Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play

『鬼滅の刃』大ヒットと『ジャンプ』アニメの隆盛 2020年を振り返るアニメ評論家座談会【前編】

リアルサウンド

21/1/11(月) 12:00

 新型コロナウイルスの感染拡大により、未曾有の事態に陥った2020年。1回目の緊急事態宣言下において、数多くの映画が公開延期となり、アニメ界では制作の遅延により放送延期を決定する作品も現れた。その中でも、『泣きたい私は猫をかぶる』がいち早く劇場公開から配信へと舵を切るなど新しい動きや、『鬼滅の刃』の社会現象クラスの大ヒットなど、さまざまなニュースが飛び出した1年だった。

 異例の1年を振り返るため、2020年1月に行った座談会に続き、レギュラー執筆陣より、アニメ評論家の藤津亮太氏、映画ライターの杉本穂高氏、批評家・跡見学園女子大学文学部専任講師の渡邉大輔氏を迎えて、座談会を開催。前編では、今なおヒットを続ける『鬼滅の刃』現象、そして近年隆盛を極めるジャンプアニメについて語ってもらった。(編集部)

“ヒットの理由”ではなく“何がキャズムを超えさせたのか”

―― 先日歴代興行収入ランキング1位に輝いた『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』、その制作会社であるufotableの盛り上がりは、2020年を象徴する事象の1つでした。皆さんはこの現象をどのように受け止めていますか?

藤津亮太(以下、藤津):アニメ映画は毎年たくさん作られているとはいえ、2020年の春から夏までは、コロナの影響でお休み状態だったんですよね。僕が取材をしている中で出た話なんですけど、2020年から2021年に向けてアニメ映画を準備している方々は口を揃えて、「まずは『鬼滅の刃』の様子を見てから」と言っていたんです。なので、やはり『鬼滅の刃』が、コロナの中で、映画興行としてどれだけお客さんを集客できるかというのは、安定的に映画興行を行う上で、1つの試金石として見ている人は多かったと思います。なので、ヒットして良かった。そして業界的には、まずスタート地点としては朗報だったなという感じです。

杉本穂高(以下、杉本):『鬼滅の刃』が記録的な大ヒットになっていますが、それでも今年の映画興行は前年比で50%程度にとどまっています。もし『鬼滅の刃』がなかったら、今年はどうなっていたのかと考えるとすごく怖いですね。

藤津:アニメ映画は、例年全体で400億円くらい売り上げていて、『君の名は。』のあった2016年が663億円なんですけど、今年は『鬼滅の刃』だけでほぼ例年通りみたいな感じになっていて。それはそれで極端な時代だなと思うんですけど。

渡邉大輔(以下、渡邉):僕にとってのアニメの2020年は、岩井澤健治監督の『音楽』で幕を開けて、『鬼滅の刃』で幕を閉じたみたいな感慨を持っています。すでにいろいろな人が言っていることですが、まず『鬼滅の刃』の方は、宮崎駿監督の『千と千尋の神隠し』を抜いて国内歴代興行成績の1位になったということが時代の変化を象徴していますね。つまり、「宮崎駿」という強烈な作家性と紐づいて1本にまとまった旧来型の映画ではなく、シリーズの途中の物語を描くコンテンツが興行成績を塗り替えたというのは、いわば「ポストマーベル」、「ポストNetflix」時代のアニメ映画がいよいよ存在感を増しているということでしょう。他方、『音楽』はロトスコープで作られた作品ですが、2つは対照的なスタイルの作品ながら、どちらも“アニメのデジタル化”が大きく関わっている点でも興味深いです。これは本当に大きな歴史の曲がり角というか、これまでの常識や映画興行の固定観念みたいなものを、コロナという状況も含めて、これからどんどん変えていくと思うんですよね。

杉本:深夜アニメはコアなファン向けで、一般向けにチューニングを施さなければキャズムを超えないという古典観念があったと思うんですけど、『鬼滅の刃』はほとんどそういう配慮もチューニングもしてないですよね。そういう作品がこれだけの大ヒットになったというのは、日本映画の流れをもしかしたら変えることになるかもなと思っています。『鬼滅の刃』はPG12作品として初めて100億超えのヒットを出した邦画で、日本映画は大ヒットを狙う時には、映倫の脚本審査でPG12に引っかかる描写は修正してしまうんです。そいういう配慮をしなくてもヒットは生み出せるという前例を作った功績は大きいと思います。

