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中井美穂 めくるめく演劇チラシの世界

ゴジゲン『朱春』

毎月連載

第30回

ゴジゲン『朱春』チラシ(表)

どこかの地下室のような空間に集う、紙袋を顔にかぶった男たち。一見不穏にも、それでいて楽しげにも見える写真にポップな文字が乗った目をひくビジュアルは、ゴジゲン『朱春(すばる)』のもの。このチラシはどうやってできあがったのか、作・演出の松居大悟さん、デザイナーの本多伸二さん、撮影の関信行さんにお話を聞きました。

写真左から、本多伸二さん、松居大悟さん、中井美穂、関信行さん

松居 チラシの取材って初めて。うれしいです。

本多 これまでの連載、読ませていただいたんですけど、すごく面白かったです。

中井 本当ですか!うれしい。いつもこのチームでチラシづくりを?

関 僕は2017年の『くれなずめ』から。

本多 僕は2018年の『君が君で君で君を君を君を』からです。

中井 どうやって知り合ったのですか?

松居 関さんとは、撮影現場が最初です。クリープハイプというミュージシャンのライブ写真やアーティスト写真を関さんが撮っていて。僕はミュージックビデオを撮っていたので。

関 MV現場に撮影に行ったとき、食いつくようにモニターを見る人がいて、それが松居くんでした。そのときは松居くんのことはそこまで撮らなくてもよかったのに、面白がってずっと撮っていたのがきっかけで(笑)。

本多 僕はゴジゲン制作の半田(桃子)さんと、別の芝居で知り合ったのがきっかけです。

中井 それまで、演劇はお好きでしたか?

関 蜷川(幸雄)さんの舞台の撮影をしていたので、見たことはありました。でも小劇場はゴジゲンが初めてで、こんなに面白い世界があるのかと。

本多 僕もそんなに熱心に見るほうではなく、ゴジゲンは仕事をしてから見るようになりました。小劇場ってヘビーなイメージがあったけど、こんなふうにポップなままアンダーグラウンドなものがあるというのは新鮮でした。

中井 第一印象と、一緒に仕事をしてからの印象は違いますか?

関 知れば知るほどいろんなことが言いづらくなってきちゃいました。面倒くさいなとは思いますね。(笑)

中井 どういうところが?

関 松居くんって撮影現場に行ってから、事前に予定していなかったことを直感でどんどん発言するから、それに対応するのが……。急に怖い目をするんですよ。

一同 (笑)。

松居 「ここで撮りましょう!」とか突然言い出すけど、そこに理由はない(笑)。

関 そう!「これ、理由ないだろうな」と思いながらも、あるような顔をしているから対応せざるを得ない。今回のチラシでいえばおもて面の左端に写っている奥村(徹也)くんの姿勢。中腰がつらそうだから台を作って座ってもらおうと思ったら急に厳しい顔して「いや、中腰のままいって」って。「あれ、二人の間になんかあったのかな」と思うくらい。結局奥村くん、ずっと中腰で「つらいっす、松居さんつらいっす」と言っていました(笑)。そういう現場での変更や思いつきがいつもある。でも今回は珍しく、打ち合わせの段階でけっこう決まっていましたね。

スズナリの持つ「場所の力」

中井 ゴジゲンではチラシを作るとき、どんなところからスタートしますか?

松居 まず最初に僕、本多さん、関さん、半田さんで話します。もちろん台本はまだないので、次にやるテーマや作品の雰囲気を伝えながら、写真なのか絵なのかというところから、チラシのコンセプトを相談します。

中井 その時点では、プロット(あらすじ)があるくらい?

松居 いや、プロットも何もないです。タイトルさえも「これかな?」くらい。

中井 今回の『朱春』はかなり印象的なタイトルですよね。

松居 僕らの劇団って「青春」と言われることが多くて。でもメンバーが全員30代になり、若者たちの芝居ばかりやっているわけにもいかなくなってきた。「青春」の次は「朱夏」ですけど、そこまでは行かない。その途上くらいがいいなと思って、青春の春と朱夏の朱をとって「朱春(すばる)」に決めました。

中井 いま劇団が置かれている状況を照らして、音の感じや字面も勘案して決められた?

