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岡田惠和は“小さな幸せ”を大事に育てる 『泣くな、はらちゃん』と重なる『姉ちゃんの恋人』

リアルサウンド

20/12/31(木) 6:00

 「コロナを描くか・描かないか」という点で大きく二分される2020年のドラマ。その中で、何らかのウイルスの脅威があったらしい、現在の日本と似た状況を物語に内包しつつも、そこから“ちょっと先の世界”を描くという独自の距離感を保っていた作品が、岡田惠和脚本×有村架純主演の『姉ちゃんの恋人』(カンテレ・フジテレビ系)だ。

 第1話で手指の消毒をしているカットが挟み込まれたり、客がマスクを争って買っていた時期があったこと、春ごろに自粛が叫ばれていたことなどが会話に盛り込まれたりはしているものの、「アフターコロナ」らしき世界だけに、マスクをしている人はいない。家族や職場などの仲間たちも「密」に集っている。

 SNSやネット掲示板の反応を見ると、そうした描写とコロナ禍真っただ中の現在を照らし合わせて「リアリティが全くない」と憤り、途中で脱落していった視聴者も少なからずいたようだ。

 また、岡田作品ならではの善人だらけの世界のファンタジー感や、家族や仲間の会話やつながり方に、優しさ・温かさを感じて癒される人が多数いる一方で、気恥ずかしさや居心地の悪さを覚えてしまう人がいるのも、やっぱりわかる。

 自分自身、岡田作品を観る度、まるで知人・友人の夫婦や家族などのお宅にお邪魔した際の何気ないやり取りに見る、小さな共同体が持つ共通言語や共通認識に意図せず触れる、のぞき見する、踏み込んでしまうような気恥ずかしさや戸惑い、むず痒さを感じることがある。その結びつきが強く深いほどに、自身の異物感が際立ち、いたたまれなくなることだってある。

 と同時に、アフターコロナの世界では、ますますこうした小さな共同体のつながりが必要になってくるのだろうということも感じてしまう。なぜなら、岡田作品に登場する「優しい人たち」はたいてい、物理的・能力的・精神的に何不自由なく生きてきた人じゃないからだ。たいてい様々な困難や、いくつもの傷を心身に抱えながら生きている人ばかり。そして、彼らが居続けられる理由もまた、そんなつながりがあってのものだ。

 『姉ちゃんの恋人』の桃子(有村)がまさにそうで、高校3年生のときに両親を事故で亡くし、大学進学を断念。3人の弟たちを養うため、ホームセンターで働きつつ、弟たちを幸せにすることを自身の目標としている。

 そんな彼女が恋をする、ホームセンターの配送部で働く青年・真人(林遣都)もまた、暴漢に襲われそうになった恋人を必死で守ろうとした結果、暴行事件に発展。しかし、恋人の偽りの証言により、正当防衛が認められず、前科を負うことになる。

 しかも、恋人を責めることもせずに刑に服した息子が苦しむところを見ていられず、「息子から謝られるの、イヤだな」と漏らしていた父が自殺。そうした過去により、真人は自分が幸せになることを諦めていたのだった。

 客観的事実だけを並べると、どこまでも不運続きの彼らだが、根底に悲しみや怯えを抱えつつも、そこに悲壮感はない。桃子も真人も、むしろ自分自身の幸せを一番に願っていたとしたら、きっと折れてしまっていたことだろう。特に桃子は、弟たちのためという「利他」の明確な目標を持つことが、自身の何よりのエネルギーになっている。

 しかも、そんな数々の困難を乗り越えてきた二人がようやく恋人になり、揃って二人歩き始めようとしたとき、ささいなことから、再び二人を暴力が襲う。そこに重なるのは、こんなモノローグだ。

「この世界は愛だけで成り立っているわけじゃないし、いい人だけしかいないわけじゃない。一歩道を曲がれば、そこには得体の知れない悪意とか暴力があって、それはきっと、なくなることはなくて」

「僕らにできることは、誰かにしっかりつかまって、誰かとしっかり手をつないで、自分たちを守ることしかないんだ。でないと、不幸への落とし穴はそこら中にある。でも、大切な人、守るべき人が一人増えれば、その分、世界はいい方向へ向かう。そういうことだよね」