藤津:“ヒットの秘密”というよりは、“何がキャズムを超えさせたのか”は、考える価値があると思います。既存の知識や世に出ている情報から判断するに、『鬼滅の刃』は深夜アニメが面白いと話題になって、連載が盛り上がった2019年秋口とアニメの放送終了がうまくリンクしてバズったことで、小学生が関心を持って、紙の単行本がすごく売れたと。Googleトレンドを見ると、2019年9月の放送終わりから、LiSAが『紅蓮華』を歌った『紅白歌合戦』の12月まで、ずっと右肩上がりなんですよね。それで、小学生が関心を持つと今度はその親世代が興味を持ち出す。今の小学生の親って、『ジャンプ』が1番売れていた時代に引っかかっているんですよ。今は読んでいなくても昔読んでいた人が手を出してみても、『鬼滅の刃』は意外にジャンプ漫画っぽい。他の作品には変化球なものもあるけれど、『鬼滅の刃』は順番に敵と戦っていく方法で話が作られているので、馴染みやすかった。そんなふうに本来アニメを常習的に観ない人たちに、小学生を経由して広がったというのが、キャズム超えの最初の原因じゃないかなと。後は、アニプレックス側でやっていた施策ですよね。配信は一業者独占ではなく、できるだけ多く契約して、できるだけアクセスやチャネルを多くして、間口を多く設定したことが効いて、キャッチアップしやすくなっていた。しかも、それから1年近く時間があったので、キャッチアップする時間が十分あって、本番が来たという感じだと思っているんですよね。本来『ジャンプ』は小学生が読むものなんですけど、やっぱり今は紙の雑誌が売れないし、小学生はウェブコミックを熱心に読むというよりは、YouTuberを見ている中で、ぐるっと回って、深夜アニメを経由して本来のターゲットである小学生に届いたというのが、僕はキャズム超えの第一歩だったのかなと思っています。

渡邉:キャズム超えの最初の要因が小学生で、それがかつてのジャンプ読者の親世代に伝わり世代を越えて広がっていったというお話でしたが、ここ数年よく言われる、女性ファンの存在は、今回の『鬼滅の刃』のヒットでは作用しているのでしょうか?

藤津:大ヒット漫画は、今はわりとユニセックスに読まれているという印象なんですよね。小学館のSho-Comiの畑中雅美編集長が、インタビューで「私は、女の子が読めば、どこで連載されていようとも「少女マンガ」だと思っています」と語っていて、「今年一番読まれている少女マンガといえば『鬼滅の刃』ですし、部数やピュアな読者数で定義すればジャンプが一番の女性読者を抱えたマンガ誌かもしれません」と語っているんです。これは要するに、ヒット作と言われているものは、男女問わず薄く広く裾野が形成されがちだと思っているので、僕としては、マニアックな女性はもちろん、いわゆる一般層でも、あまり男女の行動の違いを分けて考えなくていいかなと。

渡邉:今ヒットしている『呪術廻戦』も、男女問わずすごい人気ですからね。

藤津:そうなんですよ。だから、とりあえず、マニアックな人気を一定数受けて、「今これが流行っています」というゾーンに行った漫画は、大概男女問わず読んでいるという印象ですね。

『アベンジャーズ/エンドゲーム』と『鬼滅の刃』

杉本:子ども経由で広がったというのは面白い解釈だと思います。今年、『今日から俺は!!劇場版』が『鬼滅の刃』に次ぐ邦画2位の興行収入をあげていますけど、あの原作の連載当時読んでいた世代が小さい子どもを持つ年齢になっていて、子どもと一緒に見ている人たちが多かったんです。実際、劇場にも親子で観に来ている人が多かったんです。そうやって親子2代に受けるコンテンツというのが今ヒットを生む重要な要素になってるんじゃないでしょうか。

