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まさにホップ、ステップ、ジャンプ ジム・ジャームッシュのアートフォームが確立された初期3部作

リアルサウンド

20/6/2(火) 12:00

 昨年(2019年)5月の第72回カンヌ国際映画祭のオープニング作品として上映され、方々の話題と絶賛を呼んだ傑作ゾンビ・コメディ映画『デッド・ドント・ダイ』が公開延期を経てついに日本公開。不遜ながら、いきなり断言させてほしい。この監督、ジム・ジャームッシュの世界に通じるには、なにはともあれ初期3作を観なければ始まらない!と。

 学生映画の範疇で撮られた『パーマネント・バケーション』(1980年)。一般的なデビュー作にして画期的なマスターピース、その名を世界に知らしめた『ストレンジャー・ザン・パラダイス』(1984年)。プロフェッショナルな充実が認められ、ファンに人気の高い『ダウン・バイ・ロー』(1986年)。そのテイクオフからの推移はまさしく「ホップ、ステップ、ジャンプ」の3段階。彼の個性が瑞々しい形で凝縮されており、独自のアートフォームが急速に確立されていく過程を追うことができる。順番にざっくり見ていこう。

『パーマネント・バケーション』(c)1980 Jim Jarmusch

 まずは「ホップ」。ニューヨーク大学(NYC)の大学院映画学科の卒業制作として撮られた長編第1作『パーマネント・バケーション』。15,000ドル(12,000ドル説もあり)の低予算、75分の16mmフィルムに収められたジャームッシュの原石。

 ある意味、「入門」という観点から言うとこれは上級編かもしれない。文字通りの粗削りな自主映画だが、随所に只ならぬ才能のきらめきが見られる。まもなく大成するが栄光の未来をまだ誰も知らない、ガレージバンドの自主制作盤といった趣だ。実はジャームッシュが本作をNYC主催の学生映画祭に出品した際、「こんなのは今までで最低の作品だ」と酷評を受けたという、むしろ大学側にとって黒歴史的なエピソードが残っている。

『パーマネント・バケーション』(c)1980 Jim Jarmusch

 主人公は16歳の不良少年アリーことアロイシュス・パーカー。演じるのは当時実際に根無し草の生活を送っていたクリス・パーカーで、これ以降の俳優経験は特にないはずだ。ポンバドールの髪型など50’s風のファッションで身を固めた彼は、眠れないままニューヨークの寂れた裏通りを歩き回る。

 ストーリー、と呼べるほどの起伏はない。要は「何も起こらない」。「永遠の休暇」というタイトルそのままに、放浪者として生きるアリーの2日半ばかりを淡々と綴って映画は終わる。取り留めのない散文詩のような調子で。

『パーマネント・バケーション』(c)1980 Jim Jarmusch

 遅れてきたビートニクといった風情のアリーは、気ままでありながらブルーにこんがらがった憂鬱さを纏っており、思わず「イキってんなあ」と呟きたくなる青臭さが微笑ましい。ジャームッシュの映画術に関してはまだ「スタイル未満」で、ユーモアも欠如している。だがそのぶん、この時期だけの二度と繰り返せない特別な輝きが刻まれた貴重なフィルムだ。アリーが一緒に住んでいる少女リーラのアパートにふらっと戻ってきて、狭い部屋でビー・バップのレコードをかけて踊るシーンの素晴らしさ。ラウンジ・リザーズのジョン・ルーリー(ジャームッシュの親友であり長年のコラボレーター)扮するサックス・プレイヤーが即興演奏を聴かせる夜の路上の美しさ。

 ちなみに劇中の映画館でニコラス・レイ監督の『バレン』(1960年)が上映されているが、レイはジャームッシュにとって師に当たり、彼が在学中にNYC映画学科で教鞭を取っていた。しかし残念ながらレイは『パーマネント・バケーション』の製作を開始する前日に世を去ってしまった。ちなみにジャームッシュは本作の製作費のために学費をつぎこみ、結局同校を卒業できなかったという愉快な後日談も残っている(北野武にとっての明治大学のように、学位は有名になってから特別授与された)。

 続いて「ステップ」。通算長編第2作であり、35mmフィルムでの第1作『ストレンジャー・ザン・パラダイス』(1984年)だ。ジャームッシュの人気の発火点であり、カンヌ国際映画祭でカメラドール(新人監督賞)を受賞。日本公開もこれが初(1986年4月。『パーマネント・バケーション』は同年7月に日本公開)。影響力という点ではジャン=リュック・ゴダールの『勝手にしやがれ』(1959年)やクエンティン・タランティーノの『レザボア・ドッグス』(1992年)に匹敵する、映画史上きっての基礎教養的な重要作である。

