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ボカロ曲の流行の変遷と「ボカロっぽさ」についての考察(5)ナユタン星人、バルーン、ぬゆり、有機酸ら新たな音楽性の台頭

リアルサウンド

20/10/11(日) 12:01

ボカロ曲の流行の変遷と「ボカロっぽさ」についての考察(4)n-bunaとOrangestarの登場がもたらした新たな感覚 から続き)

 前々回軽く触れたように、『カゲロウプロジェクト』の楽曲展開が一旦完結した後の2013年中頃~2015年末のボカロヒットチャートには、n-bunaやOrangestarらの活躍はあったものの停滞感が漂っていた。そんな「焼け野原」に2016年の年明け早々、風穴を開けたのは他でもないDECO*27「ゴーストルール」なのだが、当連載的に重要なのはそれに続けてヒットしたナユタン星人、バルーン、ぬゆり、有機酸らだろう。それぞれ順に見ていこう。

 ナユタン星人は2015年7月1日投稿の「アンドロメダアンドロメダ」でボカロPとしての活動を始める。この1作目からして話題を呼びはしたが、明確なブレイクのきっかけは2016年4月5日投稿の「エイリアンエイリアン」だろう。ナユタン星人はフジファブリックの志村正彦から多大な影響を受けていることを公言しており、「アンドロメダアンドロメダ」のサビ前などは完全に「夜明けのBEAT」のオマージュだ。要所要所にこぶしを挟むボーカルスタイルも似ている。ボーカルのニュアンスまでもが作曲であることを改めて思い知らされるし、それをVOCALOIDでエミュレートするということはニュアンスを身体から引き剥がす楽譜化だという点も面白い。

ナユタン星人 – エイリアンエイリアン (ft.初音ミク) OFFICIAL MUSIC VIDEO

 大半の楽曲においてドラムは4つ打ち+裏打ちハイハットを徹底しており、ダンスロックである点ではwowakaと共通するが、ナユタン星人のBPMは比較的落ち着いている。wowakaの再生数上位5曲の平均BPMが190.4(最大値222、最小値159。ナユタン星人登場以降に投稿された復帰作「アンノウン・マザーグース」は除外)、kemuが210.4(最大値284、最小値186。wowakaと同様の理由で「拝啓ドッペルゲンガー」は除外)であるのに対し、ナユタン星人は161.4(最大値190、最小値145)だ。3rdアルバム『ナユタン星からの物体Z』(2018年)では歌謡曲にも接近しており、その意味でもSPARTA LOCALS~wowaka的なものよりはフジファブリック~フレデリック(や、KANA-BOON)的な系譜にあると言えそうだ。ただし、Aメロでギターが抜けたりサビ後半でハイハットがライドシンバルに変わる展開はwowakaフォロワー的でもある。wowakaの提示したフォーマットに乗っ取りつつ同時代や直近の邦ロックへの接近を図ったのがナユタン星人なのではないだろうか。

ナユタン星人 – 惑星ループ (ft.初音ミク) OFFICIAL MUSIC VIDEO

 バルーン(須田景凪)は2013年4月30日投稿の「造形街」でボカロPとしての活動を始め、2016年10月12日投稿の「シャルル」で本格的にブレイクする。世間的にはカラオケの定番曲として有名だろう。JOYSOUNDの年代別年間ランキングでは、2017~2019年の3年間にかけて10代に一番歌われている楽曲となっている(参照:JOYSOUND 201720182019)。

シャルル/flower

 ダンスロックという意味ではナユタン星人と同じ分類ができるが、ビートに着目してみると「シャルル」はソカ的だし、「花瓶に触れた」では全体を通して2-3ソン・クラーべが鳴っている。ナユタン星人が(隔世遺伝的な)ディスコ由来のダンスロックであるのに対して、バルーンはさらにラテンミュージックの要素を加えたダンスロックであると言える。これはバルーン本人も示している通り、ルーツだというポルノグラフィティの影響もあるだろう(ちなみに、同時代のソカ的なビートを用いたヒット曲としてはLuis Fonsi「Despacito ft. Daddy Yankee」(2017年)や、[Alexandros]「ワタリドリ」(2015年)などが挙げられる)(参照:音楽ナタリー)。また、バルーンの平均BPMも155.6(最大値195、最小値120)とやはり一時期と比べかなり遅い。これらの比較的低BPMのVOCAROCKのヒットはn-bunaがもたらした感覚の延長にあると言えるだろう。その一方で、「メーベル」や「嘯く終日」などに顕著なスケール外の音を用いたり、コーラスなどのモジュレーション系のエフェクトをかけたリードギター/シンセはハチ~初期米津玄師を思わせもする。

