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『MIU404』の“誠実さ”、異例の朝ドラ『エール』 2020年を振り返るドラマ評論家座談会【前編】

リアルサウンド

20/12/31(木) 13:00

 新型コロナウイルスの感染拡大により、未曾有の事態に陥った2020年。ドラマ界にもその影響は大きく、朝ドラ、大河ドラマ、4月クールドラマのほとんどは撮影が中断、放送が延期となった。それでもリモートドラマや新たな撮影方式など、作り手たちの工夫と熱意により、10月クールドラマは無事に最終回を迎えることができた。

 異例の1年を終えた日本のドラマ界を振り返るため、7月に行った座談会(『野ブタ』の先駆性、“ベスト再放送”の『アシガール』……コロナ禍を振り返るドラマ評論家座談会【前編】宮藤官九郎、坂元裕二、野木亜紀子は今後コロナ禍をどう描く? ドラマ評論家座談会【後編】)に続き、ドラマ評論家の成馬零一氏、ライターの木俣冬氏、田幸和歌子氏を迎えて、座談会を開催。前編では、それぞれのベストドラマ、SNSがドラマに与える功罪、そして朝ドラ『エール』について語り合ってもらった。

コロナ禍とどう向き合うか

ーーまず、みなさんの2020年のドラマベストから教えてください。

成馬零一(以下、成馬):1位が『映像研には手を出すな!』(MBS/TBS)、2位が『今際の国のアリス』(Netflix)、3位がリモートドラマ『Living』(NHK総合)。4位が『MIU404』(TBS系)で、5位が『コタキ兄弟と四苦八苦』(テレビ東京ほか)です。最初は『野ブタ。をプロデュース』(日本テレビ系)を5位に選んだのですが、再放送は対象外だったので「『MIU404』とセットで」という意味で『コタキ兄弟』を入れました。リモートドラマや、コロナ禍を題材にしたものを1位にしようかとも考えたのですが、正直に告白すると、どの作品もドラマとして、あまり上手くいっていたとは思えなくて。コロナ禍を記録したドキュメントとしては面白かったですし、作ったことの意義は理解できるのですが、純粋にドラマとして観たときに、映像や演出の面で評価できるものがなかった。何より、僕自身がコロナ禍の現実と距離をとりたくてSFやファンタジーにハマっていたので、その気持ちを優先し、CGを使った新しい表現を生み出した『映像研には手を出すな!』と『今際の国のアリス』を上位にしました。

田幸和歌子(以下、田幸):私も成馬さんと同じ意見で、志や今年記録しておく意義は評価しても、リモートドラマ、コロナ禍を描いたドラマにはどうしても入り込めないところがありました。今後、テーマとしても制作体制としても、コロナ禍と向き合いながらの作品作りになると思いますが、今はもう作れないであろう作品として、1位は『ホームルーム』(MBS/TBS)を選びました。とんでもなくくだらない内容なのに、カメラワークも音楽も、俳優たちのお芝居も、作り手たちの技術が存分に発揮されている一作です。ここまで振り切れた学園サイコ・ラブコメはコロナ禍以降はしばらく作れないのではないかと感じています。コロナ禍前にあった熱狂の象徴的作品ですね。2位は『姉ちゃんの恋人』(カンテレ・フジテレビ系)。「舞台が現在なのにマスクもしてないで集まっているのはリアリティがない」という意見もあったようですが、コロナ禍が収束した少し先の世界を描いたある種のファンタジーですよね。でも、根底にあるものは“絶望”であり、主人公・桃子(有村架純)と恋人の真人(林遣都)には次々と不幸が訪れます。なんでドラマで絶望をわざわざ描くのかとも思うのですが、実はこれって、これからの社会のあり方のような気もしているんです。こんな悲惨な状況になっても、それでも悪いことをする人っているよね、暴力って絶対あるよねという、もっと先の未来を見せつけられてる残酷さも感じました。こんなすさんだ時代の中で、もっともっと悪いことが起こるけれども、じゃあどうしたらいいかって結局、自分と自分の大事な人、本当に小さなコミュニティで手を取りあって自分で守るしかないんだと。自助の恐ろしさ、その不安みたいなものと、その中で小さな希望を見出していく大切さを強烈に見せつけられた気がしています。温かい物語を描いてそうで、ものすごく残酷な未来を描いている作品として、『姉ちゃんの恋人』は突き刺さりました。ほかには、『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』(テレビ東京ほか)、『猫』(テレビ東京系)、『MIU404』、『捨ててよ、安達さん。』(テレビ東京系)などをベストテンに入れています。

