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田中泰の「クラシック新発見」

美術と音楽のコラヴォが生み出した〜怖いクラシック〜

隔週連載

第5回

「怖いクラシック」

「怖いクラシック」と聞いてまず頭を過るのは、悪魔や幽霊を題材とした作品の数々だ。

ベルリオーズの劇的物語『ファウストの劫罰(地獄への騎行)』、シューベルトの歌曲『魔王』に、ワーグナーのオペラ『さまよえるオランダ人(幽霊船の合唱)』、サン=サーンスの交響詩『死の舞踏』などから、ストラヴィンスキーのオペラ『エディプス王(疫病が私達に躍りかかる)』という現代社会を予見したようなものまで、クラシック音楽作品の中にはオドロオドロしくも印象的な作品がたくさんある。ところが今回制作されたアルバム「怖いクラシック」はいささか趣が違う。その理由は、同アルバムの監修を手掛けたのが、社会現象にもなった“怖い絵”展の仕掛け人中野京子(ドイツ文学者・西洋文化史家・翻訳家)だからだ。

中野の著書“怖い絵”シリーズを背景に、2017年に開催された“怖い絵”展は、全国で68万人を動員する人気を呼び、社会現象となったことが思い出される。

「通常の展覧会のように自分の感性だけを頼りにするのではなく、絵の意味を知ったほうが面白いだろうと考えたのです。そこで感情や感覚に訴える“怖い”という言葉を選択しました。この言葉を知らない人はいません。さらには、一見怖くはないけれど、背景にあるものが怖いというものや、それを描いた画家が描かずにいられなかった時代の怖さなどを集めたら面白いと思ったのです」と語る。その思想が反映されたアルバム「怖いクラシック」が単なる怖い曲の羅列などであるはずがない。アルバム全体が中野京子の“怖い絵”ワールドそのものなのだ。

「今回は“怖い絵”に音楽をマッチングさせたのです。『亡き王女のためのパヴァーヌ』のように、ベラスケス工房『マルガリータ王女』の絵を見て作曲されたような音楽は別にして、絵と音楽を結びつける必要がありました。例えばジャケット写真になっているドラクロワ『怒れるメディア』は『王女メディア』という音楽作品にもなっていますが、あまり知られていない曲ですので、“異国の花嫁”という意味から『蝶々夫人』を選びました。この絵だから当然この音楽というのもあり、こんな絵を使うんだという驚きも感じてほしかったのです。『ジャンニ・スキッキ』は綺麗な音楽ですが、父親が死んだら地獄に落ちてあの絵になる。そういった驚きですね。選んだけれども音楽に結び付けられずに断念した絵もたくさんあります」

『大人のための「怖いクラシック」(オペラ編)』

選曲にあたっては、“子供の頃から好きだった”というオペラの名曲が中心に置かれ、アルバムのために書き下ろされたライナーノートが実に興味深い。さらには、アルバムの副読本としても楽しめそうな『大人のための「怖いクラシック」(オペラ編)』も出版されるなど、“怖い”シリーズはさら増殖を続ける勢いだ。

「一番好きなオペラは、チャイコフスキーの『エフゲニー・オネーギン』です。でもこの音楽に見合う絵を見つけるのは難しいですね」と語る笑顔が清々しい。

●「怖いクラシック」特設サイト:https://www.universal-music.co.jp/p/uccs-1294/

プロフィール

中野京子

北海道生まれ。作家、ドイツ文学者。西洋の歴史や芸術に関する雑誌連載、書籍などの執筆のほか、講演、テレビ出演など幅広く活躍。著書に『怖い絵』シリーズ(角川文庫)、『名画の謎』シリーズ(文藝春秋)、『名画で読み解く王家12の物語』シリーズ(光文社新書)、『美貌のひと」(PHP新書)、『「怖い絵」で人間を読む』(NHK出版生活人新書)、『欲望の名画』(文春新書)など多数。2017年「怖い絵展」監修。

田中泰

1957年生まれ。1988年ぴあ入社以来、一貫してクラシックジャンルを担当し、2008年スプートニクを設立して独立。J-WAVE『モーニングクラシック』『JAL機内クラシックチャンネル』などの構成を通じてクラシックの普及に努める毎日を送っている。一般財団法人日本クラシックソムリエ協会代表理事、スプートニク代表取締役プロデューサー。

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