Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play

山本益博の ずばり、この落語!

第十二回『立川志の輔』 令和の落語家ライブ、昭和の落語家アーカイブ

毎月連載

第12回

『TBS赤坂ACTシアタープロデュース 志の輔らくご 恒例 中村仲蔵』 

 「平成」の30年間を見渡すと、古今亭志ん朝、立川談志の両雄が亡くなり、柳家小さん、桂米朝の人間国宝ふたりも失って、一時は落語界の行く末が案じられたが、その「平成」の落語界を支えてきた一人が立川志の輔である。「令和」の時代に入ったいま、大黒柱で第一人者と呼んでも過言ではなかろう。

 志の輔は古典落語も自作の落語も高座にかける、今、はやりの言葉で言えば「二刀流」。彼が、この「二刀流」で先頭を歩んでいることが、どれほど新作落語の旗手たちを勇気づけているかわからない。

 1954年、富山県新湊市(現・射水市)出身。1983年、29歳で立川談志に入門、前座名志の輔。その前座名を真打になっても名乗っているのは、極めて珍しい。

 私が志の輔の落語に注目したきっかけは古典の『中村仲蔵』だった。噺の運びが悠然としながら、仲蔵が『忠臣蔵』五段目の斧定九郎役の衣装のひらめきを授かる夕立のなかの「そば屋」のくだりが迫力満点だった。そして、何より、歌舞伎役者を題材に取り上げた古い噺でも、若い観客を惹きつける「現代語感」に優れていたことが、何よりの魅力だった。

 そして、志の輔の本領発揮の高座を知るきっかけとなったのが、渋谷で毎年1か月にわたって開催されていた『志の輔らくごin PARCO』である。毎日、前座も使わず一人で古典と新作を三席、3時間ほどの公演。高座に上がるたびに「ようこそおいでくださいました。昨日までは、すべて今日のための稽古でした」といって笑わせながら、落語の高座を劇場空間に拡大する試みを続け、「現代の落語とは何か」を問うてきた。

 今でも忘れられないのは自作『歓喜の歌』のラストシーン。噺が終わったと思いきや、舞台後ろの幕が開かれると、噺の中に登場したママさんコーラスのメンバーがひな壇に並び、志の輔が指揮者に変身して、ベートーヴェンの『第九』の『歓喜の歌』を歌いだした。終わった瞬間、私は思わず、「ブラヴォー」と叫んだのを思い出す。後日、『歓喜の歌』は映画にもなった。

 私のお気に入りの作品といえば『みどりの窓口』にとどめを刺すが、もし、代表作を一つ選べとなれば伊能忠敬を題材にとった『大河への道』だろうか。千葉県香取市の伊能忠敬記念館を訪れたことから話が始まり、地域おこしの千葉県職員を狂言回しに、江戸と現代を行き来しながら、話が進んでゆく。

 いまとは違って、人生の終焉時の55歳から一念発起して、日本中を歩いて測量し、17年もかけて精密な『大日本沿海輿地全図』を完成させた偉人を描いた長講一席。とても落語向きではない主人公を扱いながら、巧みに笑いで包み、落とし噺でも人情噺でもない噺をまとめ上げた。

 お見事だったのは、舞台上の仕掛けで、噺のあと背景に約200年前の伊能の作成した地図が映し出され、そこに衛星から撮った日本地図がゆっくりと重なってゆくシーン。驚くほどの重なりで、客席から感嘆の声が上がるほどだった。いつもの志の輔の新作落語とも違う、不思議な話芸の感動で、「PARCO」ならではの劇場落語の傑作といってよい。

『本多劇場プロデュース 志の輔らくご in 下北沢 恒例 牡丹灯籠』

 近年、『中村仲蔵』は『大忠臣蔵~仮名手本忠臣蔵のすべて~』とセットになって一晩のプログラムに成長をとげ、同じ手法で三遊亭円朝作『牡丹灯籠』も、高座の前半で、大勢の登場人物たちの相関図を簡潔に説明しながら、後半、本題に入ってゆく。そこには、現代の若者たちに「古典」をよりよく知ってもらおうとする工夫が満載されていて、志の輔の「噺」への意欲、情熱のとどまるところを知らない。「令和」の時代も当分は、志の輔がリーダーシップを発揮するに違いない。

豆知識 『うける』

(イラストレーション:高松啓二)

 落語の源流は、仏教の節談説教と言われています。お坊さんが各地の寺を廻って、説教をし、その見返りに信者たちからお金やお米のお布施をいただく。その説教の要諦は「はじめしんみり、なかおかしく、おわりとおとく」といわれています。

 例えば『親鸞聖人一代記』などでは、静かに話し始めて、次第に話が熱を帯びてくると、自然に節がついてゆきます。そして、飽きられないよう随所に、笑いをとりながら、ありがたいお話で締めくくります。節がついたところが「浪花節」になり、笑いの部分が「落語」に進化したと言われています。

 もう何年も前になりますが、築地の本願寺で「説教者大会」がありました。本堂に詰めかけた大勢のお年寄りの信者さんが、節談説教に聞き入りながら、何度も数珠を手に「なまんだぶ(なみあむだぶつ)なまんだぶ」と唱えていました。これを「受け念仏」と呼びます。

 私たちが普段「話がうけた」とか「バカうけ」というときの「うけ」は、実はここから来たと言われています。私たちが忘れてしまったところで、仏教がしっかりと日常とつながっているのですね。

作品紹介

『歓喜の歌』(2007年・日本)

2008年2月2日公開
配給:シネカノン
監督:松岡錠司
原作:立川志の輔
出演:小林薫/伊藤淳史/由紀さおり/浅田美代子/安田成美

『TBS赤坂ACTシアタープロデュース 志の輔らくご 恒例 中村仲蔵』

日程:2019年5月11日~14日
会場:赤坂ACTシアター

『本多劇場プロデュース 志の輔らくご in 下北沢 恒例 牡丹灯籠』

日程:2019年7月8日~15日
会場:本多劇場

プロフィール

山本益博(やまもと・ますひろ)

1948年、東京都生まれ。落語評論家、料理評論家。早稲田大学第ニ文学部卒業。卒論『桂文楽の世界』がそのまま出版され、評論家としての仕事がスタート。近著に『立川談志を聴け』(小学館刊)、『東京とんかつ会議』(ぴあ刊)など。

アプリで読む