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川本三郎の『映画のメリーゴーラウンド』

『決闘コマンチ砦』の話から…『捜索者』『地獄の黙示録』『ディア・ハンター』、ロシアン・ルーレット…最後は女の殺し屋たちの話につながりました。

隔週連載

第51回

20/5/26(火)

 ランドルフ・スコット主演の『決闘コマンチ砦』(1962年)は、妻を先住民族にさらわれた男が主人公になる。
 西部開拓期には、実際に白人の女性や子供が先住民族にさらわれる例は多く、西部劇はそれを反映している。
 このジャンルの代表作といえば、言うまでもなくジョン・フォード監督の『捜索者』(1956年)。ジョン・ウェイン演じる南軍の元兵士が数年ぶりに故郷のテキサスに戻ってくると、二人の幼ない姪がコマンチ族にさらわれたことを知る。そして、奪還の旅に出る。
 アメリカの映画評論家スチュアート・バイロンによると『捜索者』はその後のアメリカ映画に大きな影響を与えているという。つまり、異国に消えた同胞を捜索するというテーマである。
 コッポラの『地獄の黙示録』(1979年)がそのひとつで、東南アジアのジャングルの“闇の奥”に消えたマーロン・ブランドを同胞のマーティン・シーンが探しに行く物語。
 同様にマイケル・チミノ監督の『ディア・ハンター』(1978年)も、やはり『捜索者』のテーマを受継いでいて、サイゴンの魔窟に沈んだクリストファー・ウォーケンを、親友のロバート・デ・ニーロがなんとか救い出そうとする物語。
 ベトナム戦争を戦ったアメリカにとっては、東南アジアのベトナムは、西部開拓史における先住民族の地と同じ“異界”だった。そこから『捜索者』の物語がよみがえった。
 余談だが、『ディア・ハンター』のクリストファー・ウォーケンは素晴しく、当時、日本でこの映画をきっかけで彼のファン・クラブが作られた。私が会長を務めた。

 『ディア・ハンター』のクリストファー・ウォーケンはベトナムで戦ったあと、サイゴンの魔窟に入り込み、“ロシアン・ルーレット”のプレイヤーになる。
 拳銃のなかに一発だけ弾丸を入れ、弾倉を回転させて、引き金を弾く。命がけのギャンブルである。もともとロシアの貴族が勇気を試すために始めたものだという。
 映画のなかに登場したロシアン・ルーレットの早い例としては、プレストン・スタージェス監督のブラック・コメディ『殺人幻想曲』(1948年)がある。ジュネス企画でDVDが発売されている。
 レックス・ハリスン演じる高名な指揮者には若く美しい妻リンダ・ダーネルがいる。年齢が離れているので、妻が浮気するのではないかと気が気ではない。
 あるとき、私立探偵の調べで、妻がどうも自分の秘書と浮気しているらしいと知る。嫉妬に狂った指揮者は、演奏中、さまざまな方法で、その秘書と妻を殺害する方法を妄想する。
 そのひとつがロシアン・ルーレット。浮気の現場をつきとめ秘書に向かってロシアン・ルーレットを迫る。
 秘書がおじけづくと、「弱虫め、俺が勇気を見せてやろう」と自分で引き金を引き、死んでしまう(もちろん妄想)。
 映画史上にあらわれたロシアン・ルーレットの早い例だろう。

 最近の映画にもロシアン・ルーレットは登場する。
 ピアース・ブロスナン主演、ロジャー・ドナルドソン監督の『スパイ・レジェンド』(2014年)。ちなみに西部劇とスパイ映画は個人的にもっとも好きなジャンル。
 この映画は、冷戦終結後、ロシアでのあらたな火種となったチェチェン紛争を描いているのが新鮮。
 元CIAのエージェントだったピアース・ブロスナンが、引退後、かつての恋人がCIAによって殺されたことに怒り、元いたCIAと、そして、その裏でチェチェン紛争を共謀したロシアの諜報機関と戦ってゆく。
 チェチェン紛争を引き起したロシア側の大物の悪党をようやく捕え、真相を聞き出そうとする時にロシアン・ルーレットを使う。
 弾丸を一発だけ入れた拳銃を相手に突きつけ「お前の国のやり方でやらせてもらう」と迫る。
 この映画にはヒロインのオルガ・キュリレンコの他に、一人、強烈な印象を与えてる女性が出てくる。
 ロシア側の殺し屋。細身でしなやか。拳銃、ナイフで容赦なく標的を殺す。狐のような精悍な顔をしていて一度見たら忘れられない。
 アミラ・テルツィメヒッチという憶えにくい名の女優が演じている。もともとロシアの体操の選手だという。
 女の殺し屋といえばテレンス・ヤング監督『007/危機一発(ロシアより愛をこめて)』(1963年)のロッテ・レーニャ、リュック・ベッソン監督『ニキータ』(1990年)のアンヌ・パリローがよく知られているが、もう一人、忘れがたい女性がいる。

