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aikoの真骨頂が味わえるアルバム曲10選 サブスク解禁を機に触れる各作品の“奥深さ”

リアルサウンド

20/3/13(金) 12:00

 3月8日夜、aikoがZepp Tokyoにて開催した無観客ライブ『Love Like Rock vol.9~別枠ちゃん~』がネットで同時中継され、リアルタイム視聴者数は13万人にまで達したという。コメントの中には「投げ銭したい」という声も多く、イベントそのものを自粛するムードが強まっている今、アーティスト活動の新たな方法を彼女のようなビッグネームが率先して提示した意義は大きい。ライブの終盤、広がる不安を払拭するように彼女が言った「笑っていこうね、みんなで」のひと言には言葉以上の重みがあった。こう言っては誤解を生むかもしれないが、いつもの現場で観るライブ以上に、画面越しに観たこの日の配信は心に深く刺さるものがあった。

(関連:aiko、King Gnu 井口理との「カブトムシ」歌唱を振り返る「すごく気持ち良くデュエットした」

 そんな中、aikoの作品が去る2月26日、サブスクリプションサービスにて配信をスタートした。解禁したのはデビュー曲「あした」から最新シングル曲「青空」まで、カップリング曲~アルバム曲を含む全414曲。

 aikoの楽曲は、彼女の突出した言語表現と、その歌詞を膨らませる天性のメロディセンス、そしてそれらを引き立たせる演奏陣の素晴らしさにある。言葉と曲作りの才能、どちらかひとつだけの人は多いが、両方備わっているアーティストはなかなかいない。今回aikoの作品の魅力を再発見できる“アルバム曲”(シングルカップリング曲含む)を筆者の独断と偏見でチョイスした。この機会に彼女の作品の“奥深さ”に触れていただきたい。

 aikoの代表曲と言えば「花火」と「カブトムシ」。その2曲を収録していながら、両曲に引けを取らない作品が潜んでいるのが2ndアルバム『桜の木の下』(2000年発売)だ。なかでも、このアルバムではじめてウッドベースが登場する大人な世界観の「傷跡」が良い。開始早々、変則的なリズムを刻む楽器隊。奇数拍子を行き来する複雑なリズムに、〈あなた〉に振り回される〈あたし〉の揺らぐ心情が表れている。それでもなお好きでいることしかできない〈あたし〉をジャジーな演奏がクールダウンさせる。打って変わって次の「Power of Love」は、管楽器だけでも計6名という豪華な編成で繰り広げられるパワフルなブラスロック。落ち着いた前曲の空気を吹き飛ばすようで爽快だ。

 名曲の多い初期のアルバムの中でもひときわ完成度が高いのが3rdアルバム『夏服』(2001年発売)。曲のテーマ的にも、“心”+“〇〇”という造語のタイトルが曲中に一度も登場しない作りなど踏まえても、おそらくは井上陽水「心もよう」へのオマージュと思われる6曲目「心日和」は、The Style Council風味のアレンジが終盤へ連れてダイナミックに展開し、スライドギターが高らかに鳴る解放的な世界へと向かう。それが次曲になると一転、まるで歌謡曲のようなしっとりとしたムードを漂わせる「September」でブルースの世界へと一変する。美麗なフェンダーローズの音色が印象的。aikoの作品すべてに通底する、ある種の“湿気”のようなものが凝縮された一曲である。

 ところで、aikoが発明したテクニックのひとつが、16ビートに言葉を目一杯詰め込む歌詞表現だろう。なおかつ「花火」や「アンドロメダ」といったシングル曲のように、ただ詰め込むだけでなくアクセントに抑揚をつけることで言葉に独特のグルーヴを生み出しているのが彼女の特徴だ。同様の技が「シャッター」(2006年発表『彼女』収録)でも確認できる。aiko楽曲の多くに参加しているドラマー佐野康夫による拍の刻みは金物でも幾ばくかの長さを持っていて、リズムが絶妙に“すべる”。喩えるならフィギュアスケートを想像してもらいたい。“すべる”リズムの上で歌うaikoの歌唱はさながらリンク上で飛び跳ねて踊っているかのようで、詰め込んだ歌詞が助走のように機能して、〈前髪〉の「み」などフレーズの最後で軽やかなジャンプが決まるのだ。

 aikoの十八番とも言えるのがバラード。心の奥深くをえぐる歌詞や歌声、そして豪華な演奏陣との絡み合いが聴きどころのひとつだ。そんな曲が多く収録されているのがアルバム8作目の『秘密』(2008年発売)である。とりわけ「キョウモハレ」や「ハルとアキ」といった“カタカナ曲”が極上で、〈過ぎていった毎日〉〈今日も今日も今日も〉〈繰り返しある日々〉……と作品全体を通して強調される“過ぎていく毎日”を淡々としたリズムが描き出す。時おりポロロンと鳴るエレピの優しい音には、そんな日々の中でも揺れ動く主人公の繊細な感情がよく表れている。

 バラードと言うには少々リズムが跳ねているが、歌と演奏陣の絡み合いという点ではバラード並の陶酔感があるのが『時のシルエット』(2012年発表)に収録されている「くちびる」。アレンジャーの島田昌典によるピアノやエレピ(モーグシンセまで登場する!)の演奏は基本的にコード上を自由に遊びまわっているが、ほんの一瞬だけボーカルとユニゾンして重なり合う〈何もかも〉の「何も」、そして〈そばにいる〉の「そばに」、さらに最終盤で畳み掛ける〈あなた〉と〈世界〉……歌と演奏陣の“この瞬間”的な同期は、まさに「くちびる」というタイトルにふさわしく感動的だ。

 アルバムの中には、なぜこれがシングル曲ではないのか? と疑いたくなるほどパンチ力があるものがある。『泡のような愛だった』(2014年発表)に収録された「サイダー」なんかがそれだ。口ずさみたくなるシンプルなメロディで構成され、ビートも力強く、サビのフレーズは非常にキャッチー。こうした印象に残りやすい曲がアルバムの中盤に置かれているのも驚きである。

 近年の作品でも群を抜いてaikoの“湿気”を感じられたのが『湿った夏の始まり』(2018年発表)に収録された「宇宙で息をして」。息継ぎ少なく、一筆書きのようになめらかな旋律の中で突然急上昇するメロディの痛々しいほど切ない響きに、彼女のソングライティングの妙がある。長年アレンジを務めてきた島田に代わって編曲を担当するOSTER projectとのコンビネーションにも注目だ。

 以上、aikoのアルバムから約10曲。この記事でピックアップしたのは、いわゆる“誰もが知る名曲”ではない。しかし、そうした楽曲にこそ彼女の才能の真骨頂が宿っている。これを機に、aikoの楽曲の奥深さを味わってみてほしい。(荻原 梓)

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