー』は巨大映画市場である中国での公開が実現しなかったにも関わらず、国内やメキシコ・日本で多くの収益を取り込んだことでワーナー・ブラザーズの年間売上最高興収を記録、製作予算の10倍以上を回収し、R指定映画として歴代最高の興収記録を樹立した結果となった。

 『ジョーカー』の登場までR指定映画興収ランキングの王座を保持していた『デッドプール』シリーズのライアン・レイノルズは、新記録樹立の報を受け『ジョーカー』のメインビジュアルに、デッド・プール、『マトリックス リローデッド』のネオ、『IT/イット』のペニーワイズ、『パッション』のキリスト、『LOGAN/ローガン』のヒュー・ジャックマン、『ハングオーバー!!』シリーズのザ・ウルフパック、『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』のミスター・グレイ、テッドと、歴代R指定映画興収ランキングトップ作品に登場したキャラクター名を並べた画像をツイートし、祝福した。

 これらヒット作の多くはここ数年内に公開されたものであり、またそのジャンルが非常に多岐にわたるものであることを考えれば、近年いかに多様な作品がR指定作品にも関わらずヒットを飛ばしているか、ひるがえってはいかに多くの観客がMPAAによる表現規制にとらわれることなく、作り手側の意向を忠実に反映させた作品を求めているかが読みとれる。今や映画シーンにおいてみられるR指定作品の需要とは、かつてのHIP HOPシーンにおいてペアレンタル・アドバイザー(未成年にとって不適切な表現が含まれる内容であることが全米レコード協会によって認定された音楽作品に添付される表示)のロゴがついた作品がむしろ“サグな音源”であると見なされヒットしていた事象に近いのかもしれない。

 公開が予定されている『デッドプール』シリーズ第3作もR指定での製作がアナウンスされており、早くも“R指定作品”王座の次なる行方に注目が集まっていることや、またアメリカ国内作品の他に外国映画のR指定作品においても、韓国映画として初となるカンヌ国際映画祭最高賞を獲得したことで話題となったポン・ジュノ監督作品『パラサイト』がアメリカ国内でネットなどの口コミにより劇場動員数を伸ばしている現状がある。これら観客による表現規制にとらわれない作品に対する需要の高まりは、ヘイズ・コードの時代にみられた基準改正とまではいかないまでも、今後のハリウッドにおけるレーティング・システムを取り巻く映画製作の環境に変化を及ぼすものと見れるだろう。

■菅原 史稀
編集者、ライター。1990年生まれ。webメディア等で執筆。映画、ポップカルチャーを文化人類学的観点から考察する。

新着エッセイ

新着クリエイター人生

水先案内

アプリで読む