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中川右介のきのうのエンタメ、あしたの古典

『スター・ウォーズ』シリーズの成功を支えたジョン・ウィリアムズの音楽

毎月連載

第20回

20/2/12(水)

ジョン・ウィリアムズ(写真:AP/アフロ)

『スター・ウォーズ』の3回目の「最終作」が公開され、2か月近くが過ぎた。

興行成績は、新記録樹立とまではいかず、従来からのファンが観て、楽しんで、それで終わった感じだ。新たなファンが増えるところまではいかなかった。もっとも、その従来からのファンの数が全世界ではとんでもない数なのだから、大ヒットには違いない。

ジョージ・ルーカスが手を引いたため、主要なスタッフで9作全てに関わったのは、音楽のジョン・ウィリアムズだけとなった。ウィリアムズは2月8日で88歳と高齢なので、無事に完成してよかった。

『スター・ウォーズ』シリーズの成功の理由のひとつに、ジョン・ウィリアムズの音楽を挙げる人は多い。古典的なハリウッド映画の音楽なのだが、それを堂々とやれる人が、1970年代にはいなかったから、逆に新鮮だった。

古典的ハリウッド映画の音楽は、ドイツから来た作曲家たちによって完成された。

エーリヒ・ヴォルフガング・コルンゴルト(1897~1957)、マックス・スタイナー(1888~1971)がその代表だ。彼らはクラシック音楽の作曲家でオペラの作曲技法を学び、それを映画に導入したのだ。

ウィリアムズが『スター・ウォーズ』を作るにあたり参考にしたのは、コルンゴルトだったが、『スター・ウォーズ』の音楽は、ワーグナーの『ニーベルングの指環』との類似性をよく指摘される。

人物や情景ごとにテーマ(メロディ)を決め、それを多彩にアレンジし組み合わせて作っていく手法こそ、ワーグナーが考案したもので、これをライトモチーフというが、『スター・ウォーズ』の音楽は、その見本市みたいだ。

『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』(C)2019 ILM and Lucasfilm Ltd. All Rights Reserved.

『スター・ウォーズ』の音楽は「現代のオペラ」とも言える

ジョン・ウィリアムズが作曲するのは、メイン・テーマなどフルオーケストラの曲だけではない。酒場で演奏される、どことなく懐かしいジャズ調の音楽も、彼が作っている。

なんでも第1作(エピソード4)で最初に作曲されたのは、酒場で演奏される音楽だったという。だから、『スター・ウォーズ』には酒場のシーンが不可欠なのだ。

『ニーベルングの指環』は東欧神話をベースにしてワーグナーが創作したものだが、『スター・ウォーズ』世界を創るにあたり、ルーカスは世界中の神話を研究した。なかでも東欧神話からはかなり影響を受けている。

『ニーベルングの指環』も男女の双子が出てくるし、父と息子が争う。壮大なスケールの物語である一方で、ひとつの家族の物語と、ストーリーの構造も似ている。

そして、なんといっても、長い。

『ニーベルングの指環』は『ラインの黄金』『ワルキューレ』『ジークフリート』『神々の黄昏』の4つのオペラによって構成され、全部で16時間前後、かかる。1日1作ずつ上演するから、4日かかる。

『スター・ウォーズ』の上映時間は、9作合わせると、20時間弱だろう。その大半で音楽が鳴り響いているから、音楽の演奏時間だけでも、『ニーベルングの指環』を抜いている。『スター・ウォーズ』の音楽は「現代のオペラ」と言っていい。

クラシックのコンサートでも、『スター・ウォーズ』の音楽が演奏される機会は、けっこうあり、サントラ盤とは別に、ウィリアムズが演奏会用に編曲した組曲を、ウィーン・フィルやロサンゼルス・フィルが演奏したCDもある。

『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』(C)2019 ILM and Lucasfilm Ltd. All Rights Reserved.