木俣冬(以下、木俣):「飛び抜けてこれがすごかった!」と言える作品はないのですが、脚本が作り込まれていたという点で『MIU404』(TBS系)を挙げたいです。あとは単発ドラマになってしまいますが、12月に放送された『ノースライト』(NHK総合)。簡単に言えば、バブル崩壊前に青春を謳歌していた大人たちが、失った何かを取り戻そうというお話なんです。時代背景はやや古くも感じつつも、「喪失感」と「再生」いう点では現在の状況といろいろと重なるところがあり、西島秀俊さんと北村一輝さんのお芝居も非常にきめ細かかった。コロナ禍によって、密集したシーンが撮れないからホームドラマがメインになったり、込み入ったセットを立てて大掛かりな撮影ができなかったり、“贅沢”ができない状況だと思うのですが、このドラマは細部までこだわり抜かれた濃厚さがありました。あとはこれもNHKになってしまうのですが、三浦春馬さん、有村架純さん、柳楽優弥さんによる『太陽の子』。戦時中を舞台にした作品ながら、戦争の善悪を全面に押し出すのではなく、あくまでこの時代を生きた人の生活を丁寧に描き、それが失われることはどういうことか問いかけているようなところに好感が持てました。そして、これもNHKですが『光秀のスマホ』。コラム(参考:2020年の傑作『光秀のスマホ』を見逃すな! 歴史×バラエティ×ドラマが掛け合わされた新感覚の作品)にも書いたように、目から鱗な提案をしてもらった思いで、表現の新しさにやられました。NHK作品ばかり挙げてしまったんですけど、非常事態になった今年、NHKのこれまで培ってきたスタッフワークの底力のようなものが発揮されていたように思います。

田幸:私も『光秀のスマホ』は楽しみました。「こういう手があったんだ」と明るい気持ちになれる作品でしたね。コロナ禍以降、どうしても“いまをどう描くか”ばっかりになっていて、重たい空気になっていたので、新しい突破口を開いたなという気はします。

成馬:「コロナ禍とは距離を置きたい」と作り手も感じ始めていますよね。『#リモラブ ~普通の恋は邪道~』(日本テレビ系)は人々がマスクをちゃんと付けている世界をちゃんと描いていたので、第1話を観たときはすごいと驚きました。ですが、終盤に向かうにしたがって、本編と10~12月現在の私たちが感じている「コロナ禍」の認識との間にズレが生じているようにも感じました。感染拡大が広がっている中で「あの頃は大変だったね」という過去として「コロナ禍」を描いているように見えて、少し呑気に感じました。コロナ禍って1カ月単位で状況が変わっているので、劇中に反映させようとすると難しいですし「希望を描きたかった」という意図はわかるのですが。10月クールドラマは、どこまでコロナ禍の現実を描くのか(あるいは距離をとるのか)、そのバランスに苦心しているように見えました。

“正しさ”を渇望している視聴者にハマった『MIU404』

ーーみなさんから共通して挙がった作品は『MIU404』。劇中と私たちの世界がシンクロするなど(#MIU404がTwitterトレンドで1位)、SNS時代に見事にハマった作品でもあったと思います。

木俣:脚本を手がけた野木亜紀子さんは聖徳太子といいますか、本当に世の中の多くの声に耳を傾けていらっしゃるんだなと感じました。あおり運転にはじまり、青春を奪われてしまった高校生、女性の生き方、SNS社会の問題点など、いまを生きる人々の気持ちを捉えて物語に入れ込むことに本当に長けている方だと思います。加えて、綾野剛さん、星野源さん、麻生久美子さんほか、役者陣もみんなハマっていました。役者陣も野木さんの書いたセリフをただ発するのではなく、しっかり自分の中に入れて咀嚼した上で発してる印象でした。少し前であれば刑事ドラマの登場人物たちは、正義を前面に出し、熱かったと思うんですが、『MIU404』の登場人物は、相手を受け入れて思いやって何をするべきか考える、熱いよりもあったかい感じが、いま、好まれているような気がします。

