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中村文則の“闇”をいかに映像化したか 『銃』武正晴監督が語るラストシーンに込めた思い

リアルサウンド

18/11/21(水) 12:00

 ベストセラー作家・中村文則の同名小説を、『百円の恋』『嘘八百』の武正晴監督が実写映画化した『銃』が、11月17日より公開された。村上虹郎が主演を務める本作は、拳銃の危うさに魅了されていく大学生・トオルの姿を映し出す。原作小説の読後感をそのままに、モノクローム映像と村上をはじめとした役者陣の熱演によって、人間の持つ心の闇を鮮やかに浮かび上がらせた。

 リアルサウンド映画部では、武監督にインタビュー。助監督時代から付き合いのある奥山和由プロデューサーから本作のオファーを受けた経緯から、原作の本質を映像に落とし込むために何をしたのか、そして熱い映画への思いまで、じっくりと話を訊いた。

●「20歳の虹郎だったからこそ成立した作品」

ーー『いつかギラギラする日』『ソナチネ』など、日本映画界に多大な影響を与えた奥山和由さんがプロデューサーを務めています。武監督が助監督時代からのお付き合いのようですが、監督としてオファーを受けた際はいかがでしたか。

武正晴(以下、武):え! って思いました(笑)。昔からの付き合いといっても、僕はぺーぺーの助監督で、片や松竹の名プロデューサーという立場の違いもあったので、当時は雲の上の存在のような方だと思っていました。2014年、東京国際映画祭で『百円の恋』を上映した際に、数年ぶりにお会いしました。それからしばらく音沙汰はなく、『嘘八百』の撮影中に突然本作に関しての連絡が来たんです。中村文則さんの原作は読んではいたのですが、まさか奥山さんと監督として向き合えることができるとは思ってもいませんでした。

ーー本作も含めて奥山さんプロデュースの作品は、観客に“爪痕”を残す作品が非常に多いと感じます。武監督は奥山さんのプロデューサーとしての特徴はどんなところにあると感じますか。

武:奥山さんは映画のことが徹底的に好きなんです。映画プロデューサーなら当然と思うかもしれないですが、「映画じゃなくてもいいんじゃないの?」と思ってしまうようなプロデューサーも今は多い。そんな中で、奥山さんはなぜこの原作を映画化したいのか、どんなキャストを起用したいのか、どんな人に届けたいのか、そのひとつひとつに強い意志がある。だから、映画のことを話していても楽しいし、本気になれる。自分も映画への思いは強いと思っていましたが、奥山さんの映画への熱量は本当にびっくりさせられるものがあります。

ーー原作小説は主人公・トオルのモノローグが中心に進むだけに、映像化が難しかったと思います。この世界観を表現するために、最初にどんなことを考えたのでしょうか。

武:映画化が決まったとき、最初に浮かんだのが「モノクロで撮る」ということでした。銃、そして登場人物たちの多くが吸うタバコの煙、何よりもトオルの心象風景を表現するにはカラーよりモノクロだなと。トオルの内面世界そのままに、彼に寄り添う余計な風景はいらない。ラストシーンの仕掛けが象徴的なように、トオルに見えている世界と他者が見ていた世界の違いを明確にしたいと考えました。

ーートオルの境遇に関しては、原作小説も匂わせてはいるものの、映画の方がより明確になった印象です。

武:映画化をするにあたり、原作で書かれているものだけでは勝負できない。中村さんが書いた1文の中にあるものを、掘り起こし、どんな意味が込められていたのかを想像していく。その上で、今回は中村さんと実際にディスカッションができたので、その都度方向性を確認することができました。セリフの裏側にあった意図や、何気ない描写に込められたものなど、原作を読んだときには感じなかったさまざまな気付きを得ることができました。