渡邉:あと、これは特にエビデンスがあるわけでない、「批評的」な見立てなんですけども、僕には、今回の『鬼滅の刃』の国内興収1位に至る大ヒットの形は、コロナ禍などいくつかの背景はありますが、2019年に同じく世界の興収で1位を奪取した『アベンジャーズ/エンドゲーム』と、作品の構造を含めすごく重なる部分があると思っています。また、そもそもそれ以前に、2016年に日本では『君の名は。』が邦画では当時歴代2位の大ヒットになったわけですが、これもその2年前の2014年に日本公開された『アナと雪の女王』のヒットの仕方と非常にアナロジーが感じられます。いわばポストMCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)と呼べるようなヒットの構造が2010年代を通じて徐々に国内外で形成されてきたとともに、常に、ハリウッド映画が現象として先行して、その何年か後に、邦画が同じような感じでヒットする。この見立てに関してはいかがでしょうか?

杉本:たぶん、日本で起きていることが世界でも連動して起きているんだと思うんですよね。なので、単発の映画だと、もう世界観として薄いと感じている人が多いのかもしれません。

渡邉:『アベンジャーズ/エンドゲーム』が世界興収で1位になったときも、あれはシリーズ最終作ですけど、一連の続き物のコンテンツというのが1位になってしまったわけで。一つの大きな世界観に基づいて作られる続き物の作品というのは今でいえばNetflix的と言えるでしょうが、繰り返しになりますけど、同じような作品が1年のブランクの差で世界と日本でそれぞれ1位の記録を塗り替えるというのは、世界的に大きな曲がり角が来ているなと感じます。そして、それはおそらくは『アナ雪』と『君の名は。』の関係からずっと続いている流れでもあるような気がして。なので、もちろんこのコロナ禍で2020年にアニメの興行が大きく変わるということはあると思うんですけど、私としては、今年すべてがいきなり切断されて新しいことが始まりました、という感じにはあまり思っていません。むしろ、2020年に起こったことは、2010年代から徐々に起こってきていた地殻変動がわかりやすい形で出たという方が実態に則している感じがしています。

藤津:MCU的なものというか、大きな世界観の中のものを切り出していくという話でいうと、広い意味で、テレビと映画の境界がアニメにおいても曖昧になりつつあるというところがあって。1つは、何年か前から特に角川を中心にラノベなどの人気シリーズをテレビでやったら、必ず劇場版を作るという流れがありますよね。それは、角川がシアターを持ったということもおそらく関係があるんですけど。で、劇場版といいつつも予算感はいわゆる旧来の劇場の予算ではない予算で作っているんですよね。なので、そういう意味でいうと、昔やっていた「まんがまつり」的な発想で、テレビの延長を劇場でご覧くださいという要素ですよね。それが良いものか悪いものかは作品によって決まるわけですけど。そういう意味で、映画とテレビの間が曖昧にはなってきているよなとは思うんです。そういう作品だと、映画に求められるクオリティー感も、テレビのクオリティが底上げされた結果、ほどほどで見応えあればというくらいの落としどころになってきているような感じがします。

『無限列車編』は煉獄さんのライブだった?

杉本:メディアミックスコンテンツの中における映画館の立ち位置がどんなものなのか。要するに、ファンにとっては、映画館での上映がひとつの大きなお祭りという扱いだと思うんですよね。去年、『BanG Dream!』の劇場版があったじゃないですか。あれはもはやストーリーがない作品で、映画というよりライブ・ビューイングに近い鑑賞体験で、映画とはなんだろうという定義が揺らいできているように思います。

藤津:架空のキャラクターの架空のバンドのライブフィルムですよね。そのあたりはたどっていくと、やっぱり2016年の『KING OF PRISM by PrettyRhythm』のヒットは大きかったなと。あそこで、それまで単発的にやっていた応援上映が一般的になりました。音楽がライブで稼ぐとなってきたときに、アニメにおけるライブは何かというのに対して、「映画館がライブ会場なんだ」という答えがばしっと出た。ということは、物語である必要はないし、物語よりも、開発時間が短く済むといったことも合致して、アニメによるライブという形式にするに至ったと思うんです。そうすると、興行形態としては映画だが、旧来的な意味で、「果たして映画か?」みたいな問題提起は、やはり起きてくるわけです。

杉本:そう考えると、『無限列車編』は煉獄さんのライブだったのかもしれないですね(笑)。

藤津:すごいきれいなまとめですね(笑)。かなりの人はたしかに煉獄さんを観に劇場に行ってますからね。

藤津:だから、『鬼滅の刃』も応援上映があったら、たぶんすごく盛り上がったと思うんです。このご時世だとできないですけど、「死なないでー!」とみんな言っていたはずなんですよ(笑)。何回目かの人は「今度は勝てるー!」とか言っていたはず(笑)。

渡邉:鬼滅は4D上映はやってないんでしたっけ?