成馬:僕は『MIU404』と『コタキ兄弟』は、セットで考えています。野木さんの作品は、『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS系)、『アンナチュラル』(TBS系)、『MIU404』のTBSドラマの路線と、『獣になれない私たち』(日本テレビ系)、『コタキ兄弟』の路線に分かれていると思うんですよ。前者の『MIU404』の路線の方が多くの視聴者に受け入れられていると思うのですが、評価されたポイントは“正しさ”だと思うんです。『鬼滅の刃』の大ヒットもそうですが、『MIU404』は“正しさの指標”になっていて「何が正しくて、何が間違っているか」という倫理観を作り手がしっかりと打ち出した上で、エンタメ作品に仕上げていることが一番の価値となっている。作家として今の時代と真正面から向き合い、人々が求めるものを打ち出す“誠実さ”には頭が下がるのですが、視聴者としては、どこか居心地が悪い。批評的に読み込んで、すごい部分を指摘することはいくらでも可能ですが、自分の居場所はここにはないなと思い、若干引いた目で観ていました。対して、『コタキ兄弟』の世界は、自分にも居場所があると感じられた。

ーー成馬さんと同じように、野木さんの作品が好きでも『MIU404』を自分の物語として感じられないという意見はちらほら見かけました。まさにその“誠実さ”が窮屈に見えるというか。

成馬:野木さんは“正しい人間”だけを描きたいわけではないと思うんですよね。『コタキ兄弟』の第2話に登場するレンタルオヤジが「正論だけで生きていける幸せな世の中なら、私たちなんて必要ありません」と言うんです。その言葉の通り、多くの人は“正しさ”だけで生きていけないし、間違ってしまうことも多いし、単にだらしないという人も多い。野木さんはそういった“正しさ”から溢れ落ちて、燻っている人を描くのもうまいんですよ。『コタキ兄弟』と『MIU404』の両輪があるあるから作家として面白いのであって、『MIU0404』だけが絶賛されている状況は、どうにも居心地が悪いですよね。とは言え『MIU404』も、菅田将暉さんが演じた久住との対決を描いた終盤は作り手のジレンマが感じられて面白かったです。久住は人々の欲望を操作することに長けているのですが、終盤のSNSの見せ方は、野木さんたちドラマスタッフが、ネットの声を拾うことの危うさに自覚的だからこそ出てきたもので、露悪的な自己言及として描くと久住の描写になる。『アンナチュラル』の終盤も同じような展開でしたが、犯罪者をきっぱりと否定した『アンナチュラル』に比べると、久住の描き方は、良い意味で不安定で曖昧なところがあり、その結果、とても魅力的なキャラクターになっていた。野木さんは『アンナチュラル』の批評として『MIU404』を書いたとおっしゃっていましたが、久住の描き方に、それが強く現れている。

田幸:今年は野木さんを筆頭にエンタメ界に携わる方々の覚悟を感じた年でもありました。コロナ禍があり社会も不安になっていく中で、市井に生きる人々の声を絶対に届けるんだという想いが『MIU404』にはあったように思います。政治の腐敗を描いていた『半沢直樹』(TBS系)、現代人の問題を描いていた『35歳の少女』(日本テレビ系)、ひたすら“頑張る”ことを描いた『鬼滅の刃』など、敏感に世の中の危機を感じ取ってエンタメに昇華された作品が非常に多かった印象です。それらの作品の中でも、映画『罪の声』とあわせて、野木さんの作品が一番社会の声とリンクしているのかなと。その分、いろんなものを背負っていて、成馬さんがおっしゃったように、求められるものと描きたいものの狭間にいるようにも感じました。

ーー熱狂を生んだ作品としては、1月期の上白石萌音×佐藤健『恋はつづくよどこまでも』(『恋つづ』)、10月期の森七菜×中村倫也『この恋あたためますか』(『恋あた』)のTBSドラマ2作品が話題となりました。

田幸:コロナ禍だからこそ、恋愛ものが復活した良さはあるなと思います。ただ、昔やっていたことをそのままやるんだと、どうしてもダメで、そのあたり、TBSの火曜10時枠ドラマはすごく上手に作っているなと思います。昔の「月9」に変わる存在になりましたよね。やっぱり恋愛ものはいつでも需要はあったんだなっていうことを改めて感じました。

木俣:月9黄金時代のようなラブストーリーとは少し違って、登場人物がどこか慎ましいですよね。物語に大きな波がなく、穏やか。また、『恋つづ』『恋あた』の2作品に関しては、素敵な恋愛物語も描きつつ、どちらかというと、「こんな佐藤健を観たい!」「こんな中村倫也が観たい!」という視聴者の希望を叶えるシチュエーションドラマだったように感じました。もちろん、2作品の彼らはその希望に沿って素敵だったのですが、女の子が憧れる対象というキャラクターではない、彼らの高い演技力をフルに使って、もっと男性主体の、問題意識のあるようなドラマを演じてほしいと個人的には思ってしまいました(笑)。ラブストーリーが増えると、男性が相手役になってしまうのでもったいない感じがします。そこには今のWebの影響力が関係しているんでしょうね。ドラマもSNSでバズることを第一目的に考えて作っている感じがする作品もあります。そこで「キュン」となるシーンを作っていくことに懸命になる。でも、Twitterのトレンド1位になってもそれが作品の良さとイコールでは当然ないですし、バズることを目的にしていると作家もキャストもみんな苦しいような気がしてしまうんです。最近とくに、その傾向は強くなっているように思いますが、これからどうなるか……。