ーー原作にはない描写として、トオルが手を洗うシーンが繰り返されている印象があります。

武:自分に降り掛かった汚れを落とすため、自分自身の弱さを隠すために手を洗うシーンを入れたのはあります。そして、意図的に多く入れたのは“鏡”です。トオルはどちらかといえばナルシスト。多くの人にとって思春期に他者からどう見られているのかというのは気になるものだと思うのですが、トオルはそういったことに関心がないフリをして、実は誰よりも気にしている。いたるところに鏡を配置して、トオルのさまざまな表情が無意識的にも浮かび上がったら面白いなと。

ーー刑事(リリー・フランキー)とトオルが喫茶店で対峙するシーンで、窓ガラス越しに映るトオルの表情には何とも表現し難い魅力がありました。

武:窓ガラスに浮かんだトオルの諦めたような、焦っているような、ホッともしているように見える何とも言えない表情を切り取ることができたと思います。普通の映画の撮り方であればあんなことは絶対にしません。対峙するふたりの顔を正面から捉えるのが基本だと思いますが、本作はモノクロで撮影していることもあり、実験的な撮り方も各所で試みることができました。20歳の(村上)虹郎だったからこそ、切り取れた表情だと思うので、ぜひ注目していただきたいですね。

●どんな主人公にも“救い”を

ーー村上虹郎さんはもちろん、広瀬アリスさん、日南響子さん、リリー・フランキーさんと、登場人物は多くないですが、見事に皆さんハマっています。キャスティングは奥山さんと武監督が相談しながら?

武:トオル、刑事、トオルが最後に対峙する男(村上淳)、この3人以外は任せてくれました。女性陣はオーディションを重ねがら、本当にイメージした通りのキャスティングができました。

ーー虹郎さんが父・村上淳さんと本作で共演するというニュースを見たときはびっくりしました。

武:そうなんです。これは絶対にいい化学変化が起きるぞと。マナーや周囲の人間の目を気にしない、俗にいうチンピラ。村上淳は僕が助監督時代からこの世界で一緒にやってきた人なので、彼が演じてくれたら単純にいいなとまず思ったんです。その後に、「あ、親子か」と(笑)。奥山さんと相談の上、虹郎が嫌だと言ったらやめようとは思ったんですが、意外に2人とも楽しんで乗っかってくれました。案の定、現場では最高としかいいようがないぶつかり合いをしてくれました。沢山の現場を経験してきましたが、その中でも絶対に忘れられない時間です。

ーーラストシーンは原作にはない描写があります。最後のトオルの表情は、どこか“解放”されたようなものを感じました。

武:主人公はどんなやつでも救ってあげたいという思いがあります。『百円の恋』でもボロボロになった一子(安藤サクラ)を1人で帰らすわけにはいかない。一子にも救いを与えたいから狩野(新井浩文)を登場させた。トオルが自らがしでかしてしまったことに対して、「俺、やっちゃったよ」と思わず言える相手がいること。あのまま、1人で物語を終えるよりも、誰かトオルを迎えに行ってあげる人間がいてほしかった。トオルも迎えに来てくれた人間の顔を見て、どこかホッとする。そこに何かを残すことができないかと。虹郎がトオルとして最後に見せた笑顔には、こちらの予想を遥かに越えた表情だっただけに現場で震えるものがありました。ああいった瞬間に立ち会えるからこそ、映画を撮り続けてよかったなと思えます。

ーー武監督のフィルモグラフィーを振り返ると、主人公が一歩先に進む、ある境遇から抜け出す、救われるというものが、大きなテーマとしてあるように感じます。

武:主人公がどんなにダメなやつでも、約2時間の物語の最初と最後で少し変化している。映画が始まったときよりは、主人公の状況も「少しはマシになったかな、まだ辛いことも続くけど」というぐらいのバランスですね。それが自分たちの人生にも置き換えられるリアルなのかなと。僕も10代の頃に観たそういった作品に救われ、今も映画を作り続けることができているように、本作を通して観客の方に何かを届けることができればと思います。

(取材・文=石井達也)

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