メーベル/flower

 この時期のダンスロックの流行は『ドンツーミュージック』というコンピレーションアルバムシリーズのリリースが象徴している。また、このアルバムに参加しているナユタン星人、はるふり、和田たけあき(くらげP)は、「単色背景+少女」のイラストという動画スタイルも共通しており、このスタイルのヒット曲を持つボカロPが集まった『モノカラーガールスーパーノヴァ』というコンピレーションアルバムもリリースされている(先の3人も参加)。音楽と直接的には関係ないが、これもこの時期の流行の1つと言えるだろう。『モノカラーガールスーパーノヴァ』に参加しているボカロPの中では石風呂が一番古くからこのスタイルを採用しているし、参加していない著名ボカロPでも、ただのCoやshrや椎名もたなどが用いているが、この時期の流行の発端となったのは、ダンスロックであり、後述する「Just the Two of Us進行」でもある2015年1月4日投稿のはるふり「右に曲ガール」なのではないだろうか。

【重音テト】右に曲ガール【オリジナル】

 ぬゆりの現存する最古のボカロ曲は2012年5月19日投稿の「いたましくてたくましくて」だ。2014年投稿の「DE-Pression」、2015年投稿の「錯蒼」などもヒットしたが、本格的なブレイクのきっかけは2016年9月10日投稿の「フラジール」だろう。

フラジール – GUMI / Fragile – nulut

 ハヌマーンや東京事変などに影響を受け、主にロックを手掛けてきたぬゆりだが、この楽曲はハウスなどのクラブミュージックとスウィングジャズを融合させた「エレクトロスウィング」というジャンルに分類されるという見方が一般的だ。「フラジール」以前にもbaker「夏に去りし君を想フ」(2011年)、蜂屋ななし「ONE OFF MIND」(2016年2月)といったエレクトロスウィングのヒット曲は存在したが、2016年以降のボカロシーンにおける「流行」はこの楽曲によるものが大きいだろう。元来のエレクトロスウィングはブラスが用いられる点も特徴なジャンルであるが、ぬゆりの楽曲には主役級と言えるほど目立ったブラスは見られない。これはこの後のボカロシーンにおけるエレクトロスウィング楽曲の多くにも共通する点だ。「フラジール」が与えた影響はこれだけに留まらない。残響音の無い(あるいは少ない)スパッと切れる音が特徴の「リリースカットピアノ」の流行にも寄与したことは間違いないだろう。また、「ロンリーダンス」ではUKガラージ/2ステップ的なビートも取り入れている。これらのクラブミュージックへの傾倒は、音楽ゲームのコンポーザーとしても活動していることと無関係ではないだろう。

ロンリーダンス – flower / Lonely Dance – nulut

 有機酸(神山羊)は2014年11月12日投稿の「退紅トレイン」でボカロPとしての活動を始め、2016年10月20日投稿の「lili.」でブレイクする。

有機酸/ewe「lili.」feat.flower MV

 有機酸とバルーンは親交が深く、共同でスプリットアルバムもリリースしていることから共に語られることも多いが、ここではバルーンではなく「エレクトロニックミュージック」という枠でぬゆりと一緒に括りたい。とは言えこれはざっくりとした分類で、両者の音楽性は異なる部分も大いにある。ぬゆり(のエレクトロスウィング曲)は4つ打ちのキックとサイドチェイン(これ以外の用法もあるが、簡単に言えばキックに合わせてシンセやベースの音量を変化させる手法)のかかったシンセなどによって裏拍が強調されたアッパーなクラブミュージックという趣きだが、有機酸の代表曲は4つ打ちではない/キックが強調されていない場合も多く、裏拍のアクセントもそこまで強くない。もちろんここまで単純に分類できるものではないが、ここから両者の志向の違いを読み取ることは可能だろう(ちなみに、ぬゆりの上位5曲の平均BPMが130.8、有機酸が110.8だ)。エレクトロニックピアノがよく用いられる点などからも、エレクトロニカやR&Bに近い印象を受ける。ただし、シンガーソングライター名義である神山羊の楽曲「Child Beat」ではJuke/footworkを取り入れたり、「YELLOW」では4つ打ちのキックが強調されているなど、クラブミュージック的なアプローチの楽曲も存在する。

有機酸/ewe「カトラリー」feat.初音ミク MV

 2016年以前にもエレクトロニックミュージックを手掛ける著名ボカロPとして、八王子P、niki、ねこぼーろ、椎名もたなどはいたが、特大ヒットとまではいかなかったり、同じムードを共有するボカロPたちが台頭しなかったりと、2009年頃のロック流行以降はなかなかシーンの中心の流行とまでは言えずにいた。しかし、ぬゆり、有機酸以降は、はるまきごはん、春野、歩く人、大沼パセリといったボカロPたちが次々とヒットし、ボカロヒットチャートに新たな風が持ち込まれたのだ。これも2014年頃のOrangestarやGigaなどによる非ロック的な感覚があってのものではないだろうか。

