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エンジニアが明かすあのサウンドの正体 第10回 サカナクション、Chara、フジファブリック、女王蜂、米津玄師らを手がける土岐彩香の仕事術(後編)

ナタリー

19/12/13(金) 17:00

土岐彩香

誰よりもアーティストの近くでサウンドと向き合い、アーティストの表現したいことを理解し、それを実現しているエンジニア。そんな音のプロフェッショナルに同業者の中村公輔が話を聞くこの連載。土岐彩香の後編では、フジファブリック、米津玄師、Lucky Kilimanjaro、女王蜂の楽曲解説をお届けする。

前編はこちら

フジファブリックの「手紙」は「ちょっと足りないくらいがちょうどいい」

──土岐さんの仕事全般に言えると思うのですが、ボーカルの修正がとても丁寧ですよね。修正しているのがわかってしまうメジャー作品も多い中、どう考えても直してないわけないだろうと思うけれど、直してるのがわからない仕上がりで、そういうところにもエンジニアとしての意気込みを感じます。

歌直しはタイミングもピッチも本当に時間をかけて相当細かくやっているので、おそらく一聴して誰もわからないだろうという自負はあります。修正を感じさせるようなものはプロとしてありえないと思っているし、歌録りと歌直しだけで呼んでくれるプロデューサーの方もいますね。あまりにきっちり直すと、音としては合ってはいても音楽的につまらなくなることも多いので、グリッドに合わせていくのではなくて、毎回耳で聴きながら判断しています。

──またフジファブリックの「手紙」を聴いていても思うんですが、土岐さんのサウンドはギターのサウンドがロックだとかハードロックのギターの快感と違うところで鳴っている気がするんですよね。かと言って、ニューウェーブのようにギターの快感の逆に振れているわけでもない。そのあたりはどういう考えでやっているんでしょうか?

アンサンブルとして聞こえてほしいところを出していったら自然とそうなっただけで、特に意識してやっているわけではありません。私に依頼される曲が、ドラムとベースが大きめで、ギターがあまり大きい音にならないアレンジが多いからかもしれないです。昔のギターロックを遡って聴いていた時期もあるんですけど、それを聴いて思ったのが「ギターのローが出ていてカッコいいな」ではなくて、「ドラムが薄いな」だったんですよ。メタルのようにエフェクトでローを足していくような処理は、それによって失われるものもあると思うのでやってないです。欲しい帯域があれば録ってるときに気付くじゃないですか? 「この帯域が空いちゃうから埋めたいな」という部分は音色を変えてもらうとか、プレイでオクターブ下を足してもらうとか、その場で対処してもらうので。

──なるほど。

「手紙」では「ちょっと足りないくらいがちょうどいい」という感覚で、加工しすぎないようにしてます。同じ部屋でベースやギターが鳴っているのがわかるような、空間としてのバンド感を大切にしました。ドラムもオンマイクを多すぎないようにして、ドラムセットが鳴っているような空気感にして。ミックスでいろいろやることで魅力的になる曲もあると思うんですけど、「手紙」に関してはミキサーの存在を感じさせたくないなと思ってやりました。

米津玄師の声は楽器の一部

──米津玄師さんの「リビングデッド・ユース」はバンドのようなアレンジになっていてもバンドとは明確に違うし、ミックスの仕上がりも違いますが、特に意識してやっていたことはありますか?

米津くんは本人に完成形のイメージが最初からハッキリとあるので、大幅に変えてミックスするよりは「これはきっとこうしたいんだろうな」と意図を汲んで増幅させるというか、本人の正解に近づけていくイメージですね。彼は楽器の一部としての声サンプルとか、なんの音かわからないようなパーカッションっぽい音をけっこう入れてくるんですよ。その質感と普通の生音だと合わないので、ちょっとトリッキーな音にしたり、リズムを近めな音にしたりしました。

──では録りの時点では特に変わったことはしていない?

そうですね。打ち込みのリズムの上でさらに生ドラムが入るとか、16分音符を刻むアルペジエーターが出てくるときには、それを聴きながらカッチリとプレイしてもらうくらいで。その中でも生のハットはどうしても揺れますけど、「それはそのままのほうが気持ちいいね」ってなったら、そのまま置いておくし。

──米津さんも山口一郎さんと同様に強いこだわりを持った方だと思うのですが、印象に残っているエピソードなどありますか?

米津くんの場合、本人が作ってできあがったものをスタジオで生に差し替えて行く作業なんですよ。スタジオで作曲しているわけではないので、サカナクションと違ってどういうふうに作ってるかまではわからないです。ただ、曲を作るスパンがものすごく短いし、アレンジも面白いし、毎回「この人、ホント天才だな」と思ってます(笑)。あと米津くんは自分で絵も描きますよね? 憶測ですけど、きっと彼もミックスに関して色や質感が情景として見えているタイプなんじゃないですかね。

──Lucky Kilimanjaroはミックスだけ担当されていますが、ほかと何か違いはありますか?