杉本:ちょうど今やっていますね。

渡邉:4D上映や応援上映は、いわゆる初期映画の上映形態に近いという映画研究の議論があります。草創期の映画興行でも、まさに『KING OF PRISM』とかライブアニメみたいに、映画館でみんなで歌ったりとか、上映中に喋ったりしていたわけですよね。それで言えば、杉本さんがリアルサウンド映画部に書かれた、「列車映画」として『無限列車編』を読み解くという内容のコラムも非常に面白かったですけど、あそこでも書かれていたように、初期映画の頃には『ヘイルズ・ツアーズ』とか列車を模した4Dのアトラクション的な映画館もあったわけで。そういう意味では、よく言われることですけど、『鬼滅の刃』もやっぱり、映画館の先祖帰りというか、最先端の新しいものが、逆にすごく古いものに帰っていっているという現象を反復している感じがします。

杉本:ありますよね。近年『鬼滅の刃』に限らず、映画館のあり方というのは、どんどん昔に戻っていっている部分があるんだろうなと思っていて。シリーズものが受けているというのも、1910年代には連続活劇と呼ばれていたシリーズものがありましたよね。そういうものが、また復興してきている側面もやはりあるんだろうなと。

藤津:半分余談話ですけど、炭次郎のモノローグの多さを、活弁だと思えばいいのかという冗談めいた謎の回答が降りてきました(笑)。登場人物が活弁も兼ねているんだと。

渡邉:まさにそうですね。

藤津:それぐらい、変わってきているし、観ている側も、映画というものを観に行っているわけじゃないんですよね。多くの人はお話や、キャラクターを観に行っているわけで、そこが、あらわになったというか、変化を後押ししているなという感じがします。

藤津:あとは、単純に内容の話を一言だけしておくと、さっき煉獄さんのライブという話がありましたけど、やっぱり『無限列車編』だからこんなにヒットしたというのはおそらくあって。いろんなところで言っているんですけど、『無限列車編』は1番感情を発散させやすいんですよ。前後のエピソードでいうと、蜘蛛の鬼の話も面白いけど、重いんですよね。この後ろの『吉原編』はもう少しキャラにクセがあるし、話も入り組んでくる。一番ポンと観てアクションで熱くなれて悲しいシーンで涙を流せるという、2020年の鬱屈した感じに対して、“エンタメとはこういう感じ”とストレートに時代とハマったなと。何か良いものを観たと思えて帰れるくらいの人生の教訓的なものも入っているという意味では、ちょうどいい映画だった。

杉本:一番映画向きなんじゃないかと、アニプレックスの方も直感で感じていたらしいですね。

藤津:『駅馬車』みたいな構成ですしね。

杉本:そうですね。列車が走っているだけで、テンション上がるじゃないですか。

『週刊少年ジャンプ』の海外展開

――ここ最近、『鬼滅の刃』と並んで、先ほどおっしゃっていただいた『呪術廻戦』や『僕のヒーローアカデミア』など、『週刊少年ジャンプ』のアニメの盛り上がりがさらに高まっている印象があります。

杉本:近年の『少年ジャンプ』は確かに面白いですよね。若い才能が次々と出てきていて、編集部のプロデュース力が相当高いんだと思います。『呪術廻戦』の芥見下々さんと『チェンソーマン』の藤本タツキさんはともに28歳でしょう。断然これからさらに延びる人たちですよね。『呪術廻戦』はアニメーションのクオリティも高いですし、どこかのタイミングでキャズム超えるんじゃないでしょうか。『鬼滅の刃』にも言えることですが、作品の構成要素はこれまでの『ジャンプ』作品に似ている部分は多々ありますが、それはあくまで容れ物で、中身となる作家の感性はとても現代的で新鮮です。こういう容れ物に入れるとヒットさせやすいという『ジャンプ』が培ってきた法則に、若い作家の新しい感性が上手く入っているなと感じます。

