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山本益博の ずばり、この落語!

第十回「柳家さん喬」 平成の落語家ライブ、昭和の落語家アーカイブ

毎月連載

第10回

柳家さん喬『音声DVDで聴ける! 柳家さん喬 大人の落語』(講談社刊)

 この連載のタイトルは『平成の落語家ライブ、昭和の落語家アーカイブ』だが、5月からは新元号となり、『平成の落語家ライブ』というタイトルはこれが最終回となる。柳家小三治、柳家権太楼はすでに書いたので、掉尾を飾るにふさわしい落語家と言えば、柳家さん喬ではなかろうか。

 昭和23年(1948年)8月4日生まれ、東京都墨田区本所吾妻橋の生まれ。同年4月生まれの私とは同世代。実家は、本所吾妻橋交差点のところにあった洋食屋「キッチンイナバ」である。私の親戚が向島にあったため、都電の30番に乗ると、浅草方面から本所吾妻橋の交差点を左折する。その時に「キッチンイナバ」の看板をよく目にしたので覚えている。

 昭和42年(1967年)のちに人間国宝となる五代目柳家小さんに弟子入りし、前座名「小稲」。翌43年(1968年)、初高座、演目は『道灌』だった。47年(1972年)、二つ目に昇進し、「さん喬」を名乗り、56年(1981年)、真打となる。芸歴50年を超す、落語協会の看板の落語家のひとりである。

 私と同世代とはいえ、記憶にあるのは、さん喬として二つ目になってからで、真打になっても柳家権太楼、五街道雲助、春風亭一朝、柳家小里んらと一緒に新進気鋭の落語家として、小さな落語会によく出ていた。当時から、端正で、控えめだが、品のいい高座だった。

「若手精鋭 落語競演会 木挽寄席」プログラム(その33夜、その34夜)

 さん喬が2年前(平成29年)に上梓した『音声DVDで聴ける! 柳家さん喬 大人の落語』(講談社刊)は、彼の高座をそのまま本にしたような、素直で、真面目で、優しさにあふれた内容である。自らの持ちネタから選んだ20篇を丁寧に噺の聴きどころを伝えている。私はこの中の第一章一途・純愛の『雪の瀬川』を読んで、どうしても私が主催している「COREDO落語会」で口演していただきたいと思い、実際、昨年(平成30年)12月、それが実現したのだった。

 口演時間が1時間40分ほどかかる長編の人情噺である。寄席の定席では到底高座にかけることのできない大作で、かつてホール落語の古参格、渋谷の「東横落語会」では、昭和40年に六代目三遊亭圓生が、3回に分けて『傾城瀬川』(雪の瀬川はさん喬の命名)をかけたことがあったのを知っていて、いつか絶対に聴きたい噺の一つだったのである。

 噺にオチはなく、花魁の瀬川が掟を破って吉原から抜け出し、若旦那の鶴治郎と雪の降りしきる深夜に再会、ひしと抱き合う。しだいに高座の明かりが消えてゆき、二人が心中したのか、晴れて夫婦になれたのかわからぬままに、さん喬が高座を下りた。

 それまで水を打ったように静まり返った700の客席から割れんばかりの拍手がいつまでも続き、ついには、さん喬が再び高座に戻り、一言二言しゃべった後「よいお年をお迎えください」と締めくくった。私が聴いた近年最高の人情噺の一つとなった。

 2020年6月には日本橋三井ホールで、五代目柳家小さんを追善し『小さん前座噺と五代目十八番集』というタイトルで「COREDO落語会」を開く予定でいる。柳家花緑、柳家喬太郎、柳家権太楼、柳家さん喬の小さん一門で番組を埋めるのだが、『小さん前座噺』と言っても、前座が開口一番に『道灌』や『子ほめ』をやるのではなく、真打が前座噺をかけるのだ。昼の部では、喬太郎が『子ほめ』を、夜の部ではさん喬が『道灌』を口演することになっている。

 小さん門下では、初めに習うのが『道灌』と決まっていて、この『道灌』を、さん喬がトリの高座にかける。真打のそれもトリの出番での『道灌』、どんな噺の運びになるのか、いまからとても楽しみである。

豆知識 「寄席とホール落語」

(イラストレーション:高松啓二)

 寄席は毎日演芸をやっている場所で、定席といい、上席、中席、下席の各10日間興行です。落語のほか、漫才、漫談、奇術、音曲、紙切りなどの色物が入る演芸番組。

 一方、ホール落語は、大劇場や小ホールで、ほとんどが落語でプログラムが組まれている落語会を指します。「三越落語会」「東京落語会」「紀伊國屋寄席」などはその代表格です。

 かつて、私が企画委員を務めていた渋谷の「東横落語会」もその一つで、すべて戦後生まれですが、ホール落語の祖を訪ねると、「落語研究会」に行きつきます。現在、国立小劇場で毎月開かれているTBS「落語研究会」は第五次に当たり、第一次は明治に発足しました。

 ホール落語の特徴の一つは、「ネタ出し」と呼ばれる、演者の前もっての演目決めです。寄席ですと、出番によって演目が限られ、トリの落語家目当てに出かけても、その落語家の十八番の噺が聴けるとは限りません。演目が初めにわかっていると、演目で出かけたくなる会も出てくるわけです。

 かつて、「落語研究会」で、八代目桂文楽が『富久』をかけると予告しながら、それを何度もキャンセルしたために、「文楽は、今夜も富休だった」と揶揄されたエピソードが残っています。

プロフィール

山本益博(やまもと・ますひろ)

1948年、東京都生まれ。落語評論家、料理評論家。早稲田大学第ニ文学部卒業。卒論『桂文楽の世界』がそのまま出版され、評論家としての仕事がスタート。近著に『立川談志を聴け』(小学館刊)、『東京とんかつ会議』(ぴあ刊)など。

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