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悪役令嬢もの人気作「はめふら」の魅力は主人公の“人タラシ”にあり? 『乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…』評

リアルサウンド

20/4/17(金) 10:00

 女性向けのネット小説を中心に“悪役令嬢もの”と呼ばれるジャンルがある。悪役令嬢とは、物語の中で悪役的な立場に置かれる(もしくは将来、そうなる可能性のある)人物のことを指す。貴族の令嬢という設定が多いため、このような名称になったのだろう。ただし悪役令嬢ものの内容は、バラエティに富んでいる。詳しい説明は省くが、その中で多いのが、現代の日本人女性が乙女ゲームや少女漫画の世界に転生し、自分が物語の中の悪役令嬢だと気づいて、なんとかしようとするものだ。ヒロインをいじめた悪役令嬢が、最終的に悪事が露見し、追放や処刑されるというバッドエンドが、ストーリーのお約束。そうならないために、あれこれ行動するのである。

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 山口悟の『乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…』は、こうした悪役令嬢ものの人気作だ。なお、実際の乙女ゲームに、悪役令嬢が出てくる作品は無いらしい。ネット小説の世界で、独自に発展したスタイルといっていいだろう。

 クラエス公爵のひとり娘として、我儘いっぱいに育った、カタリナ・クラエスは、自国の第三王子ジオルド・スティアートにべったりつきまとった挙句に転び、頭を打ったことで前世がオタク女子高生だったことに気づく。さらにここが、剣と魔法の世界を舞台にした乙女ゲーム『FORTUNE・LOVER』であり、自分が悪役令嬢役であることも思い出した。ゲームの通りにストーリーが進むと、バッドエンドオンリー。それを回避しようと、ひとり脳内会議をして、剣と魔法の修行を始めたカタリナ。だが、剣の才能は皆無。魔法の才能もしょぼい。それでも土魔法を磨くために、なぜか畑仕事に精を出すようになる。彼女なりの理屈があるのだが、あまりにもズレすぎていて、家族や使用人は困惑するばかりだ。

 その一方で、カタリナの周囲には、オトメゲームの登場人物が次々と現れる。ヒロインの攻略対象となる男性たちや、ストーリーに絡んでくる女性たちだ。カタリナが転んだとき、額に傷を作ったことから、彼女の婚約者になったジオルドを始め、美男美女ばかり。しかし彼らは、自らのコンプレックスや世間の目に縛られていた。それを裏表のない、カタリナの真っすぐな言動が解きほぐす。

 無意識の“人タラシ”である彼女の周囲は、いつしか多くの男女が集まり、いつも賑やかだ。それは学園に通うようになっても変わらない。ヒロインまで“タラして”しまったカタリナだが、ある人物の起こした事件に巻き込まれていく。

 本作は、ネットの小説投稿サイト「小説家になろう」にアップされた作品である。学園の事件が解決して物語は完結した。商業出版された文庫の第2巻までが、これに当たる。だが作品が評判になったことで、続きの刊行が決定。この原稿を書いている時点では8巻までが出版されている。これほどの人気を獲得した一番の理由は、やはりカタリナのキャラクターだろう。

 前世で野生児だった主人公は、カタリナになっても、その性格のまま突っ走る。はっきりいって“おバカ”な彼女は、ひとり脳内会議をしても、とんちんかんな結論しか出てこない。鈍感系かつ勘違い系のカタリナは、貴族令嬢らしくない言動ばかりするのだ。でも、それが周囲の人々に、よき影響を与える。そして彼女は、男性のみならず女性も惚れさせてしまうのだ。

 ジオルドを始めとする美男美女は、みんなカタリナに恋愛感情を向ける。ところがカタリナが向けるのは、親愛の感情だ(なにしろ、鈍感系かつ勘違い系だから)。本作の美点は、ここにある。過度に恋愛方向に傾くことなく、カタリナを中心にして、みんなでワイワイしながら、さまざまな騒動に立ち向かう、明るく楽しい世界になっているのである。

 それにしても、どんな問題や困難も全力で突破するカタリナは、やはり魅力的な主人公だ。物語は現在、学園から魔法省に移り、キャラクターも増えて、ますます賑やかになっている。この愉快なコミュニティを、いつまでも見ていたいものだ。

 ところで本作は、コミカライズもされている。絵を担当しているのは、小説のイラストを担当しているひだかなみだ。作品のビジュアル・イメージを決定するのはイラストレーターだが、必ずしもコミカライズに最適な人材というわけではない。なぜならイラストと漫画は、まったくの別物だからだ。だが本作に関しては大成功であった。ひだかなみのコミカライズは、作品をよく咀嚼しており、理想的なコミカライズになっている。このようなイラストレーター兼漫画家を得たのは、作品にとって幸運であった。

 さらに放送の開始されたアニメも、第一話を見た限りでは出来がいい。強い運を引き寄せるのも、作品の実力か。マルチメディア展開で広がっていく物語世界を、これからも堪能したいものである。

(文=細谷正充)

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