 

イラストレーション:高松啓二

紹介された映画


『決闘コマンチ砦』
1962年 アメリカ
監督・脚本:バッド・ベティカー 原作:バート・ケネディ
出演:ランドルフ・スコット/スキップ・ホメイヤー/ナンシー・ゲイツ/クロード・エイキンズ/リチャード・ラスト
DVD:復刻シネマライブラリー



『捜索者』
1956年 アメリカ
監督:ジョン・フォード 脚本:フランク・S・ヌージェント
出演:ジョン・ウェイン/ジェフリー・ハンター/ナタリー・ウッド/ワード・ボンド/ヴェラ・マイルズ
DVD:ワーナー・ホーム・ビデオ



『地獄の黙示録』
1979年 アメリカ
監督:フランシス・フォード・コッポラ 原作:ジョゼフ・コンラッド
脚本:ジョン・ミリアス/フランシス・フォード・コッポラ/マイケル・ハー
出演:マーロン・ブランド/ロバート・デュヴァル/マーティン・シーン/フレデリック・フォレスト/サム・ボトムズ/ローレンス・フィッシュバーン/アルバート・ホール/ハリソン・フォード/デニス・ホッパー
DVD&Blu-ray:KADOKAWA



『ディア・ハンター』
1978年 アメリカ
監督:マイケル・チミノ
脚本:デリック・ウォッシュバーン
出演:ロバート・デ・ニーロ/クリストファー・ウォーケン/ジョン・サヴェージ/ジョン・カザール/メリル・ストリープ/ジョージ・ズンザ DVD&Blu-ray:KADOKAWA



『殺人幻想曲』
1948年 アメリカ
監督・脚本:プレストン・スタージェス
出演:レックス・ハリソン/リンダ・ダーネル/バーバラ・ローレンス/ルディ・ヴァリー/カート・クルーガー/ライオネル・スタンダー
DVD:ジュネス企画



『スパイ・レジェンド』
2014年 アメリカ
監督:ロジャー・ドナルドソン
脚本:マイケル・フィンチ/カール・ガイダシェク
出演:ピアース・ブロスナン/ルーク・ブレイシー/オルガ・キュリレンコ/イライザ・テイラー/ウィル・パットン/アミラ・テルツィメヒッチ
DVD&Blu-ray:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント



『007/危機一発(ロシアより愛をこめて)』
1963年 イギリス
監督:テレンス・ヤング 原作:イアン・フレミング
脚本:リチャード・メイボーム
出演:ショーン・コネリー/ダニエラ・ビアンキ/ロッテ・レーニャ/ロバート・ショウ/ペドロ・アルメンダリス/バーナード・リー/デスモンド・リュウェリン
DVD&Blu-ray:ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社



『ニキータ』
1990年 フランス・イタリア合作
監督・脚本:リュック・ベッソン
出演:アンヌ・パリロー/ジャン=ユーグ・アングラード/チェッキー・カリョ/ジャンヌ・モロー/ジャン・レノ
DVD:ワーナー・ブラザース・ホームエンターテイメント Blu-ray:KADOKAWA



プロフィール

川本 三郎(かわもと・さぶろう)

1944年東京生まれ。映画評論家/文芸評論家。東京大学法学部を卒業後、朝日新聞社に入社。「週刊朝日」「朝日ジャーナル」の記者として活躍後、文芸・映画の評論、翻訳、エッセイなどの執筆活動を続けている。91年『大正幻影』でサントリー学芸賞、97年『荷風と東京』で読売文学賞、2003年『林芙美子の昭和』で毎日出版文化賞、2012年『白秋望景』で伊藤整文学賞を受賞。1970年前後の実体験を描いた著書『マイ・バック・ページ』は、2011年に妻夫木聡と松山ケンイチ主演で映画化もされた。近著は『あの映画に、この鉄道』(キネマ旬報社、10月2日刊)。

  出版:キネマ旬報社 2,700円(2,500円+税)

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