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『チェンソーマン』は“愛の物語”だった!? 意味深だった最終回を考察

リアルサウンド

20/12/16(水) 12:00

 藤本タツキの『チェンソーマン』の第一部「公安編」が、12月14日に発売された「週刊少年ジャンプ」(2021年2号)で、完結した。

 本作は悪魔が跋扈する日本でチェンソーの悪魔の力を持つ少年・デンジが公安対魔特異課のデビルハンターとなって悪魔や魔人と戦うアクションバトル漫画。

 圧倒的な描写力と先が読めないストーリーが話題となった本作は、「このマンガがすごい!」(宝島社)の「2021年オトコ編」の1位を獲得した、現在もっとも勢いのある漫画だ。それだけに、このタイミングで本誌の連載が終わることは多くの読者を驚かせた。

以下、ネタバレあり。

 物語は最終的に、デンジとマキマとの戦いに集約されていった。

 公安の上司でデンジにとっては最愛の人だったマキマの正体は「支配の悪魔」だった。マキマを倒すため、デンジはチェンソーマンに変身し最後の戦いに挑む。壮絶な戦いの末、デンジはマキマにポチタ(チェンソーの悪魔)と融合した心臓を抜き取られ敗北する。

 しかし、デンジは心臓と本体を分離しており、一瞬の隙を付いてパワー(血の魔人)の血液で作ったチェンソーでマキマを切り裂く。だが、マキマへの攻撃は内閣総理大臣との契約により「適当な日本国民の病気や事故に変換」されてしまうため、殺すことはできない。そこでデンジは、マキマの身体をチェンソーで解体した末に肉料理にして食べてしまう……。

 チェンソーの悪魔というモチーフが、映画『悪魔のいけにえ』のレザーフェイス(チェンソーで人間を解体して人肉を売りさばく殺人鬼)の引用だったことを踏まえると、この結末は初めから決めていたのだろう。「人肉食」は「宗教」や「映画」と並ぶ前作『ファイアパンチ』からのモチーフで、作者が最後にこれを描くのは、驚くと同時にどこか納得するものがあった。

「俺…あんな目にあっといて……まだ心底マキマさんが好きなんだ」
「でも……」
「でもアンタが今までしてきたことは死んでいった連中が許さねぇ」
「だから…さ 俺も背負うよマキマさんの罪」

 そう言ってデンジは、マキマの肉で生姜焼きを作り、味噌汁とご飯といっしょに静かに食べる。

 「マキマに気づかれずに攻撃できた理由」を、デビルハンターの岸辺に聞かれたデンジは、マキマは匂いで人を見ており「気になる奴の匂いだけしか覚えていなかった」と答えた後、マキマはチェンソーマンしか見ておらず「俺の事なんて最初から一度も見てくれてなかったんだ…」とつぶやく。

 あまりにも漫画が上手いため、劇中の激しい暴力描写や作品世界の謎解きばかりに目が行きがちだが、最終話を読み終えて、これはデンジが失恋を経て成長する愛の物語だったのだなと、深く実感した。

 デンジは自分に仕事と新しい生活を与えてくれたマキマのことが好きだった。しかし、マキマが見ていたのはデンジの中にいるポチタ(チェンソーの悪魔)であって、デンジのことは見ていなかった。デンジにとってマキマとの関係は、男と女であると同時に、姉と弟、母と子のようなものだが、マキマにとってチェンソーマン(デンジ)は崇拝の対象であり、教祖と信者、アイドルとファンの関係だった。だからこそポチタがデンジの心臓と融合し、かつての力を失ってしまったことが、マキマは許せなかった。

 最後の戦いでマキマはデンジがチェンソーマンであることに苛立ち、チェンソーマンはそんなことはしない、「私たちの邪魔をするなら死んで」と言う。

 デンジは偶像(アイドル)としてではなく、内面を持ったありのままの自分をマキマに受け入れてもらいたかった。戦いには勝ったが、デンジは最愛の人を失い、一番知りたくなかった現実を知ってしまう。この時のデンジの表情がとても印象的だ。

 無知で愚かだからこそ強かったデンジは、戦いで仲間が次々と死んでいく中で、自分を取り巻く現実について考えざるを得なくなる。次第に当初の明るさは消え、憂いに満ちた虚ろな表情が増えていくのだが、同時に物事を考える知恵を獲得し少しずつ成長する。

 「喪失」を通して成長を描く見せ方は、少年漫画というよりは青年漫画の手法だと感じる。こういう漫画がかつて青年誌にはたくさんあったが、今は「少年ジャンプ」で描かれるのかと感慨深くなる。

 最後に、かつてマキマであった「支配の悪魔」がナユタという少女の姿でデンジの前に現れ、今度はデンジが庇護する立場となるのだが、第二部では父、あるいは兄としてデンジはマキマ(ナユタ)を愛すのだろうか?

 すでに第二部がジャンプ+でスタートすることとアニメ化が決まっており、まだまだ『チェンソーマン』の作品世界は広がって行く。そのため最終的な評価は保留だが、少なくともジャンプ本誌で連載された第一部「公安編」に関しては、男の子の成長物語を圧倒的な描写力と精密な構成によって描ききった大傑作だったと言えるだろう。血まみれのバイオレンスの核にあったのは、少年の哀しいラブストーリーだったのだ。

■成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)がある。

■書籍情報

『チェンソーマン』単行本・既刊9巻
著者:藤本タツキ
出版社:集英社
https://www.shonenjump.com/j/rensai/chainsaw.html

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