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池上彰の 映画で世界がわかる!

『ラスト・フル・メジャー 知られざる英雄の真実』─生き残っても悲惨な人生が続くベトナム戦争の傷跡

毎月連載

第33回

アメリカは、いまだにベトナム戦争の傷が癒えていないのだと思わせる映画です。

首都ワシントンのホワイトハウスにほど近いナショナルモールには、ベトナム戦争戦没者慰霊碑があります。

黒い花崗岩の壁面には、ベトナム戦争で戦死した5万8000人以上の兵士の名前が刻まれています。この映画では、この壁面がオーバーラップする形でしばしば登場します。

ベトナム戦争は、腐敗した南ベトナム政府に反対する知識人や農民が結成した南ベトナム民族解放戦線がゲリラ闘争を仕掛けたことから始まります。解放戦線を共産主義の北ベトナムに支援された勢力だと見たアメリカが、南ベトナム政府を支援して派兵したことによって続いた戦争です。最盛期には50万人を超える兵士がベトナムの地に送り込まれました。

戦争が続くうちに、解放戦線のメンバーは次々に戦死し、北ベトナム軍の正規兵が穴埋めに入ってきます。

南ベトナムのジャングルでの戦争は、アメリカ軍兵士にとって不利な戦い。大勢の若者が命を落としました。

この映画も、そんな戦いが舞台です。北ベトナム軍の精鋭に囲まれたアメリカ陸軍の兵士たちは、次々に銃弾に倒れていきます。

そこへ救出に駆け付けたアメリカ空軍のヘリコプター。衛生兵ピッツェンバーガー上等兵が地上に降り立ち、負傷兵を救出するのですが、彼はヘリに戻らず、地上の兵士たちと戦って戦死してしまいます。

英雄的な戦いでした。生き残った戦友たちは、戦死した上等兵に、アメリカ軍の兵士に与えられる最高の名誉である“名誉勲章”が授与されるように働きかけるのですが、なぜか却下されてしまいます。却下されたことに憤った仲間たちは、授与されるように30年以上にも渡って求め続けますが、顧みられることはありませんでした。

なぜ却下されてしまったのか。アメリカ国防総省のエリート職員スコット・ハフマンは、気が進まないまま調査を担当することになりました。そのために、かつての戦友たちの証言を集めようとするのですが……。

当時の戦場でいったい何があったのか? やがて明らかになる悲惨な現実

1970年代、悲惨なベトナム戦争からの帰還兵たちは、戦場のトラウマから心身を病むようになります。

しかし、祖国は彼らを温かく迎えてくれることはありませんでした。当時のアメリカでは、ベトナム戦争反対運動が盛り上がり、帰還兵たちは冷たい扱いを受けたのです。彼らは、その後もアメリカ各地でひっそりと生きていくようになります。

ハフマンは、そんな戦友たちに話を聞きに各地を訪ねるのですが、精神を病んだ男たちや、社会復帰できない男たちと遭遇します。ベトナム戦争の傷跡は、いまも残り、戦友たちに冷たい対応を受けてしまいます。

戦争で生き残っても、悲惨な人生が続く。これが戦争です。ベトナム戦争の後も、アメリカはアフガニスタンやイラクで戦争を始め、いまも多くの心を病んだ若者たちを生み出しています。

それにしても、当時その戦場で、いったい、何があったのか。

映画の題名の『ラスト・フル・メジャー』とは、1863年、アメリカのエイブラハム・リンカーンの演説の一節です。「最後の全力を尽くして」という意味で、戦死者の栄誉を称えた文章です。

最初は気乗りしなかったハフマンですが、戦友たちの思いや、戦死したピッツェンバーガー上等兵の両親に会うことで、真相究明にのめり込んでいきます。

しかし、彼の出世にとってはプラスになりません。それどころかマイナスになってしまうのです。それは、なぜか。ピッツェンバーガー上等兵が仲間を救おうとして戦死した場所の戦いの真相が明るみに出ると、都合の悪い軍の首脳がいたからなのです。

さて、ハフマンは、どう行動すべきか。史実にもとづいたこの映画は、戦場への兵士たちの命がいかに軽く扱われ、人々の心に傷跡を残している現実を描き出しています。

掲載写真:『ラスト・フル・メジャー 知られざる英雄の真実』
(C)2019 LFM DISTRIBUTION, LLC

『ラスト・フル・メジャー 知られざる英雄の真実』

2021年 3月5日(金)よりシネマート新宿ほか全国ロードショー
配給:彩プロ 
監督・脚本:トッド・ロビンソン
出演:セバスチャン・スタン、クリストファー・プラマー、ウィリアム・ハート、エド・ハリス、サミュエル・L・ジャクソン、ピーター・フォンダ、ジェレミー・アーヴァイン、ダイアン・ラッド、エイミー・マディガン、ジョン・サヴェージ

プロフィール

池上 彰(いけがみ・あきら)

1950年長野県生まれ。ジャーナリスト、名城大学教授。慶應義塾大学経済学部卒業後、NHK入局。記者やキャスターをへて、2005年に退職。以後、フリーランスのジャーナリストとして各種メディアで活躍するほか、東京工業大学などの大学教授を歴任。著書は『伝える力』『世界を変えた10冊の本』など多数。

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