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山本益博の ずばり、この落語!

第七回「金原亭馬生」 平成の落語家ライブ、昭和の落語家アーカイブ

毎月連載

第7回

18/12/30(日)

金原亭馬生(十代目)

 東京・浅草に江戸の慶応年間創業の鮨屋「弁天山美家古寿司」がある。浅草で最も歴史のある鮨屋の1軒である。この店に我が家は祖父・祖母の代から通っているなじみの鮨屋なのだが、常連のひとりが十代目金原亭馬生師匠だった。

 浅草の六区に寄席の定席、浅草演芸場があり、そこで高座を済ませると、毎日、「美家古」に通っていた。そればかりか、上野の鈴本、新宿の末広亭に出番があるときは、寄席をハネたあと日暮里の自宅に戻らず、「美家古」へ直行し、そのあと自宅に帰るのがほぼ日課だった。もはや、常連というより、店の「主(ぬし)」と言ってよかった。

 「美家古」では、馬生師匠はつけ台右隅に置いてある清酒「大関」の樽の隣に座るのが常だった。親方がつまみの刺身を出しても、ほとんど箸をつけず、酒ばかりをうまそうに飲んでいた。だから、親方が握るすしを師匠が食べている姿を見かけたことがほとんどなく、これは父親の古今亭志ん生譲りと言えようか。

金原亭馬生ののれん

 この「美家古」の親方から、落語が好きな学生と紹介していただき、馬生師匠に可愛がられるようになった。

 「美家古」の常連のひとりに武者小路千家の千宗守宗匠がいらして、昭和46年(1971年)から、お家元がスポンサーになり「金原亭馬生を囲む会」が開かれることになり、私が世話人の一人として、会の裏方を務めることになった。

 会場は、上野の杜にある「韻松亭」で、私は会のプログラムを作るにあたり、「美家古」で師匠から落語の噺を伺う役得がなんとも嬉しかった。この「韻松亭」での50名足らずの少人数のお座敷で聴いた『お初徳兵衛』『柳田角之進』(馬生師匠は「角之進」でやっていた)はいまだに忘れられない名演だった。

第4回「金原亭馬生を囲む会」プログラム(昭和46年10月12日)

 十代目金原亭馬生は昭和3年(1928年)生まれ。私とちょうど20歳違うのだが、早稲田の学生だった当時、馬生師匠は60歳代に見え、とても40歳代の落語家には見えなかった。おそらく、落語の芸を「老成」と考え、古きを訪ねながら、芸の年輪を重ねることを第一に考えて高座に上がっていたためではなかろうか。一年中着物で通し、画は玄人はだし、身のこなし、振る舞い、どれをとっても江戸の落語家風情を漂わせていた。

 『お初徳兵衛』や『柳田角之進』のような人情噺がすぐれていたのはもちろんだが、『ざるや』『そば清』『あくび指南』『目黒のさんま』のような軽い噺にも、独特の妙味があり、これらの噺を寄席で聴くとなんとも心地よい気分になった。

 速記本や録音で自分の落語を遺すことに終始抵抗し、「芸というものは、一期一会、その時だけのもので、消えてゆくものです。残しても意味がない」と、独演会の記録を残したいと申し出ても、頑固に首を縦に振らなかった。

 それが、ある時一転して、速記や録音を残すことに同意してくださり、『金原亭馬生集成』やコロムビアレコードに貴重な高座の記録が残ったのだった。おそらく、「癌」に侵されたことを知って、自分の寿命を考えた末の決断だったのではなかろうか。

 昭和57年(1982年)9月13日に亡くなった。その日、馬生師匠が亡くなったことをニュースで知ると、立川談志が夜の部のトリで出演していた池袋演芸場に駆け付けた。談志は高座に上がるなり「馬生の死」に触れ、「今日、馬生師が亡くなりました。とてもいい落語家でした」と簡単だが、気持ちのこもった言い方で追悼の意を表した。超辛口の談志にしては、珍しいコメントだったのを今でも覚えている。

豆知識 「開口一番」

(イラストレーション:高松啓二)

 寄席の番組で、最初に出てきてしゃべる落語の高座のことを「開口一番(かいこういちばん)」と呼ぶ。寄席の木戸が開いても、客席が初めから埋まることはまずない。この時最初に出てくるのが前座で、客席はまばら、しかも次々にやってくる客を気にせずに一席しゃべらなくてはならない。噺は『道灌』『子ほめ』など前座噺に限られ、時間にして約12分から15分程度。客席の空気を温めさえすれば、役目を十分に果たしたと言える。

 柳家権太楼師匠は「落語の雰囲気作りに欠かせないのが『開口一番』で、あくまで、前座なのだから、決して客に受けようなどと思ってはいけない」といつも言っている。

プロフィール

山本益博(やまもと・ますひろ)

1948年、東京都生まれ。落語評論家、料理評論家。早稲田大学第ニ文学部卒業。卒論『桂文楽の世界』がそのまま出版され、評論家としての仕事がスタート。近著に『立川談志を聴け』(小学館刊)、『東京とんかつ会議』(ぴあ刊)など。

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