田幸:少し前までは作品の評価を図るものが視聴率だったのに、今はツイート数などに置きかわっていますよね。

木俣:視聴率では測れない、良質な作品がツイート数で分かるというのもあるにはあると思うんです。でも、トレンド1位になることを目的にして、ネットの視聴者が喜ぶことを第一優先にしてしまったら作品は破綻してしまう。ごくごく当たり前のことだと思いますが、ネットの声にも応えつつ、取り入れないなら取り入れないと割り切って、作品としての完成度を高めることが何より大事だと思います。

戦争を加害者の視点で描いた『エール』

ーーSNSの声という部分で言えば、毎日放送がある朝ドラが最も視聴者の声が多い作品とも言えます。初の中断期間を経ての作品となった『エール』はいかがでしたか?

成馬:緊急事態宣言明けに撮影したという第18週の戦場描写を中心に、戦時下に入っていく過程はよかったですね。裕一(窪田正孝)たちを取り巻く環境が少しずつ戦争に染まっていって、映画さながらの戦場シーンがあって、「長崎の鐘」を書き上げるあたりまでは、ドラマとしての強度を感じました。ただ、戦後の復興期に入ってからはトーンダウンしてしまったという印象です。2011年の東日本大震災以降の傾向だと思うのですが、朝ドラの戦争描写、具体的には『おひさま』あたりから「戦時下のリアリティ」が増しているように感じます。どこか既視感のある場面が増えたというか、いまの自分たちにも同じことが起きているのではないか? と感じることが増えている。逆に戦後編になると途端に説得力がなくなるので、戦時中に最終回を迎える朝ドラがあってもいいと思うんですよね。

田幸:前代未聞の中断があったこともあり、パッケージ化される時の作品の完成度だけ見ると決して高い作品ではなかったと思います。お笑いのテンションのパートとシリアスなパートがまったく別の作品みたいで、つぎはぎな印象もありました。ただ、そんなマイナス部分を補うほどの、製作者たちの熱意は感じましたし、コロナ禍の雰囲気も反映されたリアルタイムで作っているライブ感がすごかった。再放送になってしまった際は急遽出演者による副音声を入れたり、最終回がコンサートになったり、サービス精神に満ちた温かい作品だったと思います。また、主人公・裕一を戦争の加害者として描いた意義も大きいと思います。NHKで放送され、映画としても公開された『スパイの妻』の中で、「私は実のところ、全くもって狂ってないんです。でも、狂っていないということが、狂ってるということなんでしょうね、この国では」という恐ろしいセリフがあるんです。1972年に相模原で起こった出来事を描いたドキュメンタリー映画『戦車闘争』でも、自分たちの修理した戦車がベトナム戦争に送られることに対し、「アメリカの戦争に日本人が加担する」と気づき、抗議する人々の姿が描かれています。自分たちとは全く関係ないと思っていたベトナム戦争が、日本とアメリカの関係のもとに、自身の意思とは関係なく巻き込まれ、間接的に戦争に加担するかたちになった。このように、映画では日本の戦争責任を捉え直す作品は作られていましたが、ドラマで、しかも視聴率が20%を超える朝ドラで描かれたのには驚きました。政治不信が続くいまだからこそ、戦争加害について正面から描いたことはものすごいチャレンジだったんじゃないかなと思います。

成馬:去年の大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』(NHK)でも、当時あった差別や政治的状況を描くことで、オリンピックを控えた現在とつなげようとしていましたが、歴史劇に内包して現在を描くのではなく、もっと正面から現在の政治状況を描いてもいいと思うんですよね。歴史劇だからこそ描けるのは理解できるのですが、歴史劇として描いている限り、気づかない人は永遠に気づかないという限界も感じるんです。すでに現実の方が、ディストピア化しているのだから、いっそのこと大河ドラマや朝ドラで、ディストピアSFを放送してもいいと思うんですよね。海外ドラマでは、ヒーローモノの枠組みを使って、トランプ政権を皮肉った『ザ・ボーイズ』やBLM運動を予見したような『ウォッチメン』が作られていますし、『ハンドメイズ・テイル/侍女の物語』のような女性差別を題材にしたディストピアSFもある。日本でも、歴史劇という建前を経由せずに、そんな作品を作って欲しいです。