メルティランドナイトメア / はるまきごはん feat.初音ミク – Melty Land Nightmare

 ナユタン星人とバルーンのダンスロック、及びぬゆりと有機酸のエレクトロニックミュージックはジャンルの特徴的にはそこまで類似点はないが、楽曲単位で見ていくといくつかの共通点が浮かび上がる。1つはハチの節で少し触れた「Just the Two of Us進行(丸サ進行/丸の内進行)」だ。ナユタン星人を除く3人のそれぞれ上位5曲にはこのコード進行を採用した楽曲がある。そもそもこの進行は名前の通り、Grover Washington Jr.「Just the Two of Us」や椎名林檎「丸の内サディスティック」で用いられている進行だが、この他にも数多くの楽曲で用いられており、特別珍しい進行ではない。これはボカロ曲も例外ではなく、2016年以前にもこの進行のヒット曲は多く存在する。とは言え、先の3人のヒット以降、以前にも増して見られるようになったことは確かだろう。2007~2019年の各年のニコニコ動画で再生数1位のボカロ曲を見てみると、ハチ「マトリョシカ」(2009年)、みきとP「ロキ」(2018年)、DECO*27「乙女解剖」(2019年)の3曲がサビでこの進行を用いている。また、邦楽との同時代性としては、いわゆるネオ・シティポップやKawaii Future Bassといったジャンル/シーンにこの進行が多い。その点では、2017年3月9日投稿のR Sound Design「帝国少女」も特筆に値するだろう。ジャンル的には近年のチルなシティポップが近いだろうし、後半で半音ずつ順次下降するコード進行は(コード自体は違うものの)Kawaii Future Bassに頻出するものだ。

帝国少女/R Sound Design feat.初音ミク-Imperial Girl

 使用VOCALOIDも共通する点だ。バルーン、ぬゆり、有機酸は共に「flower(v flower)」というVOCALOIDを用いている。このflowerの声はエレクトロスウィングやリリースカットピアノ同様、この時期の流行のムードを決定づける音色だが、ナユタン星人は初音ミクを用いるのみ(コンピレーションアルバムのために例外的に夢眠ネムを用いた楽曲は存在)。こうして見てみると、ナユタン星人は他3人とはスタンスが違うように思える。実際、バルーンは須田景凪、ぬゆりはLanndo、有機酸は神山羊と名義を変えシンガーソングライターとしての活動を開始したが、ナユタン星人のボカロP以外の活動はナナヲアカリ、すとぷり、ピンク・レディーなどのアーティストへの楽曲提供に留まる(この記事の執筆途中に本人ボーカル曲「halo」が投稿されたが、メタな話をしてしまえばかなりピッチシフトなどの加工が施されており、先の3人と同列には語りづらい)。

 リリースカットピアノにも触れておこう。これは決してこの時期に突然現れた要素ではない。これまで当連載に名前が登場したTreow、sasakure.UK、ハチ、kemu、150P、スズム、椎名もた、あるいは、まふまふ、lumo、TaskなどのボカロPも用いており、ボカロ曲の歴史の中に遍在することがわかる。その中でもスズム「世界寿命と最後の一日」(2013年)、lumo「逃避ケア」(2012年)、150P「孤独ノ隠レンボ」(2012年)、まふまふ「戯曲とデフォルメ都市」(2014年)などに見られる音価を短くし、少し隙間を空けて刻むように鳴らす用法は2016年以降によく見られる用法と近い。後ろの2曲はギターのエディットも特徴的で、この2つの要素は共通の感覚に基づいて導入された要素のようにも思える。ボカロシーンにおけるエレクトロニックミュージックの流行はそれ以前のロックの流行と分断されたもののようにも思えるが、エディット/性急性/技巧性への興味など、通底している部分もあるのではないだろうか。

 また、2011年1月20日投稿の椎名もた「ストロボラスト」はJust the Two of Us進行とリリースカットピアノの両方を用いた最初の大ヒットボカロ曲だろう。エレクトロニックミュージックのヒット曲という意味でも、2016年以降のボカロ曲への影響力、あるいはそれらがヒットすることが可能な土壌の形成への寄与などは無視できないものであるように思える。

 このように、ボカロシーンに(比較的)低BPMのダンスロックやエレクトロニックミュージックの台頭といった出来事が起こったのが2016年なのである。特に後者はボカロシーンの音楽的な流行を体系的に見ていく上で決して欠かせない出来事だと筆者は考える。次回はそんな出来事が後続のボカロPにどのような影響を与えるのか、そして「ボカロシーン」に関する大きな変化について見ていこうと思う。

ボカロ曲の流行の変遷と「ボカロっぽさ」についての考察(6)syudouと煮ル果実の功績、YouTube発ヒット曲の定着 に続く)

■Flat
2001年生まれ。音楽を聴く。たまに作る。2020年よりnoteにてボカロを中心とした記事の執筆を行う。noteTwitter

ボカロ曲の流行の変遷と「ボカロっぽさ」についての考察

・(1)初音ミク主体の黎明期からクリエイター主体のVOCAROCKへ
・(2)シーンを席巻したwowakaとハチ
・(3)kemuとトーマ、じんが後続に与えた影響
・(4)n-bunaとOrangestarの登場がもたらした新たな感覚
・(5)ナユタン星人ら新たな音楽性の台頭
・(6)YouTube発ヒット曲の登場

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