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植草信和 映画は本も面白い 

血と汗と金にまみれた興行の世界を描く映画・演劇裏面史本ほか

毎月連載

第35回

20/2/25(火)

『興行師列伝/愛と裏切りの近代芸能史』

『興行師列伝/愛と裏切りの近代芸能史』笹山敬輔著(新潮新書・820円+税)

〈興行師〉とは何を生業としている人たちなのだろうか。高校生のころ『地唄』でファンになった有吉佐和子の結婚相手が神彰(じん・あきら)という〈興行師〉だったことから、世の中にそういう職業があることを知る。だが当時はその職業を理解し得ず、字面からいかがわしさを感じるのみだった。

やがて映画界に身を置いてから、最初にこの目で見た〈興行師〉は大映社長だった永田雅一、松竹会長だった城戸四郎(共にすれ違っただけだが)。以降、日本映画界を牽引する彼ら〈興行師〉の役割を知るようになる。

本書『興行師列伝』は、その永田をはじめ、新富座の守田勘弥、松竹の大谷竹次郎、吉本興業の吉本せい、東宝の小林一三ら5人の〈興行師〉の軌跡を描いた映画・演劇裏面史。

ヤクザや官との癒着、札束攻撃、二枚舌による劇場の買収、スターの引き抜き合戦など、正史からは窺い知れない〈興行師〉たちの、水面下での血と金にまみれた戦いを、豊富なエピソードで綴っていく。

歌舞伎座争奪をめぐる守田勘弥の戦い(第一章 十二代目守田勘弥/近代興行の父)、吉本せいが頼りにした山口組二代目と篭寅組の死闘(第三章 吉本せい/やがて哀しき興行師)、永田雅一が主導した〈長谷川一夫顔斬り事件〉の顛末(第四章 永田雅一/ヤクザとグランプリ)など、近代芸能史の光と影を炙り出していく。

「敵味方がたえず入れ替わり、ヤクザや政治家たちをも巻き込みながら相手を出し抜こうと権謀術数をめぐらす」〈興行師〉たちの物語はスリリングで面白過ぎる。中川右介著『松竹と東宝 興行をビジネスにした男たち』(光文社新書)と合わせ読むと、興行の世界がより深く理解できるのでおススメしたい。

『映画があってよかったなあ 監督・武 正晴の洋画雑記』武 正晴著(幻光社・2,200円+税)

『映画があってよかったなあ 監督・武 正晴の洋画雑記』

武正晴監督作品『百円の恋』を観終わった時の衝撃は、6年経った今でも忘れられない。切れ味鋭い演出、安藤サクラの怪演が素晴らしい名作だ。そして昨年のNetflix『全裸監督』の演出(総監督)には骨太さが加わり、武正晴は堂々たる映画監督に進化を遂げていた。

本書『映画があってよかったなあ』は、その武正晴監督の初めての映画エッセイ集。雑誌「VIDEO SALON」に連載中の『映画監督・武 正晴のご存知だとは思いますが…』(2015年5月号~2020年1月号収録分)に加筆・修正を加えたもので、幼少期から人生で一番映画を観たという18、19歳の頃に感銘を受けた57作品が収められている。

作家や映画評論家が書いた映画エッセイと違うのは、映画から得た感動、知識や情報が自作にどう醸成されているのかを、自身の近況も交えて綴っている点だ。実作者としてのアプローチが文章に説得力と奥行きをもたらしている。

例えば、マーティン・スコセッシ監督の『レイジング・ブル』について。

「『百円の恋』の主人公の女ボクサーがリングに向かう入場シーンがあるのだが、シナリオを読んだ時に『レイジング・ブル』のあの憧れのステディカムショットに挑戦できると震えた。挑まないわけにはいかなかった。(…)スコセッシ監督やチャップマン(撮影監督)たちの偉業を改めて思い知った。だが、僕らの撮ったカットも大変すばらしい出来であったと満足している。」

フェデリコ・フェリーニ監督の『8 1/2』について。

「『イン・ザ・ヒーロー』の撮影準備で2013年を終え、新年を迎えた元旦の撮影所のスタッフルームで改めて『8 1/2』をひとりで観た。映画のバックステージものの参考として観ておく必要性を強く感じたからだ。(…)フェリーニ監督に感謝したかった。フェリーニを教えてくれた母にも感謝だ。『イン・ザ・ヒーロー』は僕にとっても8番目の長編作品で、短編を含めると 8 1/2だった。」

こんな文章を読むと、『レイジング・ブル』『8 1/2』をすぐにでも再見したくなってしまう。

その他、『アラビアのロレンス』『フレンチ・カンカン』『ダイ・ハード』『タクシードライバー』『ブレードランナー』『シベールの日曜日』など、紹介したいエピソードが盛りだくさんある。

筋金入りの映画愛好家として知られる武正晴監督の映画へのリスペクトが横溢している映画エッセイ集だ。

監督デビュー作『ボーイ・ミーツ・プサン』で主演を務めた柄本佑との巻頭対談も、一冊の本にしたほど映画愛に満ちている。

『旅する黒澤明/槙田寿文ポスター・コレクションより』(国立映画アーカイブ監修/国書刊行会・2,600円+税)

『旅する黒澤明/槙田寿文ポスター・コレクションより』

映画と観客をつなぐ最初の宣伝物である映画ポスター。最初に魅せられたのは、野口久光さんデザインの『禁じられた遊び』『大人は判ってくれない』を始めとするフランス映画のポスターだった。

あらゆる情報を詰め込んだゴッタ煮のような日本映画のポスターとは明らかに違う、ロマンと詩情をそこに感じた。

後年、海外の映画ポスターを目にするようになるが、映画のエッセンスを視覚化しようとする制作者の意思が反映されているものが多いような気がする。

本書『旅する黒澤明』は、欧米諸国からアジア各国のデザイナーや画家たちが独自の解釈で制作した黒澤作品の海外版ポスター集。大胆で前衛的なポスターが多く、アート書としても楽しめる本になっている。

収録されているイギリス、フランス、西ドイツ、東ドイツ、スペイン、イタリア、アメリカ、メキシコ、キューバ、韓国、タイ、イランなど30か国、82点のポスター群は、黒澤明の国際性を明確にする映画資料として重要かつ壮観だ。

その82点のポスターは、平成30年(2018)に開催された「国立映画アーカイブ開館記念 没後20年 旅する黒澤明 槙田寿文ポスター・コレクションより」で展示公開されたもの。代表作『羅生門』『七人の侍』はもちろん、デビュー作『姿三四郎』から遺作の『まあだだよ』まで、収録ポスターのほぼすべてが国内初の書籍化だという。

巻末の「論考」には国立映画アーカイブ主任研究員岡田秀則氏の「ポスターに見る黒澤明の至芸」、黒澤明研究家槙田寿文氏の「Kurosawa over America」が収録されている。

本書収録のポスターの所有者である槙田氏の論考は、アメリカで黒澤映画がどのように公開・評価されていったかを詳述、今まで明らかにされていなかった黒澤作品需要の歴史を追った労作。世に黒澤本は数多あるが、こんな視点での追究があったのかと驚かされる研究論文だ。

プロフィール

植草信和(うえくさ・のぶかず)

1949年、千葉県市川市生まれ。フリー編集者。キネマ旬報社に入社し、1991年に同誌編集長。退社後2006年、映画製作・配給会社「太秦株式会社」設立。現在は非常勤顧問。著書『証言 日中映画興亡史』(共著)、編著は多数。

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