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田中泰の「クラシック新発見」

没後25年を迎えた武満徹のポップな一面に触れる

隔週連載

第18回

武満徹

「映画音楽作曲家として有名であることに不満はないが、私は演奏会用の音楽も書いている。だが誰もそのことを知らないのは実に残念だ」。これは、映画音楽の巨匠エンニオ・モリコーネ(1928-2020)の現代音楽作品のみを集めたアルバム『エンニオ・モリコーネ管弦楽作品集』のライナーノートに掲載されたモリコーネの言葉だ。他の誰よりも有名な作曲家となり、世界中の人々に愛されるメロディを生み続けたモリコーネにしても、王道の作曲家でありたいという意識は譲れないポイントだったのだろう。その対極に近い存在が、日本を代表する作曲家武満徹(1930-1996)のように思える。

東京の本郷に生まれた武満徹は、父親の仕事に伴い生後1ヶ月で満州に渡った後、小学校入学のためにひとりで帰国。その後学徒動員に駆り出された折に、手回し蓄音機から流れるシャンソン『パルレ・モア・ダムール(聞かせてよ、愛の言葉を)』に運命的な出会いを感じて作曲家になることを決意する。

1957年に作曲された初期の傑作『弦楽のためのレクイエム』は、日本国内では全く評価されなかったところが、来日中のストラヴィンスキー(1882−1971)が偶然耳にして絶賛。世界の武満への足がかりとなる。こうして世に出た武満の名を不動のものとしたのが、代表作“琵琶、尺八とオーケストラのための作品”『ノヴェンバー・ステップス』だ。アメリカの名門ニューヨーク・フィルハーモニックの125周年記念作を委嘱された武満は、邦楽器とオーケストラの組み合わせによる同曲を作曲。1967年11月9日に、ニューヨークのエイブリー・フィッシャー・ホールで行われた初演は今や伝説。興味本位で臨んでいた聴衆の態度は音楽が進むに連れて一変し、終演後には演奏者と聴衆が一体となって会場全体がどよめくような祝福に包まれたのだ。このあたりの詳細については、初演に参加した“不世出の天才琵琶奏者”鶴田錦史の伝記『さわり(佐宮圭著)』に詳しく書かれている。

さて、ここからが今回のポイントだ。現代音楽作曲家として世界的に評価される武満徹のもうひとつの側面が、数多く残された映像のための音楽やビートルズの編曲作品、そして珠玉のようなポップソングだ。難解な現代音楽と並行してこの手の親しみやすい音楽を手がけることは、作曲家を志すきっかけがシャンソンであった武満にとって、ごく自然な流れだったに違いない。そしてここにこそ、他の現代作曲家とは一味違う武満徹の凄みと魅力が垣間見える。

代表的な映画音楽を挙げてみると、『狂った果実』『不良少年』『太平洋一人ぼっち』『他人の顔』『どですかでん』『燃える秋』など枚挙にいとまがない。テレビにおいてはNHK大河ドラマ『源義経』や『夢千代日記』『波の盆』などの美しいメロディが記憶に残る。近年これらの作品の再評価が進み、コンサートや録音を通じて我々の目の前に再び姿を表し始めたことは僥倖だ。個人的には『波の盆』の美しさにやられっぱなしだ。さらに注目すべきは21曲の歌曲集『武満徹ソングス』だ。『翼』や『小さな空』『明日ハ晴レカナ、曇リカナ』など、言葉に寄り添う優しい音楽を耳にすれば、先鋭的な現代音楽作曲家としての武満徹のイメージが変わること間違いなし。まさに音楽における二刀流。モリコーネが願っていたのも実はこの路線だったのではないだろうか。

筆者がナビゲーターを務める「J-waveモーニングクラシック」では、10月11日からの4日間に渡って武満徹を特集。没後25年を迎える偉大な才能の軌跡を辿る予定だ。

サザンオールスターズが大好きで、生前「あんな曲が書けたらいいなぁ」と語っていたという武満徹の知られざる一面を感じてほしい。

プロフィール

田中泰

1957年生まれ。1988年ぴあ入社以来、一貫してクラシックジャンルを担当し、2008年スプートニクを設立して独立。J-WAVE『モーニングクラシック』『JAL機内クラシックチャンネル』などの構成を通じてクラシックの普及に努める毎日を送っている。一般財団法人日本クラシックソムリエ協会代表理事、スプートニク代表取締役プロデューサー。

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