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シシド・カフカに見る、主演女優の輝き 『ハムラアキラ』で新しい女探偵の誕生

リアルサウンド

20/3/7(土) 12:00

 役者というのはすごいもので、「これほどまでにハマるのか」と思うような「ハマり役」を日々あちこちで生み出し続けている(もちろんキャスティングをする人もすごい)。

 シシド・カフカが演じた『ハムラアキラ~世界で最も不運な探偵~』(NHK)のハードボイルドな女探偵、葉村晶もそんなハマり役の一つ。いや、さまざまな役者たちによるハマり役の中でも頭一つ抜け出ているぐらい、ハマっていた。

 葉村晶はミステリー好きの34歳・独身。ワケありの転職と転居を10数回も繰り返し、今はミステリー専門書店「MURDER BEAR BOOKSHOP」のバイト店員兼オーナーが道楽で始めた「白熊探偵社」の探偵をしている。性格はタフでクール。生活はシンプルというか質素。調査に手加減をしないため、何かと災難を呼ぶことから「世界で最も不運な探偵」と呼ばれることになった。

 原作は若竹七海による推理小説『葉村晶シリーズ』。すでに25年以上続いているシリーズだが、小説の中で葉村晶の容姿はほとんど触れられていない。ドラマ化に際して発表された「葉村晶からハムラアキラへ」という小文には「めだたない容姿」とだけ書かれていた。それに比べると、シシド・カフカが演じる葉村晶は十分目を惹く容姿をしている。

【写真】『ハムラアキラ~世界で最も不運な探偵~』場面写真

 身長175センチ。長すぎる手足に細い首。いつもモノトーンの服を着ているのは、黒い服を好むからチェコ語で「コクマルガラス」を意味する「カフカ」という名を名乗ったシシド・カフカ本人のイメージそのまま。黒のスキニーパンツとDr. Martensの10ホールブーツを愛用している。美人だが、周囲の誰からも「女」扱いされていない(それが観ていて気持ちいい)。モシャッとした髪型は、どこか伝説のドラマ『探偵物語』の松田優作を思い起こさせるが、ドラマの公式サイトには「新時代の『探偵物語』」と銘打たれているので、ちゃんと意識しているのだろう。前髪の奥に隠れている猫のような目は、たまにカッと見開かれる。

 シシド・カフカのルックスもクールなら、スタイリッシュな映像も(名古屋の街があんなにカッコ良く見えるとは)、菊地成孔による音楽もひたすらにクール。こんなに幸せな原作とドラマと女優(彼女の本業はミュージシャンだけど)の出会いがあるなんて思わなかった。原作のイメージをぴったりなぞっているからハマり役になったんじゃなくて、原作小説のエッセンスをスタッフとキャストがしっかり咀嚼したからハマり役になった。これまで日本になかったタイプの新しい女探偵の誕生だ。

 だけど、葉村晶は「冷血」というわけではない。シシド・カフカは葉村晶のことを「クールに見せておきながら、ものすごくおせっかいな人」と表現している。つっけんどんな態度でいるが、困っている依頼人がいたら放ってはおけない。

 世の中で女性が求められがちな「しなやかさ」とは無縁の存在で、トラブルに巻き込まれるたびに頭から血を流したり、あちこちケガをしたりしている。書店オーナーの富山泰之(中村梅雀)曰く「トラブルメイカー・マグネット」。

 彼女が探偵の仕事でかかわる人たちは、己の不幸を呪って他人に生まれ変わろうとする実の姉・珠洲(MEGUMI)や、心を寄せていた同性の親友に拒絶された学者・環(松本まりか)、人々の悪意に向き合いすぎてこの世に絶望した“濃紺の男”(野間口徹)など、心に深い闇を抱えている人が多い。依頼に全力で応えようとして、また体や心にケガを負う。無表情を装っているけど、内面はものすごく揺れている。その繰り返しだ。けっして器用な生き様ではないが、それこそハードボイルドだと思う。

 シシド・カフカの女優としての面が多くの人に知られたのは、NHKの朝ドラ『ひよっこ』で主人公と同じアパートに住むOL・久坂早苗役だろう。気性が激しく、毒舌家で、いつも何かに苛立っている。だけど、実は人情家で、主人公を励ましつつ、渡米した想い人をずっと待っている……という役柄だった。ドラマデビュー作の『ファーストクラス』(フジテレビ系)はディフォルメされた「強い女」の役だったが、『ひよっこ』の早苗役については「単に『強い』のではなくて、『強がっている』のだと思います。そういう不器用な感じを表せたらと思って」と分析していた(ザテレビジョン 2017年8月12日)。

 『わたし、定時で帰ります』(TBS系)で演じていた無遅刻無欠勤の社員・三谷も、不器用な真面目さが視聴者の胸に迫るような役柄だった。以前所属していた会社でパワハラを受け、解雇を恐れて人の倍ほど働くようになり、新入社員に厳しく接して反発される。傷つき続けてハードボイルドになったのに、また傷ついてしまう。どこか葉村晶と共通する部分もあるように感じる。

 クールに見えるけど本当は熱くて、不器用なほど真面目で、何度も傷つくけど、そのたびにしたたかに立ち上がる。そんな役を演じるとき、シシド・カフカの魅力が発揮されるようだ。今は『ハムラアキラ』のシリーズ化を強く願っている。

(大山くまお)

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