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立川直樹のエンタテインメント探偵

“いいもの”は自分の目と耳と舌で探す! 栗山民也演出の舞台『月の獣』、京都・何必館で観た『北大路魯山人展』

毎月連載

第41回

『月の獣』(写真:矢野智美)

お正月恒例の“引きこもり”をはさんでほぼ3週間、映画よりも凄いカルロス・ゴーンの出国騒動を筆頭にニュースも盛り沢山だったが、金沢や京都にも行き、かなり過酷なスケジュールをこなしながらけっこういろいろなものが観られたし、いろいろなことを考えさせられた。

偶然テレビで見ることができたRKOラジオ・ピクチャーズ提供のディズニーの1950年のアニメーション『シンデレラ』とオードリー・ヘプバーン主演の1963年の映画『シャレード』、それにリドリー・スコット監督の2017年の映画『ゲティ家の身代金』の脚本から撮影、音楽、演出まで全てバランスがよく、これが映画というものなんだと人に話したくなる3本。絶対に大画面で観たいと思い、12月18日にはピーター・バラカンと“選ぶシリーズ”でセレクトした『ハード・デイズ・ナイト』(日本公開時の邦題は『ビートルズがやってくる ヤァ!ヤァ!ヤァ!』)のトークイベントもやった立川のCINEMA CITYまで出かけて観たNetflix製作の『アイリッシュマン』の監督、マーティン・スコセッシの「マーベルの映画は私が映画と思っているようなものではない」という発言が賛否両論を巻き起こしているのを知った時、それは映画のみならず、音楽にも演劇にも美術にも、そして今やテレビやネット、雑誌などのメディアにおいて最大のネタになっている“食”についても共通していることだと思ったが、12月17日に新宿の紀伊國屋ホールで上演された栗山民也演出の『月の獣』や、12月28日にNHKでオンエアされた『ABU TV SONG FESTIVAL in Tokyo』の中のA・R・ラフマーンの多種多様な音楽を抜群のセンスと技量でミクスチャーした見事なパフォーマンス(2曲だけだったので、単独コンサートが観たいと心から思う)を観た時には、こういうふうにきちんと作られた唯一無二のものはどういうふうに人に伝え、またそれを作るスタッフの人たちが創作活動を続けていける環境が必要ではないだろうかと思ったのである。ゾンビーズの『ふたりのシーズン』やローリング・ストーンズの『ワイルド・ホース』が本編で流れ、エンドロールにジェームス・ブラウンの名曲『マンズ・マンズ・ワールド』のイタリア語カバーと既成曲の使い方も抜群だった『ゲティ家の身代金』も興行的には成功しなかったし、今や世界的に“いいものは認められる”とは言えなくなっている気がする。

北大路魯山人「つばき鉢」1938年 何必館・京都現代美術館蔵

だから、自分の目と耳と舌で探さなければならない。12月に京都の何必館・京都現代美術館で観た『北大路魯山人展』の理屈を超えたクオリティの高さ。館長の梶川芳友さんは『何必拾遺~何ぞ 必ずしも』という毎月第1金曜日に産経新聞・夕刊に掲載される連載に「魯山人の天才料理人としての仕事は別にしても、書、篆刻、陶器、漆芸、絵画など、20万点ともいわれる膨大な作品を生み出した創作の源泉はどこにあるのか……」と書き、「芸術とは計画とか作為を持たないもの、刻々に生まれ出てくるものである。言葉を換えていうなら、当意即妙の連続である」という魯山人の名言を紹介しているが、本物の芸術、永遠に遺る物は何かということを、何必館を出て京都駅に向かう友人のSさんの車の中で流れていたレナード・コーエンの新作『サンクス・フォー・ザ・ダンス』(コーエンは2016年に『ユー・ウォント・イット・ダーカー』を発表後、82歳でこの世を去ったが、そのアルバムに収められず残っていた荒削りな音のスケッチ、ときとして単なる声にすぎないような録音を息子のアダム・コーエンに完成させるよう頼んでいた)とクロスしながら心の中に入ってきた。と同時にその時フラッシュバックしてきた前日に観た『月の獣』の舞台に静かに流れていた音楽。アメリカ人作家リチャード・カリノスキーが第一次世界大戦中に起きたアルメニア人迫害の実話に基いて描いた『月の獣』は1955年の初演から今日まで19ヶ国に翻訳され、20ヶ国以上で上演され、今回は2015年の初演依頼の再演だったが、眞島秀和と岸井ゆきの、久保酎吉と升水柚希の抑制の効いた演技と、時代、国、民族、社会…とは何かを深く考えさせられてしまう題材は本当に忘れ難いものだった。テレビのニュース画面に映し出されたエリザベス女王とローマ教皇のクリスマス・メッセージとともに……。

レナード・コーエン(写真:Eyevine/アフロ)

作品紹介

『月の獣』

日程:2019年12月7日~23日
会場:紀伊國屋ホール
作:リチャード・カリノスキー
演出:栗山民也
出演:眞島秀和/岸井ゆきの/久保酎吉/升水柚希

『ABU TV SONG FESTIVAL in Tokyo』

放送日:2019年12月28日
NHK総合

『没後60年 北大路魯山人展 ー和の美を問うー』

会期:2019年11月3日~2020年1月19日
会場:何必館・京都現代美術館

プロフィール

立川直樹(たちかわ・なおき)

1949年、東京都生まれ。プロデューサー、ディレクター。フランスの作家ボリス・ヴィアンに憧れた青年時代を経て、60年代後半からメディアの交流をテーマに音楽、映画、アート、ステージなど幅広いジャンルを手がける。近著に石坂敬一との共著『すべてはスリーコードから始まった』(サンクチュアリ出版刊)、『ザ・ライナーノーツ』(HMV record shop刊)。

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