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王宮書庫室に図書館、本の市場……本好きの心をくすぐる『虫かぶり姫』の美麗な世界観

リアルサウンド

20/6/6(土) 10:00

 本好きが高じてついた、侯爵令嬢のあだ名は「虫かぶり姫」。本を愛する人間なら誰しもが憧れる王室の図書室や本の市など、心躍る描写が魅力のコミックス『虫かぶり姫』(一迅社)は、クリストファー王太子と彼の名ばかりの婚約者エリアーナ(虫かぶり姫)との恋路を描く物語である。

関連:『虫かぶり姫』1巻書影

 原作は由唯の同名小説であり、コミックス版を喜久田ゆい(キャラクター原案:椎名咲月)が手がける。美麗な世界観と王室を中心に描かれる古典物のプリンセスストーリーという華やかさが注目されている。

 漫画好きな人の中には、同じように小説や実用書など「本」という存在に強く惹かれる人も多いのではないだろうか。これは本に惹かれる人々の多くが「読む」という行為だけではなく、「本」そのものに魅力を感じていることが理由に挙げられる。図書館や書店を舞台とする作品に惹きつけられてしまった経験のある人も多いことだろう。そんな“愛書狂”にはぜひ本書を手にとって欲しい。

 喜久田の描く世界は、エリアーナとクリストファーの恋だけではなく、エリアーナとその血族であるベルンシュタイン家の人々の本への情熱と知識にも並ならぬ愛を持って描かれている。また、エリアーナが本に没頭する中登場する王宮書庫室や、クリストファーとの思い出の場所である王立図書館、学者集団「シスルの星」のひらく本の市場は本好きなら誰もが心を掴まれる描写だろう。そびえ立つ書架とハシゴ、いつもエリアーナの腕の中には本が抱えられている。夢のような空間に身を置くエリアーナに自身を投影させることで、より本作の世界を堪能できる。

 本作は女性向けの恋愛コミックスではあるが、知性に溢れ優しい心を持つエリアーナが「虫かぶり姫」から徐々に王太子妃としてふさわしい人物だと周りから認められていく様はただの恋物語に終わらず、上昇志向の高い女性にとって刺激的な側面もあるだろう。一方で、エリアーナ自身はというと、本以外のものにはまるで欲がない。誰もが羨むような知性は、知らず知らずのうちに本から身につけていたものなのだ。実はこの点は、ヒストリカルを思わせる絵柄とは想像もつかないほど現代的な価値観を持って描かれている。

 「好きなことや得意なことを活かす」という価値観は現代の働き方の中でも特に注目されるものであり、多くの人が副業やフリーランスとして自身の“スキル”を味方に生活し自立している様子を彷彿とさせる。

 メインで描かれる恋愛部分においては、心地よい描写が続く。過激すぎる描写はないが、2人は後半になるにつれかなり仲を深める。甘いセリフや思わず胸がキュンとするような場面が並び、幸せな気持ちに包まれるだろう。

 喜久田はもともと『神風怪盗ジャンヌ』や『満月をさがして』など、集英社の『りぼん』でヒット作を多数手がけた漫画家・種村有菜のアシスタントとしてキャリアをスタートしている。種村の得意とした華美なドレス、レースやフリルの繊細な筆致とよく似た喜久田の作風は、ここで鍛えられたものだろう。さらに「ヒロインが登場人物の誰からも愛される」という原作の特徴も、種村作品と共通するところがある。
エリアーナの“愛され体質“の描写には、喜久田のキャリアから得られた知見が光っているのだ。

 もちろんエリアーナは順風満帆なだけではない。ライバルの出現や、自身の心の繊細な揺れにナーバスになったりと苦悩も経験する。その苦しみを乗り越え、エリアーナが幸せになっていく姿こそが本作の味わい深さだろう。

 美しい世界の中で様々な体験をしながらも幸せに満たされていくエリアーナの様子に、我々は共に満たされていく。こんな時流だからこそ、心がじんわり温まるような繊細な恋と、大好きな本に包まれた作品で心を癒してみてはどうだろうか。本書を読めばきっと、お気に入りの一冊を思い返し、抱いて眠りたくなることだろう。

(文=Nana Numoto)

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