藤津:2019年にラジオに出たときに、「今年はすごくジャンプアニメが多いんですよ」という話をしたんです。2019年だと『ジョジョの奇妙な冒険 黄金の風』『食戟のソーマ』もアニメをやっていて、本誌ではないけど、『ジャンプ+』の『彼方のアストラ』もアニメ化されていて、『ジャンプ』に関したタイトルがすごく多かった。それがいっときでは終わらずに、さらに盛り上がっている感じがします。トップの作品は国内市場で強いんですけど、例えば『食戟のソーマ』や『Dr.STONE』は、国内で人気がそんなに強いわけではなく、海外ですごくニーズがあるそうです。なので、『ジャンプ』のタイトルが海外の人たちに届きやすくなっているんですよね。そうなってくると、ジャンプ編集部も、本筋は漫画だけど、アニメも見据えて一体となって盛り上げていこうみたいものがあるんじゃないかなと。昔は、アニメ誌では、ジャンプアニメを取り上げるときは見開きまで、表紙はNGというルールがあったんです。それがここ15年ぐらいの間でしょうか、いろいろ解禁になって、ルールが徐々に緩くなっているんですけど、僕の想像では、その突破口は『銀魂』だと思うんです。『銀魂』はかなりアニメと原作の相性と連動性が良くやっていたことで、手ごたえがあったんじゃないかなと。それが、ここにきて改めてうまく実がなるようになってきたと。

渡邉:先程のジャンプ漫画が海外にも進出しているということでいうと、例えば昨年全国公開されて話題を呼んだ中国アニメの『羅小黒戦記 ぼくが選ぶ未来』などは完全に『ドラゴンボール』みたいな感じでした。ああいう作品を観ると、やはり、ジャンプアニメのような表現や、観客側のリテラシーは、海外に広がっているなと感じます。

藤津:ありますね。クランチロール(Crunchyroll)がテレ東のアニメをわりとすぐアメリカで観られるような体制にしたのが2008年以降なんですが、そういうことによって、日本のアニメが日本だけのものじゃなくなっていくという流れが起きている。一部のマニアに、“ミュージシャンズミュージシャン”的に好まれていたと。もちろん、その社会で多数派を形成するには至らないんですけど。

杉本:でも、好きな人の裾野が確実にどんどん広がってきているという印象が最近ありますよね。『ヒロアカ』の劇場版は、アメリカでも結構ヒットしていましたよね。

1980年代から遡る主人公像の変遷

渡邉:また、『ジャンプ』には限らないのかもしれないですけど、最近の漫画やアニメで描かれる主人公像というかヒーロー像の特徴が時代の流れを受けて変わってきているように思います。まさに『鬼滅の刃』の竈門炭治郎とかが典型的なんですが、80年代、僕たちが子どもの頃に読んでいたような往年のジャンプ漫画のヒーローの典型的なキャラクター像を踏襲していながらも、すごく“いい子”なんですよね。真面目だし、家族が好き。同じようなことが『呪術廻戦』でも言えて、あの漫画の主人公の虎杖悠仁もおじいちゃんの教えを大事な行動原理にしている。彼らの描かれ方は、やっぱり今の「Z世代」と呼ばれる10代から20代前半の学生世代と似ている気がします。少なくとも、僕の思春期の頃の若者像や少年像とは、少し違う感覚があるんですね。つまり、今の主人公像って、ヒーローだし主人公なんだけど、別に1000年に1人の特別な才能を持っているとか、並外れてめちゃくちゃ強いというわけではなく、むしろ未熟な要素を持っている。それは『ヒロアカ』も同じで、むしろヒーローになりたいと思って成長していく未熟な主人公の物語で、無敵の存在というのはむしろ主人公とは別にいるという設定になっている。例えば『鬼滅の刃』だと、煉獄さんは無敵の理想の上司みたいな感じで、炭治郎はとりあえず「煉獄さんについていきます!」みたいな感じ(笑)。そういうリアリティーは、どこか今の若者らしい感じがしますね。

