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『浦安鉄筋家族』の美しいバカバカしさ 全キャスト真剣勝負の異種格闘技っぷりが痛快

リアルサウンド

20/5/15(金) 8:00

 近年、こんなにも全力でバカバカしいドラマがあっただろうか。春期ドラマが軒並み放送延期や放送中断の憂き目にあうなか、『浦安鉄筋家族』(テレビ東京系)が滞りなく放送されていることを感謝せずにいられない。浜岡賢次による原作漫画『浦安鉄筋家族』は1993年に連載を開始して以来、現在までにシリーズ累計4400万部以上を売り上げているナンセンスギャグ漫画の金字塔だ。そのドラマ化の報せに、最初は耳を疑った。なにしろ原作者の浜岡氏自身が実写化について「問題が多くて絶対無理だよ~」(番組公式サイトより)とコメントしたぐらいなのだから。

参考:岸井ゆきの、『浦安鉄筋家族』でコメディエンヌに開眼? 濃すぎるキャストとのやりとりに注目

 スタッフ・キャストが口を揃えていわく「地上波のギリギリに挑んだ」というこのドラマ。その言葉に偽りなく、ビンタ、飛び蹴り、乱闘、法律スレスレのアナーキー行動、喫煙、うんこetc……「コンプライアンスなんてクソ食らえ」といわんばかりの“問題”が目白押しだ。しかし、これらのどの要素とて原作の世界観と登場人物のキャラクターを再現するためには欠かせないのである。なにかと口うるさい視聴者も多いこのご時世に、原作の“信念”を尊重しつつ、原作ファンもそうでない視聴者も楽しませなければならない。実はこれ、とてつもなく難しい挑戦なのではないだろうか。

 『おっさんずラブ』(テレビ朝日系・劇場版)や『探偵が早すぎる』(読売テレビ・日本テレビ系)の演出・監督でおなじみの瑠東東一郎と、関西小劇場界の星・ヨーロッパ企画の主宰で脚本家の上田誠による強力タッグが、その「難題」を見事にクリアしている。なんと、まず第1話に大沢木家の主でヘビースモーカーの大鉄(佐藤二朗)が禁煙するしないのエピソードを持ってきて、初っ端から喫煙シーンてんこ盛りで放送してみせる。もちろん原作のあのシーン「カートン吸い」もきっちりと再現した。まさにこれは「当世、お怒りの向きもあるやもしれませんが、我々はこのスタンスでやらせてもらいます!」という宣言にほかならない。

 原作に頻出する「うんこネタ」の数々も、地上波のホームコメディの域を(ギリギリ)逸脱しない映像処理で、ポップかつ最高にアホらしく描ききっている。法定速度完全無視のカーチェイスシーンは、テグス糸がはっきり見える模型撮影で再現。三男でまだ赤ちゃんの裕太(キノスケ)を乱暴に扱うシーンでは、明らかに人形とわかる人形を使っている。一見「コンプライアンスなど、どこ吹く風」のように見せておきながら、実はものすごく気を配っており、「バカバカしく面白いものを本気で作ろう」という深夜ドラマの原点回帰でありながら、一方で非常に時事的なドラマといえる。

 さらに、なんといってもキャスト陣の全身全霊の取り組みが胸を打つ。大鉄を演じる佐藤二朗は自ら「これは、もう、役作りは不要」(公式サイトより)と語るほどこの役にハマっていながら、新たな味わいとオリジナリティを加えている。大鉄の妻・順子役の水野美紀は持ち前のアクション・スキルとコメディ・センスを遺憾なく発揮。アクの強いキャストたちによるどんな暴投も受け止めて投げ返す名捕手ぶりを見せている。長女・桜役の岸井ゆきのは、大沢木家の良心的ポジションでありながら「攻めの笑い」もきっちり取る、頼もしい存在だ。

 ほかにも、真に迫るおたくっぷりで長男・晴郎を熱演する本多力、ビジュアル的にこれ以上ぴったりのキャスティングはない祖父・金鉄役の坂田利夫、桜の彼氏でやたら裸になる花丸木を至高の天然変態仕草で演じる染谷将太、次男・小鉄(斎藤汰鷹)の担任のダメ教師・春巻の野性味と狂気を完璧に演じてみせた大東駿介など、盤石の布陣だ。エキセントリックな作品世界だからこそ、少しでも役者に照れや遠慮が入るとキャラクターに説得性を持たせられないし、ギャグも寒くなってしまう。そのあたりを深く理解したキャスト陣の突き抜けっぷりが実に痛快だ。

 これだけ個性的なレギュラー陣に加え、回ごとのゲスト・キャストも振るっている。第2話では公園でママ連を仕切るボス主婦・柳梅を藤田朋子が凄みたっぷりに演じ、大鉄とカーチェイスを繰り広げる凶暴な女性警官・江戸紫桃代をアジャ・コングが演じた。また、大仁田厚をカリカチュアライズした熱血警官・大谷暑司役を大仁田厚が演じるという“逆輸入現象”に笑わされた。

 原作の「アントニオ猪木にそっくりな“国会議員”が大沢木家にトイレを借りに来て巨大うんこを残していく」というエピソードが投入された第3話では、“国会議員”の代わりに真壁刀義が本人役で登場。シュールすぎるトイレシーンをやりきった。小鉄のクズ担任・春巻がフィーチャーされる第4話で副担任・長崎屋奈々子を演じた広瀬アリスが、唯一の良識的キャラと思いきや終盤でド弾けるさまは圧巻だった。第5話で大沢木家の隣に引っ越してくるドケチ関西人の平澤家をバッファロー吾郎A、MEGUMI、平澤宏々路が、大沢木家の面々に負けず劣らずのハイテンションで演じた。こうして毎回繰り広げられるレギュラー陣とゲスト陣とのセッションも底抜けに楽しい。

 プロフェッショナルな大人たちが魂を込めて、本気でバカをやっている。その真剣勝負の異種格闘技に安心して没入し、身を委ねて爆笑できる40分間は、何物にも代え難い。そして、バカバカしさのなかにも「だから君も、もっと思いっきり好きに生きていいんだよ」というメッセージが込められているように感じられるから不思議だ。サンボマスターによる主題歌「忘れないで忘れないで」の歌詞「それぞれの花に それぞれの意味さ 美しい意味さ」が妙に染みる。そう、これは全力でバカバカしく美しい、人間賛歌なのだ。

■佐野華英
ライター/編集者/タンブリング・ダイス代表。ドラマ、映画、お笑い、音楽のほか、生活や死生観にまつわる原稿を書いたり本を編集したりしている。

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