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誰もが戦争の犠牲者である―ミュージカル『マタ・ハリ』観劇レポート

ぴあ

ミュージカル『マタ・ハリ』より 左からマタ・ハリ役(Wキャスト):柚希礼音、ラドゥー役(Wキャスト):加藤和樹  撮影:岡千里

ミュージカル『マタ・ハリ』が6月15日より東京建物 Brillia HALLで上演中だ。『ジキル&ハイド』などを手がけるブロードウェイの人気作曲家フランク・ワイルドホーンが音楽を担当し、2016年に韓国で初演されたミュージカル。日本では2018年に石丸さち子の演出により初演された作品が、3年ぶり、待望の再演だ。今回は初演にも出演した柚希礼音、加藤和樹、東啓介に加え、愛希れいか、田代万里生、三浦涼介らが初参加。主要3役がすべてダブルキャストとなり、さらに深みを増した『マタ・ハリ』が誕生している。

物語は、1917年のパリが舞台。ヨーロッパ全土を巻き込む第一次世界大戦が長引き市民は疲弊していた。そんな中、エキゾチックで官能的なダンスで人々を虜にしているダンサーがいた。名はマタ・ハリ。ジャワ出身だというこの謎めいた美貌のダンサーはヨーロッパ中で引っ張りだこ。国境をまたぎ活躍するその存在に目をつけたフランス諜報局のラドゥー大佐は、彼女にスパイになるよう圧力をかける。同じ頃、マタは戦闘機パイロットの青年アルマンと出会い恋に落ちるのだが――。

左からアルマン演じる東啓介、ラドゥー大佐演じる田代万里生 撮影:岡千里

世紀の女スパイ、フランスとドイツの2国を渡り歩いた二重スパイ……。死後百年たってもその名はセンセーショナルな響きをもって伝えられているマタ・ハリだが、このミュージカルでは、彼女の育った背景を繊細に掬いあげ、戦時下に生きたひとりの女性としての素顔を描きだしたところに魅力がある。ダンサーとして賞賛の声を一身に受ける一方で、不幸な過去から負った心の傷を常に抱えた女性。それでも自分の人生を自分で切り開こうとする意志の強さ。そこには人間的魅力と確かな肉体を持ったマタ・ハリがいる。

マタ・ハリ役(Wキャスト):柚希礼音 撮影:岡千里

そのマタ・ハリを演じるのは柚希礼音と愛希れいか。ふたりとも宝塚在籍時から名ダンサーとして知られていたスターであり、美貌のダンサーはハマり役。柚希は初演から続投、3年前は“元男役スター”のイメージを払拭した少女らしい瑞々しさが印象に残ったが、今回は強く気高いマタ・ハリだ。ダンスシーンでのスターオーラとあふれ出る色気は観るものを捕えて離さず、まさに“完全なるマタ”だと唸らされる。

マタハリ役(Wキャスト):愛希れいか 撮影:岡千里

一方で、恋人・アルマンとのシーンで見せる穏やかな顔や、緊迫感溢れるスパイシーンなど、すべての局面の心情描写が丁寧で、観ていても自然とマタに感情移入してしまう。対する愛希は今回初参加。細身で可憐な外見から想像していたものより、肚の座ったマタ・ハリで、その分、悪女感が増していて面白い。そしてやはりこの人も名ダンサーだけあって、「寺院の踊り」のしなやかさ、美しさは印象深い。

Wキャストによって深みの増したキャラクター像

マタにスパイ活動を強いるラドゥー大佐は前回から続投の加藤和樹、初顔の田代万里生。過酷な前線で兵士たちが命を落としていることに心を痛め、強引な方法でマタを取り込むが、自分自身がそのマタに惹かれていってしまうという難しい役どころだ。加藤・田代とも、それぞれの真面目な個性が役に投影されたか、根本にある“軍人としての正義”がきちんと見えるところがいい。しかしその後の歪み方が、自らの暴走に苦しんでいるような加藤ラドゥー、箍が弾け飛んでしまったかのような狂気を感じる田代ラドゥーと対極だったのが面白い。

ラドゥー大佐役(Wキャスト):加藤和樹 撮影:岡千里
ラドゥー大佐役(Wキャスト):田代万里生 撮影:岡千里

マタ・ハリと運命の恋に落ちるパイロット・アルマンは三浦涼介、東啓介のダブルキャスト。初演も出演した東は、近年大型ミュージカルで次々と主要な役を演じている経験を持ってふたたび挑むアルマンだ。まずは歌唱力、演技力、すべてにおいて強度が増したその成長っぷりに感動。特に1幕後半、逃亡を試みた若きパイロット・ピエールと語るシーンの懐の深さに、俳優としての成長を感じた。マタを優しく見つめる太陽のようなあたたかさがあるアルマンだ。

アルマン役(Wキャスト):東啓介 撮影:岡千里

対して三浦は、どこか危うさも感じるほど情熱的な愛をマタにぶつけている。二者まったく異なる角度から役を捉えていて、ダブルキャストの面白さを感じた。ちなみに筆者は柚希マタ×東アルマン、愛希マタ×三浦アルマンの組み合わせで観たのだが、前者は同じ傷を抱え慈しみあっているように感じ、後者はそれぞれ欠けた部分を補うかのように求めあう恋人たち、に感じた。

アルマン役(Wキャスト):三浦涼介 撮影:岡千里

キャスト陣の丁寧なキャラクター造形で、マタ・ハリに限らず、アルマンも、ラドゥーさえも戦争の犠牲者である……というテーマ性が、リアルに浮かび上がる。石丸さち子の演出は、キャラクターの感情の高ぶり、揺れを繊細に表出させる。だからこそ、モノトーンのシンプルな舞台セットの中で、キャラクターたちの生きざまが鮮やかに浮かび上がる。ワイルドホーンのドラマチックな音楽、伝説の女スパイという刺激的なモチーフは確かに本作の大きな魅力のひとつだが、それだけにとどまらない細部にこそ、このミュージカルの魅力が光る。東京公演は6月27日(日)まで。その後7月10日(土)~11日(日)に愛知・刈谷市総合文化センター アイリス 大ホール、7月16日(金)~20日(火)に大阪・梅田芸術劇場メインホールで上演予定。

取材・文:平野祥恵

ミュージカル『マタ・ハリ』
劇作・脚本:アイヴァン・メンチェル
作曲:フランク・ワイルドホーン
訳詞・翻訳・演出:石丸さち子
出演:
柚希礼音 / 愛希れいか(Wキャスト)
加藤和樹 / 田代万里生(Wキャスト)
三浦涼介 / 東啓介(Wキャスト)
春風ひとみ / 宮尾俊太郎
鍛治直人 / 工藤広夢 / 飯野めぐみ
石井雅登 / 伊藤広祥 / 上條駿 / 竪山隼太 / 中川賢 / 中本雅俊 / 森山大輔 / 彩橋みゆ / 石井千賀 / 石毛美帆 / 桜雪陽子 / Sarry / 鷹野梨恵子 / 原田真絢

【東京公演】
2021年6月15日(火)~2021年6月27日(日)
会場:東京建物 Brillia HALL

【愛知公演】
2021年7月10日(土)・11日(日)
会場:刈谷市総合文化センター アイリス 大ホール

【大阪公演】
2021年7月16日(金)~2021年7月20日(火)
会場:梅田芸術劇場メインホール

チケット情報
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2170067

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