まず、一聴してキックがでかい(笑)。曲を作っている熊木幸丸くんも明確にやりたいことがあって、自分でミックスもできるんですけど、どうブラッシュアップしていこうかと話したときに、好みがぴったりと合ったんですよね。ここ数年、私はダンスミュージックを好んで聴いていて、最近だとレコード買い漁ってDJをしているくらいミニマルテクノが好きなんですけど、バンドのコンセプトも「毎日踊らせる」なので、とにかく踊らせるようなミックスにしています。

──ちなみに、マイクプリアンプなどはどのようなものを使っていますか?

SSLだったりNEVEだったり、わりとミキサー内蔵のHA(ヘッドアンプ)を使うことが多いです。HAをいろいろ細かく変えるのは好きじゃなくて、特にドラムとか同じ楽器に何本もマイクを立てるときは、まとめて同じので録りたい。ギター録りにはAPIのEQを挟んだりとこだわってますけど。でも録音のときには、キックやスネア以外にはほとんどEQもコンプもかけないですね。

アヴちゃんは歌の力が強い

──女王蜂の「Q」はとても音抜けがいいですが、これも同じようなセッティングで録っているんでしょうか?

これはマイクプリにGML 8300を使って録ってますね。歌とアコギとピアノはGMLで録るのが大好きで、最近ようやく自分のものを買ったんです。アコギのマイクはネック側にNEUMANN KM84、ボディ側にNEUMANN U67という感じで2本立ててステレオにしていて、それで広がって聞こえているんだと思います。アヴちゃんは歌の力が強いので、この曲はリバーブを含めたボーカルがメロディの抑揚に対してどのくらいの音量や速度で消えていくのがベストかを考えながら丁寧に処理しました。

──余韻を細かいところまで聴き分けるには、繊細な再生ができるモニター環境が必要ですが、どのような環境でミックスしているんでしょうか? ヘッドフォンとスピーカーの使い分けは?

この曲はスタジオでミックスしました。スタジオではFOCALのSolo6、自宅ではFOCALのヘッドフォンとATCのスピーカーを使っています。ATCは小音量でも余韻が聞こえやすいのでいいですよ。余韻とか音色を作るときはヘッドフォンが多いんですけど、立体感とか広がりの確認はスピーカーでやっています。

──土岐さんは女王蜂のライブ音源のミックスもやっていますが、こちらは通常のミックスとどういう違いがありますか?

曲ごとに違うサウンドを作るのではなくて、全体を通して1つの作品になるようにしています。例えばギターの音色がいきなり変わっちゃうと違和感があるのでリバーブとかディレイは共通のいくつかのパターンを作って組み合わせることで、全体の統一感が出るように作ってますね。また、できる限り最終のカット割りを観させてもらうようにしていて、例えばベーシストが抜かれるときはベースの音が聞こえるようにボリュームを調整したり。ライブって会場で大音量で鳴っているし視覚的な情報もあるし、あとから振り返って聴くよりも格段にいい音楽を聴いたと感じると思うんですよね。そういう人たちが改めて聴いたときに「そうそう、このライブ最高だったんだよね」と思ってもらえるように、というのは意識しますね。

若い世代の音を既存の枠に収めちゃいけない

──土岐さんがエンジニアの仕事をしていてよかったと思うのはどんなときですか?

もう全部ですね(笑)。いろいろなアーティストの方と仕事をしていて、それぞれ考え方は違うけど、みんな真剣なんですよね。命を削って音楽をやっている人に同じ熱量でぶつかっていくと、生きてる実感があります。

──新しい人もたくさん出てきていますが、今後はどういう仕事をしていきたいですか?

洋楽と邦楽を隔たりなく聴いてきた若い世代は耳が肥えていて面白いことをしているので、私たちが昔の慣習に従って既存の枠に収めちゃいけないと思っています。興味のあるサウンドが鳴っていて、そこでの発見があり、毎日好奇心が刺激されるという、本当に恵まれた環境で仕事をさせてもらっているので、これからも一緒にカッコいい音楽を作れたらなと思ってます。

土岐彩香

2009年に青葉台スタジオに入り、2018年に独立。サカナクション、フジファブリック、女王蜂、米津玄師、Chara、Lucky Kilimanjaro、家入レオ、Yap!!!らの作品に携わる。またミニマルテクノのDJとしても活動している。

中村公輔

1999年にNeinaのメンバーとしてドイツMile Plateauxよりデビュー。自身のソロプロジェクト・KangarooPawのアルバム制作をきっかけに宅録をするようになる。2013年にはthe HIATUSのツアーにマニピュレーターとして参加。エンジニアとして携わったアーティストは入江陽、折坂悠太、Taiko Super Kicks、TAMTAM、ツチヤニボンド、本日休演、ルルルルズなど。音楽ライターとしても活動しており、著作に「名盤レコーディングから読み解くロックのウラ教科書」がある。

取材・文 / 中村公輔 撮影 / 大槻志穂

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