松居 そうです。作品も、青春と大人のはざまのような話になるだろうなと。公演時期もちょうど桜が咲いてるなと思って。ここまで決まったところで、チラシの打ち合わせをしましょうと集まりました。その時点で本当になんとなく、「紙袋をかぶっている男たちが室内で桜を見ていたらいいな」と。

本多 今回、はじめからそんな話をしていましたね。紙袋の構想は最初からあった。

松居 どうしてもこのコロナ禍のことがあったのかもしれないです。マスク的なモチーフというか……。「室内の空間にいることで、外よりもきれいな景色が見える」みたいな劇にしたいなと思っていました。楽しい雰囲気にしたいなと。

中井 正直、初めて見た時はちょっと不穏な感じも受けました。手前の柱に花束が置かれていることもあって。

松居 最初、ラブストーリーにするつもりで。花が渡せなかった話にしようかなと思ったけれど、そうじゃなくなりそうです。だからこの花は説明がつかない(笑)。

中井 最初の発想の名残がここにあるわけですね。裏面を見ると、たしかに楽しそうな感じは伝わってきます。コンセプトを話し合ったとき、なぜ今回は写真にしようと?

関 スズナリという劇場が、松居さんにとって思い入れがある場所で。

松居 ようやくスズナリで劇団公演ができることになったので、せっかくならスズナリで撮影がしたいと思ったんです。

中井 ここ、スズナリですか!

松居 はい。スズナリって小劇場の歴史が詰まっているし、あそこで観た演劇ってすごく記憶に残っていて。阿佐ヶ谷スパイダースの『少女とガソリン』、少年王者舘、THE SHAMPOO HAT……。劇場と劇団とががっちり手を組んでいる場所というイメージがあったので、ぜひここで撮りたいと。この写真は奈落の下で撮りました。ほら、チラシの写真に映り込んでいる梁に「スズナリ」って。

チラシ右上部分の梁に「スズナリ」の文字が

中井 本当ですね! 気づかなかった。

本多 スズナリという場の持つ力の強さはもうわかっていたので、袋をかぶることだけは決めて、あとは行ってから考えようと。

中井 後ろのパイプ椅子などはあらかじめ置いてあるまま?

本多 少しずらして、人が入るスペースを作りました。

関 事前に「机の下」の話をしていたよね。

松居 そうだ、「机の下に隠れたい」ってずっと言っていた。

本多 最初、それを上から覗き見ているような画で撮れるかなって。

中井 裏面はそのイメージどおりですね。

松居 そう、「机の下には宇宙がある」というのがこの劇だなと思っていて。

関 子ども部屋の学習机の下……濁ったドラえもんというか、そんなイメージの話をしたよね。

中井 それでキャストみなさんが座って、紙袋をかぶって。

松居 紙袋は六人六様にしたいなと思って、その場でぐしゃぐしゃにしたり破ったりしました。

中井 紙袋の個性のありなしはその役者さんのイメージや全体のバランスで決めたものですか?

松居 そうです。撮影時点ではそれぞれに意味はなかったけれど、稽古を重ねるうち、だんだん意味が出てきていますね。出そうとしているのか、勝手に出ちゃったのかわからないですけど。

中井 それぞれの役者さんの表情や身体の動きも松居さんが?