田幸:NHKは「よるドラ」枠でそれに近いものをやっていますよね。コロナ禍を題材としたSFもこの枠で生まれそうな気がします。

成馬:コメディっぽくなっちゃうのはちょっと難点ですけどね。極端な話、NHKから歴史劇の枷が外れたら最強だと思うんですよね。それこそ、大河ドラマで『機動戦士ガンダム』をやるような、SFロボットアニメみたいなものを予算をかけて作り上げたら絶対すごいものになるぞと。日本版『ゲーム・オブ・スローンズ』をNHKで作ってほしいんですが……。

田幸:朝ドラ、大河がSFというのは観てみたいですね。私たちが生きている間は難しそうですが(笑)。

ーー話をまた『エール』に戻しますが、木俣さんはいかがでしたか?

木俣:『エール』は戦争を逃げずに正面から描いた。しかも、主人公を戦争加害者として描いたところは田幸さんがおっしゃるようにすごくチャレンジングだなと思いました。ただ、『エール』の主人公・裕一には明確なモデルとして古関裕而さんという実在の人物がいます。裕一が感じた戦争責任も、古関さんが感じていたものとはイコールでは当然ないわけです。あくまで作り手が想像したものですよね。楽曲は“本物”を使っているからこそ、その楽曲が生み出された背景をオリジナルとして作ることはある種おそれおおいことのような気がして……。それを作り手はどこまで考え抜いて、最終的に選択したか。実際の曲を使ってその背景をオリジナルの物語にするという構造だけみれば、モーツァルトとサリエリの物語を描いた映画『アマデウス』と同じで、それは名作として高い評価を得ています。ただ、『アマデウス』の舞台は1800年代、それに対して太平洋戦争はまだまだ遠い記憶ではない。同じ記憶を共有している人がまだまだ存在する中、ここまで史実をフィクションとして描いていいのかと。戦争責任という重要な問題に挑むならば、たとえば、「長崎の鐘」も「栄冠は君に輝く」も一切使わず、『なつぞら』がそうだったようにすべてオリジナル楽曲で描いてもよかったのではないかと思うのですが、もともと古関の楽曲ありきで、そこはどうにも動かせないために苦労があったように感じました。

成馬:史実に対する距離感をどうするかというのは大きな問題ですよね。『いだてん』はチーフ演出の井上剛さんの作風もあってか、ドキュメンタリー的なアプローチからはじまっており、登場人物も基本的に全員・実名で登場し、史実は動かさず、歴史の隙間をオリジナル要素で埋めていくというアプローチだった。当然、取材の量も尋常ではない。

木俣:『エール』も丹念に調べていたことは分かるんです。そこはNHKですから膨大な資料もあるでしょうし、調査力にも定評がある。朝ドラと大河ドラマという枠の違いが2作を似ているようで違うものにしたように感じます。もちろん、コロナ禍も含めて異例の1年だったので、しょうがない部分も多かったとは思います。

“実話もの”増加の是非

成馬:『エール』に限らず、実話を基にした映画やドラマはものすごく増えているわけですよね。ほとんど、ノンフィクションと変わらなくなってきている。虚実の距離が近くなりすぎていることの弊害なのかなぁと思います。

木俣:歴史に関してどこまで手を入れるか。例えば、『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』(フジテレビ系)のときプロデューサーに坂元裕二さんのスタンスを聞きました。「ドラマで、実際あった出来事を書く時……例えば今回で言えば、震災ですが、それによって亡くなる架空の人物を作ったら絶対にいけないと坂元さんは言ったんですよね」と。それは『いつ恋』に限った話かもしれないですし、それが正しくて、そうじゃないものは良くないということでもなくて、作り手には事実とフィクションに対する確たる“ものさし”が必要だなと思います。

田幸:実在のモデルがいる作品だらけに朝ドラがなっているのもなかなか難しいですよね。

木俣:そして実在の人物ものが朝ドラで支持される事実もあって、オリジナルはどうしても支持を得られにくくなっている。

成馬:映画とかドラマってこんなに、実話を基にした話が増えたのはいつ頃からなんですかね? もちろん、映画『市民ケーン』の昔から実話を元にした作品はたくさんありましたが、この10年で何かが大きく変わった気がするんですよね。

