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樋口尚文 銀幕の個性派たち

篠原篤、個性なき「ぼんやり」気味の個性派

毎月連載

第4回

(C)2018「一人の息子」製作委員会

 篠原篤が橋口亮輔監督『恋人たち』で一躍脚光を浴びた時、かつて『誘拐ラプソディー』や『横道世之介』に出ていたと聞いたが、まるで記憶になかった。後にご本人に会う機会があった時も、よくもまあこの人がずっと俳優を続ける気持ちを保ち続けて来られたものだと素朴に驚いた。面立ちもいわゆるバリッとした二枚目ではないし、かと言ってわかりやすい個性的な脇役顔でもない。体型もずんぐりむっくりで、ひとことで言えば全体が「ぼんやり」した俳優だ。これは普通に考えて、最も俳優業に向かないタイプである。

 なぜなら今どきの俳優は、正調のいい男であれ癖のある脇役であれ、ある明快なキャラクターとして「要約可」な存在のほうが映画でもテレビでも重宝されるからだ。往年の映画撮影所なら、珍妙な顔、物騒な顔、いわくありげな顔‥‥とさまざまな個性的な脇役を大部屋に集めることができたから、篠原篤のような「ぼんやり」した俳優も潜り込む場所があったかもしれない。

『恋人たち』(C)松竹ブロードキャスティング/アーク・フィルムズ

 しかしなんでもわかりやすい切り口を求められる今どき、篠原の20代に目覚ましい役は訪れなかった。それはまた当然のことかもしれない。しかし30歳の時に橋口亮輔監督『ゼンタイ』に出た後、監督のワークショップに参加してその「ぼんやり」の向こうに潜むナイーヴな魅力に注目される。そして橋口監督がアテ書きした『恋人たち』で、篠原はまさかの主演をつとめることになる。役どころは、3年前に無差別殺人で愛妻を失ってから喪失感にとらわれ続ける青年で、その職業が橋梁点検というのがちょっと思いつかないアイディアだった。

 ひたすら橋梁をコンコンと打ち、そのコンディションを点検するという地道な仕事をこなしながら、篠原はなんとか生きてはいるが、妻を失った虚脱感とやり場のない怒りは彼にとりついて離れない。多くの観客が、この作品で篠原のことを知ったことだろう。その誰もが、スクリーンに間違って迷い込んだようなこの「ぼんやり」した貌に釘づけになったはずだ。

 大手映画会社の新作に、こういう見知らぬ貌が現れることはほとんどなくて、極論すればお定まりの人気俳優が登場した時点でその役がどういうものかが読めてしまう。しかし、『恋人たち』の篠原の正体不明のインパクトは相当なものがあった。これはひとえに橋口監督の発想の勝利だが、かつて『ぐるりのこと。』でリリー・フランキーを映画初主演させたのも橋口だった。『恋人たち』には同様に池田良ほか見慣れぬ個性的な俳優が続々と現れて鮮やかな印象を残したが、篠原の凄さは「個性的でない」という一点にあった。そして本作で、篠原は市井の名もなき人物が途方もない痛みを抱えて生き、悶え、かすかな再生の兆しに至るまでを必死に体現してみせた。

『一人の息子』(C)2018「一人の息子」製作委員会

 幸いにもこの主演で男優賞を受賞することになった篠原だが、その姿を間近で見ていて、ああこの「ぼんやり」さんがこの日まで俳優を続けてきてくれて本当によかったと思った。あるインタビューで篠原がずっと俳優としてパッとしないことに悩みながら、「やめる才能すらなかった」と語っていたのを読んで笑った。そうか、この見た目に特徴をつかみ難い「ぼんやり」ぶりは生きざまにも及んでいたのかと。

 そして一躍注目された篠原の姿を、次いで渋谷の百貨店のポスターで見かけた。期待の新星としてモードっぽいスタイリングでポーズをとった、フレッシャーズ応援の広告だったが、全く似あっていなかった。いや、似合っていなくてホッとしたというのが正確な感想だったが、こういう新星を珍しがってはしゃぐ広告的な「旬」も瞬く間に過ぎ、篠原は改めて真正「ぼんやり」に舞い戻りつつある。個性なき個性派には、この領域に常に潜航しながら、時どきこれはという時に変わらぬ貌を見せてほしいと願う。

『菊とギロチン』(C)2018 「菊とギロチン」合同製作舎

作品紹介

『素敵なダイナマイトスキャンダル』

2018年3月17日公開 配給:東京テアトル
監督・脚本:冨永昌敬
出演:柄本佑/前田敦子/三浦透子/峯田和伸/松重豊/篠原篤

『ラブ×ドック』

2018年5月11日公開 配給:アスミック・エース
監督:鈴木おさむ
出演:吉田羊/野村周平/大久保佳代子/篠原篤/唐田えりか
篠原はパティシエ見習いとして出演。

『恋は雨上がりのように』

2018年5月25日公開 配給:東宝
監督:永井聡 脚本:坂口理子
出演:小松菜奈/大泉洋/清野菜名/磯村勇斗/葉山奨之/篠原篤
小松菜奈と同じファミレスで働く役。

『パンク侍、斬られて候』

2018年6月30日公開 配給:東映
監督:石井岳龍 脚本: 宮藤官九郎
出演:綾野剛/北川景子/東出昌大/染谷将太/浅野忠信/篠原篤

『菊とギロチン』

2018年7月7日公開 配給:トランスフォーマー
監督:瀬々敬久 脚本: 瀬々敬久/相澤虎之助
出演:木竜麻生/東出昌大/寛一郎/韓英恵/渋川清彦/篠原篤
ヒロイン花菊の夫役で出演。

『一人の息子』

2018年7月7日公開 配給:セブンフィルム=トキメディアワークス
監督:谷健二 脚本: 佐東みどり
出演:馬場良馬/玉城裕規/水崎綾女/弓削智久/篠原篤
玉城裕規が働く引越屋の社長役。

『殺る女』

2018年10月27日公開 配給:プレシディオ
監督・脚本:宮野ケイジ
出演:知英/武田梨奈/シャリース/ニコラス・ペタス/駿河太郎/篠原篤

『ある町の高い煙突』

2019年春公開
監督:松村克弥
出演:井手麻渡/渡辺大/小島梨里杏/仲代達矢/吉川晃司/篠原篤

プロフィール

樋口 尚文(ひぐち・なおふみ) 

1962年生まれ。映画評論家/映画監督。著書に『大島渚のすべて』『黒澤明の映画術』『実相寺昭雄 才気の伽藍』『グッドモーニング、ゴジラ 監督本多猪四郎と撮影所の時代』『「砂の器」と「日本沈没」70年代日本の超大作映画』『ロマンポルノと実録やくざ映画』『「昭和」の子役 もうひとつの日本映画史』『有馬稲子 わが愛と残酷の映画史』『映画のキャッチコピー学』ほか。監督作に『インターミッション』、新作『葬式の名人』の撮影に近く入る。

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