 このくだりに、同じく岡田作品の『泣くな、はらちゃん』(日本テレビ系)を重ね合わせて観た人も多数いただろう。

 かまぼこ工場に勤務し、地味で薄幸で損ばかりの暮らしをしながら、自身の心を叫びを漫画にぶつけることで鬱憤をはらしていた越前さん(麻生久美子)。そんな彼女の漫画の世界から飛び出し、実体化したのが「はらちゃん」(長瀬智也)で、「自分たちを生み出した神様=越前さん」が幸せになれば自分たちの世界も明るくなると信じ、奮闘するうち、恋に落ちる。しかし、無邪気に楽しく遊ぶはらちゃんたち漫画の世界の住人を、突然理不尽な暴力が襲う。そこで現実世界の闇に触れたことで、漫画の世界の住人たちも、越前さんまでも、漫画の世界へ行ってしまうのだが……。


 岡田作品には「善人しかいない」とよく言われるが、実はその根底には常に暗く深い絶望感があると思う。優しく穏やかな日々の中で突然襲ってくる理不尽や不条理があるからこそ、小さな幸せを見逃さず、拾い上げ、大事に育て、希望を抱くのだ。

 岡田作品の朝ドラ『ひよっこ』(NHK総合)もまた、大きな出来事は起こらない「日常」を描く物語ではあったが、その根底には数々の絶望感と、そこから見出す希望があった。戦争の傷を今も心に抱き続ける、ヒロイン・みね子(有村架純)の叔父・宗男(峯田和伸)は言う。

「人を救うのは人だよ。みんながそうすりゃ、世界は綺麗に回ってくよ」

 『泣くな、はらちゃん』の「片想いは美しい。世界に片想いです」という名ゼリフと、『姉ちゃんの恋人』の最終回の次のモノローグが重なり合う。

「生きるってことは、ずっと幸せってやつに片想いし続けることなのかもしれないね。でも、片想いは切ないけど楽しいよね。確かに今……僕らが暮らすこの星は、傷ついて弱っているのかもしれない。でも今を生きる僕らみんなが、幸せにちゃんと片想いしていれば、きっと大丈夫。この星は壊れない。そうだよね、姉ちゃん」

 これまでもずっと数々の不条理と絶望の上に成り立つ幸せや希望を描き続けてきた岡田惠和作品。しかし、そんな不条理と絶望が世界中を覆い尽くしているコロナ禍においては、当たり前の日々が失われていることで、ささやかな幸せを見つける術を忘れそうになる人も多いだろう。絶望に覆われた世界では、今後ますます文字通りの暴力だけでなく、ますます様々なかたちで他者を、自らをも攻撃する・傷つける暴力が生まれ続けるだろう。

 これまでの作品よりもことさらに「幸せ」というワードを繰り返し、ともすれば気恥ずかしさで目を反らしそうになるような小さな共同体のつながりや思いやり、優しさを強調しているのは、まさにそうした危機感からではないか。アフターコロナの世界で増大するであろう絶望感を根底にしつつ、私たち一人一人が幸せの沸点を下げること、ささやかな幸せを受信できるアンテナを持つ大切さを提示するかのような、残酷さと厳しさ、優しさを持つドラマだった。

■田幸和歌子
出版社、広告制作会社を経てフリーランスのライターに。主な著書に『KinKiKids おわりなき道』『Hey!Say!JUMP 9つのトビラが開くとき』(ともにアールズ出版)、『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)などがある。

■作品情報
『姉ちゃんの恋人』
出演:有村架純、林遣都、奈緒、高橋海人(King & Prince)、やついいちろう、日向亘、阿南敦子、那須雄登(美 少年/ジャニーズJr.)、スミマサノリ、井阪郁巳、南出凌嘉、西川瑞、和久井映見、光石研、紺野まひる、小池栄子、藤木直人ほか
脚本:岡田惠和
音楽:眞鍋昭大
主題歌:Mr.Children「Brand new planet」(TOY’S FACTORY)
演出:三宅喜重(カンテレ)、本橋圭太、宝来忠昭
プロデュース:岡光寛子(カンテレ)、白石裕菜(ホリプロ)、平部隆明(ホリプロ)
制作協力:ホリプロ
制作著作:カンテレ
(c)カンテレ
公式サイト:https://www.ktv.jp/anekoi/
公式Twitter:https://twitter.com/anekoi_tue21
公式Instagram: https://www.instagram.com/anekoi.tue21

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