松居 僕が言うのは「桜を見上げて楽しそうにして」という程度で、細かい部分は関さんが「じゃあ誰々くん笑顔に」とか「手で表現して」とか言ってくれました。

関 でもみんな、言わなくてもけっこういい感じにしてくれて。

本多 その間じゅう、僕は上からずっと桜を落としていました(笑)。

文字の配置で散る桜を表現する

中井 チラシの表も裏もカラーの写真というのは、豪華で気合が入っているように見えますね。両A面のような感覚。

松居 僕はメインビジュアルの話しかしないので、裏はおまかせです。

ゴジゲン『朱春』チラシ(裏)

本多 裏面のこの写真がすごくいいので、やっぱり使うべきじゃん? とは思いました。

中井 文字のピンクも効いていますね。

本多 このピンクは特色です。撮影前から、「奈落で撮るから画が暗くなるかもよ」と関さんに言われていて。春らしさをどう表現していこうか、花びらだけだとちょっと足りないかもね、と。文字要素的なものがチラシはいっぱいあるので、それが桜っぽくなればいいかなと思いました。

松居 あと、フォントにはけっこうこだわりましたね。

本多 けっこうすったもんだしました。最初はかなり作り込んだ文字も試してみましたが、今振り返るとトゥーマッチだったなと思います。

松居 波打つような文字を試したりしましたね。

中井 このフォントを採用した決め手は?

松居 僕は完全に明朝体のイメージだったけれど、本多さんがこれをポロッと出してくれて、いいなと。関さんも「これよくないですかね」と言ってくれて。

中井 「すばる」のふりがなが漢字と少しずれているのも、引っかかりがあっていいですね。

本多 上から下への流れ、桜が降るバラバラッとした状態を表現したくて。その他の文字要素が下に寄っているのも、桜が積もっている雰囲気を出したつもりです。

中井 なるほど! 字の小ささもかなり意識的なものですか?

松居 最初はもっと小さかったのを、「大きくしてほしい」とお願いしました。

本多 松居さんも知らないかもしれませんが、実はゴジゲンのチラシでは文字の大きさをかなり厳密に管理しています。書籍を作るときのように「グリッド」を敷いて、文字の大中小もコントロールをしやすいバランスで組み立てています。まあ、ここまでガチャガチャやって、結果あまり関係なくなってはいますけど。演劇のチラシって要素がたくさんあって、階層も複雑なので、そこはしっかりとやっておいたほうがいいと思って。

中井 それは最初から?

本多 そうですね。ゴジゲンって青春っぽい、勢いのある劇団なので、逆にそういうベースの部分をしっかりやっておくほうがギャップが出て面白いかなと。

松居 ユルく見えて緻密、というのは劇団の作風にも通じている気がして嬉しいです。

中井 それはかっこいいですよね。たしかに裏面には文字がたくさん入っているけど、ごちゃごちゃしているイメージは全くないです。

松居 縦書きと横書きが混在しているのがすごいですよね。

本多 やはり、写真が天地のないものだったから。実際にこの写真、縦横どちらで撮っていたのか記憶がないくらいです。どこから読んでも読めるのはちょっといいなと思っています。

関 奈落を上から撮るとどうしてもこうなりますね。

中井 全員の目線がカメラに来ていて、ちゃんと顔が見えている。いい写真ですね。

関 花びらが全部ちょうど避けてくれました。

中井 裏面の文章は松居さんが?

松居 そうです。デザインはおまかせですが、改行してほしいところは伝えます。「お前のためじゃねえよ/お前のためじゃねえと思ってるよ」の高さを揃えてほしい、とか。今回は一人を応援するような話になるのかなとその時点では思っていたのでそれをイメージして書きました。あとは、楽しい劇にしたいと思っていたので、「パーティーの始まりだ」と。

中井 それにしても、脚本ができていない段階でビジュアルや文章を作るのは難しくありませんか?

松居 僕は、この向こうにある芝居というよりも、チラシという作品を作る、という感覚です。

本多 松居さん、よく「チラシはチラシ」と言っていますね。

中井 チラシは独立したもの、という認識ですか?

松居 そうです。それが劇に影響しなくても、チラシだけで完結していてもいい。でも結局劇をつくっているうちに引っ張られていく。

中井 そこが不思議ですね。やはり頭の中にあるものをビジュアル化すると、なにかしらエッセンスのようなものが詰まっているのでしょうね。

松居 そうですね。今まさに作っている最中ですが、やっぱり影響はあります。チラシを見ずに芝居を見る人っていないと思うんですよ。劇場の前にも貼ってあるし。それは自分の中でけっこう大きいですね。

すべてはチラシからはじまる

中井 チラシをつくった作品をいざ観に行って「全然違う!」と思うことはありませんか?

