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佐々木俊尚 テクノロジー時代のエンタテインメント

“鑑賞”から“参加”へ。劇団「ノーミーツ」が模索するオンライン公演の新たな可能性

毎月連載

第27回

いま注目されている「ノーミーツ」という劇団がある。広屋佑規、林健太郎、小御門優一郎というライブエンタテインメントや演劇、映画などに携わってる3人がコロナ禍を機に急きょ立ち上げたもので、名前は“No密”“会わない”“濃密”といった意味が掛け合わされている。つまりはソーシャルディスタンス時代にどのような演劇が可能なのか、ということを模索する試みなのだ。

私は第二作長編の『むこうのくに』を、8月1日の追加公演で観た。もちろん劇場に足を運んだのではなく、手もとのパソコンのウェブブラウザ上で。『むこうのくに』は、世界最大のオンラインコミュニティであるという設定の仮想世界“ヘルベチカ”を舞台にしており、観客もブラウザからヘルベチカにログインし、“参加”するという二重の構図になっている。

役者たちもそれぞれの自宅などからZoomで参加してリアルタイムで演技し、それがヘルベチカの画面にそのまま配信されてくる。この仮想世界では、人々は自分の素顔を隠し、バーチャルなマスクや化粧、メガネなどをまとって交流している。このアバター的な技術が配信の画面にもきちんと実装されていて、配信されてくる役者たちの顔もリアルタイムで仮想化されている。

ストーリーはわかりやすい。ヘルベチカの“顔を見せない”文化に異を唱える反乱者たちがシステムをハックし、人々のアバターを剥ぎ取りさろうという作戦を立てる…というのが主軸だ。そこにAI(人工知能)と人間の境界とは何か、人と人の仮想世界におけるつながりとは何か、という現代的なテーマが重ね合わされていく。

プロットはきわめてシンプルで、誰でも物語に没頭できるだろう。そのプロットだけであれば“傑作”とまでは言えなかったかもしれない。しかしこの作品は、プロットや役者の演技を越えた部分が圧倒的に斬新で、傑作としか言いようがない見事な作品だった。

リアルな舞台ではあり得なかった“境界”が揺らいでいく感覚

最も重要なのは、この作品がテーマにしている“境界”“つながり”の概念が物語の中のみならず、驚くべきことに現実の世界にまで滲み出してくることだ。演じているノーミーツの役者たち同士、さらにはそれをオンラインで観ている私たち観客との関係をもそれらのテーマが覆っているのだ。

劇団ノーミーツでは、役者たちも運営も一度もリアルでは顔を合わせておらず、公演に至るまですべてがオンラインで行われている。観客との関係ももちろんオンラインだが、観客の側は役者が演じる画面にコメントを送ることができ、その相互作用によって演劇の行方も修正される。そもそもがヘルベチカは物語世界の舞台であるのにも関わらず、観客も手元のウェブブラウザ上でヘルベチカにログインしなければならない。その行為を経ることで、観客は演劇をただ“鑑賞”するのではなく、“参加”へと強制的に呑み込まれてしまうのだ。

言い換えれば『むこうのくに』への参加という体験は、自分自身のさまざまな境界が揺らいでいくような不思議な感覚を持っていた。それは従来のリアルな舞台ではあり得なかった感覚である。

演劇には劇場というリアルな物理空間が最上で、オンライン公演はコロナ禍でしかたなく代替されるものであり、しょせんは演劇の劣化コピーであると多くの人は捉えているだろう。しかし本作の体験は、オンライン公演という新しいプラットフォームの可能性を切り拓きつつあるように感じた。

19世紀の終わりに映画が発明されたころ、映画は演劇の劣化コピーでしかなかった。カメラは観客席の視点に置かれ、前方の舞台で演じられる行為を平板に映したものでしかなかったからである。しかし1920年代になって天才デヴィッド・グリフィスが現れ、モンタージュやクロスカッティング、移動撮影など映画ならではの技法を確立し、ここに至って映画は演劇の劣化コピーの座から離れ、独立した新しい文化として確立した。

オンライン演劇というものは今はまだ文化ですらない。しかし劇団ノーミーツのような試みが現れ、それがさらに進化していけば、舞台から離れた映画のようにいずれは新しい文化を生み出す可能性がある。それは舞台で演じられる演劇でなければ、撮影された映画でもなく、リアルタイムで演じられ、俳優や運営や観客のさまざまな相互作用によってその瞬間その瞬間に新しく生まれ変わっていくような、新しい文化になる可能性を秘めているように思う。

関連情報

『むこうのくに』※配信は終了しています。
https://no.meets.ltd/mukounokuni/

プロフィール

佐々木俊尚(ささき・としなお)

1961年生まれ。ジャーナリスト。早稲田大学政治経済学部政治学科中退後、1988年毎日新聞社入社。その後、月刊アスキー編集部を経て、フリージャーナリストとして活躍。ITから政治・経済・社会・文化・食まで、幅広いジャンルで執筆活動を続けている。近著は『時間とテクノロジー』(光文社)。

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