『ストレンジャー・ザン・パラダイス』(c)1984 Cinesthesia Productions Inc. New York

 一般的なデビュー作と言っても、別に商業映画として撮られたわけではない。『パーマネント・バケーション』がドイツのマンハイム国際映画祭で「ジョセフ・フォン・スタンバーグ賞」を獲得したのをはじめ、ヨーロッパでちょっとしたカルト的支持を獲得したことを励みに(アメリカでの興行はいまいちだった)、ジャームッシュはわずかな自己資金を頼りに新作を撮り始めた。つまりバリバリの自主映画だ。ところがあっけなくカネが足りなくなってしまう。そこでニコラス・レイ師匠を通して知り合ったヴィム・ヴェンダースから、『ことの次第』(1982年)で余った未現像フィルムを恵んでもらい、まずは約30分の短篇として完成させた(第1部の「新世界」)。その好評を受け、さらに継ぎ足して3部構成の89分の長編に仕立てたところ、世界中でバカウケしてしまったのだ。

 ここで当時皆が痺れたジャームッシュの芸風――彼のベーシック・スタイルをまとめてみよう。(1)に「何も起こらない」日常。これはハリウッド流儀の教則本的なストーリーテリングに背を向けたアンチ・ドラマの精神と言い換えられるかもしれない。(2)にオフビートなユーモア。小ボケに小ボケを重ねたような、関節を外した隙間だらけの会話やコミュニケーション。特にオフビート(はずし)という形容はジャームッシュと共に映画界に広まった感さえある。そしてユルいノリに見えて、(3)に実はかっちり設計された構築美。

『ストレンジャー・ザン・パラダイス』(c)1984 Cinesthesia Productions Inc. New York

 この3点をまとめて「センス抜群の抜け感が効いたミニマリズム」とでも把握すれば、ジャームッシュの個性の基本は「入門」的に捉えられると思う。また『ストレンジャー・ザン・パラダイス』の映像はモノクローム。ザラザラしたカラー映像でフリーハンドな筆致だった習作『パーマネント・バケーション』に比べると、シルエットをきゅっと締めて、「形式」に意識的になったことがよくわかるだろう。

 最初の舞台はニューヨーク。ギャンブルで日銭を稼いで暮らしているハンガリー出身のウィリー(ジョン・ルーリー)のもとに、ブダペストから従妹のエヴァ(エスター・バリント)がやってくる。さらにウィリーの相棒エディ(リチャード・エドソン。元ソニック・ユースのドラマー。のちに『プラトーン』(1986年/監督:オリヴァー・ストーン)や『ドゥ・ザ・ライト・シング』(1989年/監督:スパイク・リー)に出演)も加えて、「TVディナー」(コンビニめし的なプレート)を食いながら、どうでもいい会話を交わす日々。第2部「一年後」では雪に覆われたクリーブランドへ。第3部「パラダイス」ではフロリダに向かう。だがどこに移動しても、彼らの退屈な脱力人生は別に何も変わらない――。

『ストレンジャー・ザン・パラダイス』(c)1984 Cinesthesia Productions Inc. New York

 こういった恋愛も事件もアクションもない「何も起こらない」青春像(1)が、ぶつ切りのワンシーン・ワンカットで綴られ、合間に挟まれる黒画面がとぼけた「間」のリズム、オフビートなユーモア(2)を生み出していく。とりわけ(3)に関して参照できるのは小津安二郎だろう。『ストレンジャー・ザン・パラダイス』では、競馬の馬の名前として『晩春』(1949年)、『出来ごころ』(1933年)、『東京物語』(1953年)へのオマージュが捧げられる。ジャームッシュには小津の画面構成に影響を受けた厳密な設計主義者の側面があり、むしろそれと相反するビートニク精神とのねじれた融合が、彼一流のオリジナリティの源泉のひとつだと言える。