松居 お二人は、きっとあるんじゃないですかね? チラシでは「とにかく顔を6色に塗りたい」から始まった『君が君で君で君を君を君を』は結局全然違う話になったし。

本多 でも、あれはあれで理由がちゃんと込められてたよね。

関 今回も、舞台でこの紙袋がなくなったら「違うじゃん」って思うかもしれない。でもなくなったらなくなったでまた別の意味が出そうだし、すごく楽しみです。

中井 今回のチラシの手応えはどうですか?

本多 とにかく写真がいいなと。考えて作った画に見えるじゃないですか。だけど大事なのは、特に集団の場合って「現場のノリをどれだけ閉じ込められるか」だと思っていて。だから撮影にディレクションはあまりないほうがいいと思っていて……、松居さんが言う分には仲間だからいいけれど。それをちゃんと関さんが撮ってくれて、バチッとハマっていて、すごくいいなと思っていますね。両面とも、狙うと撮れなくなるタイプの画だと思います。

中井 チラシづくりは好きですか?

本多 チラシって、作る方としては裏が面白いですね。疎密というのか、シンプルでインパクト重視な表と、細かい情報がぎゅっと詰まっている裏、そのコントラストが僕は好きですね。

中井 他の仕事とチラシの仕事は違いますか?

本多 演劇に関わる人達は、あえてチラシという状態を残している気がします。映画のチラシはもっと惰性だけれど、演劇はこのチラシ自体を文化的に捉えているイメージがある。その、あえて残されているものにわざわざ関わるのだということはかなり意識します。

中井 紙のチラシは生き残ると思いますか?

松居 僕らは続けたいと思っています。やっぱり好きですよ、舞台を観に行ってチラシ束をもらうの。自分たちのチラシで目を止めるか気になるし、アナログな芸術でもあると思うし。

中井 チラシって、運命としては人間と一緒かもしれないですね。だんだん古くなっていく、厄介な肉体を持ったもの。

松居 でも、こういうことこそが演劇にとって一番大事かなと思います。作品を手掛けるにあたって、まず最初にやることは台本を書くでも稽古するでもなく、チラシなので。そこで「どういう作品ですか?」と本多さんと関さんに聞かれて答えながら「自分はこういう劇を作りたいのか」と気付かされていく。すべてのはじまりが、チラシという存在だと思います。

構成・文:釣木文恵 撮影:源賀津己

作品情報

ゴジゲン第17回公演『朱春』
日程:4月1日(木)~11日(日)
会場:スズナリ
作・演出:松居大悟
出演:奥村徹也、東迎昂史郎、松居大悟、目次立樹、本折最強さとし、善雄善雄

プロフィール

松居大悟(まつい・だいご)

1985年、福岡県出身。劇団ゴジゲン主宰、全作品の作・演出を担うほか、映画、ドラマの監督、脚本、演出家として幅広く活躍。主な映画監督作品は『アフロ田中』(2012)、『君が君で君だ』(2018)、『#ハンド全力』(2020)など。また、テレビ東京のドラマ「バイプレイヤーズ」シリーズではメイン監督をつとめ、映画版『バイプレイヤーズ 〜もしも100人の名脇役が映画を作ったら〜』も4月9日(金)より公開。さらに、自身の体験を基にゴジゲンの舞台を映画化した『くれなずめ』も4月29日(木・祝)より公開される。

中井美穂(なかい・みほ)

1965年、東京都出身(ロサンゼルス生まれ)。日大芸術学部卒業後、1987~1995年、フジテレビのアナウンサーとして活躍。1997年から「世界陸上」(TBS)のメインキャスターを務めるほか、「鶴瓶のスジナシ」(CBC、TBS)、「タカラヅカ・カフェブレイク」(TOKYO MXテレビ)にレギュラー出演。舞台への造詣が深く、2013年より読売演劇大賞選考委員を務めている。

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