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『キャプテン翼』高橋陽一が挑戦してきた、紙の本ならではの漫画表現

リアルサウンド

20/4/16(木) 10:00

 4月2日に集英社から『グランドジャンプ』の「新増刊」として、『キャプテン翼マガジンvol.1』が発売された。タイトル通り1冊まるごと『キャプテン翼』(高橋陽一・作)の漫画と記事が掲載された同誌には、メインコンテンツとして『グランドジャンプ』で連載されていた『キャプテン翼ライジングサン』が移籍、なんと最新3話分が一挙掲載されている。さらには、『キャプテン翼メモリーズ』というサブキャラを主人公にしたスピンオフの連載もスタートし(第1弾の主人公は「SGGK」こと若林源三)、メッシやラウールといったサッカー界のレジェンドたちが同作を語るインタビュー企画など、記事ページも充実している。

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■サッカーは11人でやるものというメッセージ

キャプテン翼 ライジングサン(13)カバー
 おそらくこの時期に刊行が開始されたということは、版元としては東京オリンピックの開催で春から夏にかけてサッカー熱が高まることに期待していたのだろうが、残念ながら周知のように同大会の開催は延期。一読者としては、後ろ向きなことを考えても仕方がないので、一刻も早くコロナ禍がおさまり、文化とスポーツの世界がもとどおりになることを願いながら、同誌を今後も応援していきたいと思う(vol.2は6月4日発売予定とのこと)。

 また、翌3日には前述の『キャプテン翼 ライジングサン』の最新第13巻が発売。こちらには、連載移籍前のクライマックスの回が収録されている。同作では現在、主人公の大空翼率いるU-23日本代表は、マドリッド五輪の準々決勝でドイツ代表と戦っているのだが、強豪相手に繰り返しピンチに陥りながらも、最後の最後まで仲間を信じて諦めない「キャプテン」の姿は、数多くの読者に力を与えてくれることだろう。ネタバレになるので詳しくは書かないが、この巻のもっとも重要なある場面で、翼でもエースストライカーの日向小次郎でもない、意外なある選手が痛快なゴールを決めるのだが、この、サッカーはひとりでなく11人でやるものだという、当たり前のことだが忘れてはいけない大切なテーマが常に根底にあるからこそ、同作は長く多くの人々に愛されているのかもしれない(だからこそ、作者は主人公を、ある時期から“点取り屋”のストライカーではなく、ゲームメイカーとしてほかの選手を活かせるトップ下のミッドフィルダーに転向させたのだろう)。

 さて、この『キャプテン翼』だが、「男も女もみんなキャラが同じ顔に見える」とか、「頭と身体のバランスがおかしい」とか、何かと「絵」について否定的な意見をいわれがちな作品ではある(もっともそれは本気の批判ではなく、ファンによる冗談めいたツッコミであることが多いが……)。しかし、本作をよく読めば、高橋陽一がほかに類を見ない、そしてかなり高度な(絵的な)漫画表現に挑戦していることがわかるだろう。

■「紙」というフォーマットで読むべき漫画表現
※以下、ネタバレ注意

 たとえば、前述の『キャプテン翼マガジン』掲載分でいえば、第104話のP48からP59までを見てほしい。そこでは、翼と岬太郎(=翼の名パートナー)がふたりでボールを高く上げてからゴールを決めるまでの一連の動作が描かれているのだが、この12ページは、基本的に6つの「見開きの連続」として構成されている。これは、従来の、右ページから左ページへと読者の視線を誘導していく漫画の見せ方を完全に無視した大胆な表現なのだが、それゆえに、異様なスピード感を生み出しているといっていいだろう。漫画の1コマを映画のフレームに見立てている漫画家は多いが、高橋陽一の場合は、(「決め」のシーンを描く際には)見開きを1つのフレームとして考えているのかもしれない。

 ……と、こうして書いてはみたものの、やはり文章だけではちょっとわかりにくいと思うので、興味を持たれた方はぜひ『キャプテン翼』のコミックスの現物を見られたい(近年のシリーズであれば『ライジングサン』でなくてもいい)。上記の場面でなくても、同作のゴールにつながるような「決め」のシーンでは、たいてい見開きを何回か連続してつないでいくことで、独自のスピード感と迫力を生み出しているのがわかるはずだ。

 ただし、これは斬新な表現である一方、デジタル時代の漫画にはあまり向いている手法だとはいえない。なぜならば、スマホの画面では基本的には片ページしか表示されないし(つまり、せっかくの見開きの絵が中央で分断されてしまう)、そもそもこの「見開きの連続」が生み出しているスピード感は、右綴じの紙の本を手でめくって読むときのテンポと視線を想定して表現されたものだからだ(見開きで表示できる端末もあるが、タップやクリック、スクロールによる「めくり」では、画面が切り替わるときの「間」や、目に映るビジュアルの印象がわずかに違ってくると思う)。そういう意味では、『キャプテン翼』という漫画は、雑誌にせよコミックスにせよ、この先も紙の本で読むべき名作だといえるだろう。

■島田一志
1969年生まれ。ライター、編集者。『九龍』元編集長。近年では小学館の『漫画家本』シリーズを企画。著書・共著に『ワルの漫画術』『漫画家、映画を語る。』『マンガの現在地!』などがある。

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