 この「ビートニク×小津」的なジャームッシュの志向を裏支えする極めて重要な先達は、『ジ・アメリカンズ』(1958年)でよく知られる写真家ロバート・フランクのフォトドキュメンタリーだろう。市井の日常風景を永遠の美へと焼き付けるフランクにも似て、ジャームッシュの映画はとにかく画的にクールだ。例えばジョン・ルーリーの着ているアーガイル柄のカーディガンなど、何でもない普段着がファッション・アイコンになってしまう。ジャームッシュ自身はどちらかと言えば「アンチ・ファッション」の立場(流行や時流に従うことを良しとせず、見た目だけ威勢のいい奴をファッション・パンクめと軽蔑するような姿勢)だが、カルチャーエリートの卓越が安価な身の丈の素材をハイエンドなデザインに変えてしまったのだ。

 さて、『ストレンジャー・ザン・パラダイス』のブームとも言える世界的ヒットでジャームッシュは(本人の思惑とは別に)一躍時代の寵児となる。日本でもバブル時代を主な背景としたミニシアター・ブームの象徴的なスターとなった。また成功を果たした者に対する業界の常として、ビジネスライクな大人たち(ハリウッド)から『卒業白書』(1983年/監督:ポール・ブリックマン)のバッタモンのようなワケのわからない企画がどんどん舞い込んできたらしい。

 そういった浮ついた連中を撥ね除け、ジャームッシュが長編第3作として放ったのが『ダウン・バイ・ロー』だ。

『ダウン・バイ・ロー』(c)1986 BLACK SNAKE Inc.

 これまでのインディペンデント・スタイルの延長であることに変わりはないが、「ジャンプ」に相応しい様々な飛躍が見られる。まず大きいのは、撮影に『都会のアリス』(1974年)や『パリ、テキサス』(1984年)など盟友ヴィム・ヴェンダースの諸作を手掛けてきた名手ロビー・ミュラーを迎えたこと。『ストレンジャー・ザン・パラダイス』に続くモノクロームだが映像は遙かに端正で、ジャームッシュ流のロングテイク(長廻し)も横移動のカメラワークなどに滑らかな快楽がある。なおショットの時間感覚に関しては、ジャームッシュが影響を受けた監督に『情事』(1960年)や『赤い砂漠』(1964年)などのミケランジェロ・アントニオーニを挙げており、『ダウン・バイ・ロー』を撮る前にもアントニオーニの諸作を観返したのだという。

 内容もミニマリズムを押さえながら無理なくスケールアップした。まず舞台がニューヨークではない。どこか幻想性を孕んだ米南部のニューオーリンズだ。ツキに見離されたラジオDJのザック(トム・ウェイツ)が冤罪で刑務所にぶち込まれる。彼は監獄でポン引きのジャック(ジョン・ルーリー)、そして変なイタリア人のロベルト(ロベルト・ベニーニ)と出会い、なんとなく意気投合した3人は脱走を企てる。

『ダウン・バイ・ロー』(c)1986 BLACK SNAKE Inc.

 作家の原型がゴロッと差し出された前2作に比べ、本作は随分わかりやすく面白い。決定的だったのは、のちに『ライフ・イズ・ビューティフル』(1998年)の監督・主演で世界を席巻するイタリの喜劇俳優、ロベルト・ベニーニの投入だ。彼はジャームッシュの作品で初めて登場した「おしゃべり」のキャラクター。トム・ウェイツ&ジョン・ルーリーが醸し出すオフビートな「間」を、ベニーニが間抜けな饒舌、「オン」のビートでどんどん埋めていく。

 このトリオは「マルクス・ブラザーズ以来の強力アンサンブル」とも評されたが、ジャームッシュは本作を「ネオ・ビート・ノワール・コメディ」と自己規定している。確かにジャンル映画の枠組みも伺え、ベニーニが「逃げたぞ! アメリカ映画みたいだ!」とはしゃぐ辺りなど、『手錠のままの脱獄』(1958年/監督:スタンリー・クレイマー)などを踏まえたパロディックなおとぎ話のノリ。つまりジャームッシュの芸風――(1)も(2)も(3)も程良いバランスで次の位相に踏み出しており、柔軟にこなれている。「入門」的にはこれが一番おすすめかもしれない。

『ダウン・バイ・ロー』(c)1986 BLACK SNAKE Inc.