エピソード3が公開された2005年、私はクラシック音楽の雑誌を作っており、たまたまロンドン交響楽団が来日したので、その広報担当にインタビューしたことがある。

「あなた方(ロンドン交響楽団)は、おそらく、世界で最も多くの人が聴いたオーケストラだ。ウィーン・フィルのニューイヤーコンサートは、毎年テレビ中継されているが、せいぜい数百万しか観ていないし、ベルリン・フィルのレコードが売れたとしても、数億枚だ。しかし、あなた方の演奏した『スター・ウォーズ』は、何十億人もが聴いているから」

と言ったら、「その通りだ」と嬉しそうに言って、「我々も誇りに思っている」と答えてくれた。

しかし、ロンドン交響楽団とルーカス・フィルムとは印税契約ではなく、レコーディングのための演奏料をもらっただけだったので、映画がどんなにヒットし、テレビで放映され、サントラ盤が売れ、ビデオやDVDになっても、1ポンドも楽団に入らないとも教えてくれた。当時のイギリスのオーケストラはそういう例が多いようだ。

それでも『スター・ウォーズ』の場合、1日3時間くらいの録音セッションが2週間近く続くので、それなりの収入にはなったという。

さらに、思わぬリクルート効果もあった。なんでも、最初の三部作を子供の頃に観た世代が、20代、30代になって、『スター・ウォーズ』を演奏したいからとロンドン交響楽団のオーディションを受けに来るようになったという。それがもう15年も前の話だ。

その後、エピソード1から3を少年時代に観て、『スター・ウォーズ』を演奏できると思ってロンドン交響楽団に入った楽団員もいるだろう。しかし、残念ながら、エピソード7以降は、映画のために編成されたオーケストラが演奏するようになってしまった。もし7以降もロンドン交響楽団が演奏していたら、彼らも、全作に出演できたのに。

ジョン・ウィリアムズこそ、過去30年で最も多くの人が聴いた音楽の作曲者

1970年代なかばから、90年代にかけては、興行成績ランキングの大半を、ルーカスとスピルバーグの映画が占めていた。そのほとんどが、ウィリアムズの音楽だった。

ウィリアムズが作った音楽は、数では圧倒的にスピルバーグ映画が多い。『ジョーズ』『未知との遭遇』『E.T.』は、あの音楽なしには成立しない。

マドンナとかマイケル・ジャクソンなど、誰もが知っていて、世界的に何億枚もCDを売っているミュージシャンがいるとしても、ジョン・ウィリアムズこそが過去30年で最も多くの人が聴いた音楽の作曲者だろう。たとえ、聴いた人の大半が、作曲家名を知らなくても。

『スター・ウォーズ』音楽は、酒場の音楽も含めて、全てジョン・ウィリアムズが作ったが、一曲だけ、彼の手によらないものがある。

冒頭に流れる、20世紀FOXのファンファーレだ。あれが流れ、一瞬の間があって、ジャ~ンとメイン・テーマになだれこむ。

ファンファーレが流れることを考慮して、あの「一瞬の間」も作曲のうちだろう。

エピソード7からはディズニー配給になり、20世紀FOXのファンファーレは聞けなくなってしまい、それが残念だった。

しかし、その20世紀FOXもディズニーに買われるという。それなら、次に公開する時は、エピソード7以降にも、ファンファーレを付けてほしいものだ。

作品紹介

『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』(2019年・米)

2019年12月20日公開
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
監督:J.J.エイブラムス
出演:デイジー・リドリー/アダム・ドライバー/ジョン・ボイエガ/オスカー・アイザック/ビリー・ディー・ウィリアムズ

プロフィール

中川右介(なかがわ・ゆうすけ)

1960年東京生まれ。早稲田大学第二文学部卒業後、出版社アルファベータを創立。クラシック、映画、文学者の評伝を出版。現在は文筆業。映画、歌舞伎、ポップスに関する著書多数。近著に『手塚治虫とトキワ荘』(集英社)など。

『手塚治虫とトキワ荘』
発売日:2019年5月24日
著者:中川右介
集英社刊

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