 『ジャンプ』に限らないですけど、これまで描かれてきたヒーロー像を仮に年代順にまとめ直してみると、例えば、昭和の80年代には、『北斗の拳』や『ドラゴンボール』みたいな、とにかく鍛錬して強い敵と戦って勝っていくことでどんどん弁証法的に強くなっていくようなヒーローが描かれていて。その後、平成の90年代になると、これは『ジャンプ』ではないですけど、『エヴァ』のシンジくんみたいな、引きこもり型の戦いたくないトラウマ的なヒーローというか、主人公が出てくる。それが2000年代のネオリベの小泉政権時代になると、『デスノート』の夜神月のように、シンジのようにひきこもっていたら生きていけないから、自分から戦わなきゃいけないという感じになってくる。当時、宇野常寛さんの言っていた「決断主義」的な主人公像ですね。さらにそれが2010年代になってくると、なろう系、異世界転生ものや「俺TUEEEEE」系の主人公みたいな、転生した先の世界でチートでうまくやっていくとか鍛錬しなくても最初から最強みたいなキャラが出てくる。これなんかはまさに、ゼロ年代以降の自己責任や能力主義が過剰に求められる世の中のプレッシャーからとにかく降りたいという若者の欲望がすごく反映されていたように思います。というふうに、ここ30年くらいのヒーロー像の変遷をまとめてみた時に、令和時代の炭治郎的なキャラクターというのは、やっぱりそういうのともちょっと違っていますよね。

杉本:本当に、ヒーローがすごく真人間になっているというのが最近の傾向なんですよね。『ドラゴンボール』の孫悟空みたいな破天荒なキャラはあまり出てこない。

渡邉:やっぱりそれも、近年のコンプライアンスやハラスメントへの配慮、傷つけない笑い、あるいは「chill」とかの時代の風潮に関係していますよね。ある枠からはみ出して活躍したいというよりは、理想の上司みたいな存在がいて、穏当にその人についていきたいみたいな感覚をすごく感じます。

杉本:ひとつに、日本社会がもはや上昇志向ではないのだと。上昇していくことに対して、全然リアリティーを感じないところがあるのかもしれません。そういう意味では、主人公が最強になること自体、あまりリアリティーを感じていないのかなと。

渡邉:そうだと思います。

藤津:だから、今の若い子は基本的に、なるべくノーミスでノーダメージで過ごしたいみたいな感覚があるんだろうなと思います。道を踏み外しても、社会がどこかで吸収してくれるみたいなことがあまりなく、先行きが見えない不安感があるのかなと。そこが、主人公像に反映されている気は少ししています。

渡邉:夜神月や『銀魂』の銀さんのような、往年の『ジャンプ』ファンからすると、少しひねったゼロ年代『ジャンプ』の主人公像ではなく、炭治郎のように基本的に明朗快活でハキハキしているキャラクターが、親世代の『ジャンプ』ファンにもフィットしている。先程の藤津さんのお話に戻りますが、そういった点が『鬼滅の刃』や最近の『ジャンプ』アニメが世代を問わずここまでヒットしているひとつの要因として挙げられるのではないでしょうか。

■公開情報
『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』
全国公開中
声の出演:花江夏樹、鬼頭明里、下野紘、松岡禎丞、日野聡、平川大輔、石田彰
原作:吾峠呼世晴(集英社『週刊少年ジャンプ』連載)
監督:外崎春雄
キャラクターデザイン・総作画監督:松島晃
脚本制作:ufotable
サブキャラクターデザイン:佐藤美幸、梶山庸子、菊池美花
プロップデザイン:小山将治
コンセプトアート:衛藤功二、矢中勝、樺澤侑里
撮影監督:寺尾優一
3D監督:西脇一樹
色彩設計:大前祐子
編集:神野学
音楽:梶浦由記、椎名豪
主題歌:LiSA「炎」(SACRA MUSIC)
アニメーション制作:ufotable
配給:東宝・アニプレックス
(c)吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable
公式サイト:https://kimetsu.com
公式Twitter:@kimetsu_off

新着エッセイ

新着クリエイター人生

水先案内

アプリで読む