木俣:かつてよりオリジナルドラマが作りづらいというのがひとつの理由だとは思います。でも、考えてみたら江戸時代からある歌舞伎も実際にあった事件や歴史をフィクションに書き変えているものが多いです。その意味では実話だからこその生々しさを求めるというのは脈々とあるんですよね。

田幸:朝ドラも、今は何かを成し遂げた人や、実在のモデルがいて、自身が何かをやった人を中心に描くじゃないですか。でも、もともと朝ドラは、成し遂げた人を描くのではなく、ごくごくどこにでもいる普通の人を描くからこそ、視聴者も自分ごととして共感して観ることができる部分があったんです。偉人を題材とする場合も、長谷川町子のお姉さんを主人公とした『マー姉ちゃん』や、黒柳徹子のお母さんを主人公とした『チョッちゃん』、近年では水木しげるの妻を主人公とした『ゲゲゲの女房』など、偉人の身内を主役に据えていて、それが面白かった。『エール』も少し前であれば、音(二階堂ふみ)を主役に据えていたと思うんです。でも、近年は明確に何かを成し遂げた人を主役にする形になっていますよね。

成馬:それは表裏一体ですよね。『あさが来た』のように、過去に実在した女性実業家の成功物語を描くことが、女性の社会進出を後押しするようなメッセージになるという意見もある。このメッセージ自体は決して間違っていないと思うのですが、そこからこぼれ落ちてしまうことも少なくない。このあたりは『MIU404』と『コタキ兄弟』の対比にも通じますね。

田幸:特別な人物の外側にこそ、私たちの物語があると思いますし、またそんな朝ドラも観たいですね。

成馬:実話モノだったら、『女帝 小池百合子』を朝ドラにしてほしいんですよ(笑)。

田幸:それは観たいです(笑)。

木俣:小池百合子さんという方の自己実現していく様がものすごくドラマチックに描かれていますよね。それは朝の爽やかな感じではなくて、ドロドロ感も含めて土曜ドラマがいいかもしれません(笑)。

■放送情報
連続テレビ小説『エール』総集編
NHK総合
12月31日(木)前編 14:00〜15:23
12月31日(木)後編 15:28〜16:56

出演:窪田正孝、二階堂ふみほか
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/yell/

■リリース情報
『MIU404』
Blu-ray&DVD発売中
【Blu-ray】
価格:28,800円(税別)
仕様:2020年/日本/カラー/本編(540分)+特典映像(180分)/16:9 1080i High Definition/Vol.1~3:2層、Vol.4:1層/音声:リニアPCM2chステレオ/字幕:日本語(本編のみ)/全11話/4枚組(本編ディスク3枚+特典ディスク1枚)
【DVD】
価格:22,800円(税別)
仕様:2020年/日本/カラー/本編(540分)+特典映像(180分)/16:9LB/片面1層/音声:ドルビーデジタル2ch/字幕:日本語(本編のみ)/全11話/6枚組(本編ディスク5枚+特典ディスク1枚)
<特典映像>
・ポリまる presents 未公開&NG集 一挙公開スペシャル!
・見どころ初動捜査スペシャル!特別版
・オールアップ集
・SNSジャック! ライブ配信会見+アフタートーク 
・ロングインタビュー集(綾野剛 星野源 岡田健史 橋本じゅん 麻生久美子)
・「MIU404」ベストシーン×「感電」
・Happy Birthday Movie(岡田健史 伊吹藍 志摩一未)
・伊吹&志摩のシートベルトMovie
・MIUチャンネル
・SPOT集
<特典音声>
最終話オーディオコメンタリー(綾野剛×星野源×脚本・野木亜紀子×演出・塚原あゆ子)
<初回生産限定>
劇用車「まるごとメロンパン号」クラフト(PP素材)
※数に限りがございますので、無くなり次第終了となります。
<封入特典>
ブックレット(脚本家・野木亜紀子による各話ライナーノート“nogi note”を掲載!)
出演:綾野剛、星野源、岡田健史、橋本じゅん、黒川智花、渡邊圭祐、金井勇太、番家天嵩、菅田将暉、生瀬勝久、麻生久美子
脚本:野木亜紀子
主題歌:米津玄師「感電」(ソニー・ミュージックレーベルズ)
音楽:得田真裕
発売元:TBS
発売協力:TBSグロウディア
販売元:TCエンタテインメント
(c)TBSスパークル / TBS

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