 なお章立ては設けられていないが、言わば「日常」「監獄」「逃亡」の3幕的な構成であり、その意味でも『ストレンジャー・ザン・パラダイス』の普及版かつ応用形といった趣。同時に『ミステリー・トレイン』(1989年)や『デッドマン』(1995年)など、のちの作品に繋がる要素がたくさん詰まっている。ジャンル映画の批評的バリエーションという意味では『デッド・ドント・ダイ』にも近い。

 そして本作の冒頭では、ザック役を演じたトム・ウェイツの「ジョッキー・フル・オブ・バーボン」(1985年の名盤『レイン・ドッグ』収録曲)が印象的に流れる。『ストレンジャー・ザン・パラダイス』で数回使われるスクリーミン・ジェイ・ホーキンスの「アイ・プット・ア・スペル・オン・ユー」や、『デッド・ドント・ダイ』におけるスタージル・シンプソンの書き下ろし曲「デッド・ドント・ダイ」も然り。作品のトーンを決定づける一撃必殺な音楽(楽曲)の使い方を、ジャームッシュ・スタイルの特長の(4)として付け加えたい。さらに(5)を付け加えるなら、彼の映画の登場人物の多くは彷徨えるストレンジャー(異邦人、ヨソ者)である、という主題の一貫だ。

 最初の長編を撮ってから、キャリアは実に40年。ジャームッシュは巨匠と呼ばれる今も「ハリウッド的なもの」とは距離を置いたまま。ニューヨークを拠点とし、オルタナティヴな価値観に基づいた「小さな映画」をマイペースで長年作り続けている。

 新作『デッド・ドント・ダイ』においてもジャームッシュの基本スタンスは変わらない。ただし今回、派手に引っ繰り返されるのが(1)の「何も起きない」日常だ。のどかな田舎町センターヴィル(ロケはニューヨーク州デラウェア郡の村)がゾンビ渦に襲われる。この大異変は『ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド』(1968年)のジョージ・A・ロメロという偉大なストレンジャーをお招きしたからだ、ってことを頭に入れつつ、素敵なリニューアルを続けるジャームッシュの世界を存分にお楽しみいただきたい。

■森直人(もり・なおと)
映画評論家、ライター。1971年和歌山生まれ。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『21世紀/シネマX』『日本発 映画ゼロ世代』(フィルムアート社)『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。「朝日新聞」「キネマ旬報」「TV Bros.」「週刊文春」「メンズノンノ」「映画秘宝」などで定期的に執筆中。

■リリース情報
『ジム・ジャームッシュ 初期3部作 Blu-ray BOX』(初回限定生産)
『ジム・ジャームッシュ 初期3部作 DVD-BOX』(初回限定生産)

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【Blu-ray BOX】
価格:7,800円(税別)
収録時間:本編270分
仕様:3枚組/片面1層/モノクロ/モノラル/16:9LB/日本語字幕/リニアPCM
(※『パーマネント・バケーション』のみ、カラー/4:3)

【DVD-BOX】
価格:4,800円(税別)
収録時間:本編270分
仕様:3枚組/片面1層/モノクロ/モノラル/ステレオ/16:9LB/日本語字幕/ドルビーデジタル
(※『パーマネント・バケーション』のみ、カラー/4:3)

『パーマネント・バケーション』
監督・脚本:ジム・ジャームッシュ
出演:グリス・パーカー、リーラ・ガスティル、ジョン・ルーリーほか
(c)1980 Jim Jarmusch

『ストレンジャー・ザン・パラダイス』
監督・脚本:ジム・ジャームッシュ
出演:ジョン・ルーリー、エスター・バリント、リチャード・エドソン、セシリア・スタークほか
(c)1984 Cinesthesia Productions Inc. New York

『ダウン・バイ・ロー』
監督・脚本:ジム・ジャームッシュ
出演:トム・ウェイツ、ジョン・ルーリー、ロベルト・ベニーニ、エレン・バーキンほか
(c)1986 BLACK SNAKE Inc.

発売元・販売元:バップ

■公開情報
『デッド・ドント・ダイ』
6月5日(金)全国公開
監督・脚本:ジム・ジャームッシュ
出演:ビル・マーレイ、アダム・ドライバー、ティルダ・スウィントン、クロエ・セヴィニー、ダニー・グローヴァー、ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ、イギー・ポップ、セレーナ・ゴメス、 トム・ウェイツ
提供:バップ、ロングライド
配給:ロングライド
2019年/スウェーデン、アメリカ/英語/104分/アメリカンビスタ/カラー/5.1ch/原題:The Dead Don’t Die/日本語字幕:石田泰子
Credit : Abbot Genser / Focus Features (c)2019 Image Eleven Productions, Inc.
(c)2019 Image Eleven Productions, Inc. All Rights Reserved.
公式サイト:https://longride.jp/the-dead-dont-die/

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