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突然、祖父がペンギンになった……? 不思議なサスペンス『人鳥クインテット』の凄み

リアルサウンド

20/10/12(月) 9:00

 渋谷センター街の入り口にある大盛堂書店で書店員を務める山本亮が、今注目の新人作家の作品をおすすめする連載。第9回である今回は、青本雪平『人鳥クインテット』を取り上げる。第3回大藪春彦新人賞を受賞した青本の長篇デビューとなる本作は、不思議な設定から始まるサスペンス作品だ。(編集部)

連載第1回:『熊本くんの本棚』『結婚の奴』
連載第2回:『犬のかたちをしているもの』『タイガー理髪店心中』『箱とキツネと、パイナップル』
連載第3回:『金木犀とメテオラ』
連載第4回:『人を心から愛したことがないのだと気づいてしまっても』
連載第5回:『クロス』『ただしくないひと、桜井さん』
連載第6回:『またね家族』『処女のまま死ぬやつなんていない、みんな世の中にやられちまうからな』
連載第7回:『明け方の若者たち』
連載第8回:『インビジブル』

老刑事は制服警官の問いには答えず、柊也の方に身を乗り出してきた。

「おじいさんがペンギンになったとき、どう思った?」
こちらを真剣に見定めているかのようなまなざしだった。
「えっと……」
どう応えるべきか、柊也は少しの間逡巡した。
「わくわくしました。何かが変わっていくような、そんな期待を抱きました」
迷った末に、柊也は正直に言った。

 自分の祖父が突然、ペンギンになる。異常だし不条理だが、読み進めるうちになぜかそんな世界に自然と入り込んでしまう小説が、今回紹介する『人鳥クインテット』だ。

 ある北の地域で両親がいなくアパートを経営する祖父の家に厄介になっている17歳の柊也は、高校で不登校になり無為に日々を過ごしていた。そんなある日、祖父がペンギンに変化し生活が一変する。戸惑う彼をよそに、祖父が人間だった頃、アパートの住人の依頼で世話する事になった10歳の少女・春と一緒に1匹と2人の新たな日常が始まる。

 この作品の魅力のひとつに、先ず著者のバランス感覚の良さが挙げられるだろう。設定は不思議の一言に尽きるが、それに反して展開や文章は、奇をてらって盛り上げるような出来事や辻褄あわせのシーンは排除されて進んでいく。

 最初は少し物足りないかもしれないが、春夏秋冬と進んでいく章ごとに静かにだんだんと熱を帯びて、読み手の興味もそそられていく。

 年齢や性別、家庭環境が異なる登場人物たちが、平等に描かれている点にも魅力がある。17歳の柊也は訳ありの大人たちに囲まれている。例えばアパートに住み彼が惹かれている30代の女性・菜月、祖父の幼なじみ、同級生の祖母など……。お互いに過度に関わらない距離感は淡白にも感じられる。しかしその会話の端々にはっとさせられる。

 現状から抜けだそうにもできない不穏な状況と同時に、彼の秘密を握っている、捉えどころがない性格の同級生・宗像の存在が、サスペンスとして本書の読み応えをさらに深めている。

 そして柊也は冒頭の引用にあるように、ある事件に対して容疑をかけられ警察で取り調べを受ける。そこでの刑事とのやり取りに、さらに先ほどの著者のバランサーとしての腕の確かさがよく現れている。

 柊也の葛藤と、まだこれから長く生き続けなければならないという漠然とした不安が、取り調べる老刑事の視点により鮮明に立ち現れて、先が短いかもしれない祖父との対比が残酷にも描写される。

 取り調べの最中に出てくる、柊也のセリフ「退化ではなく進化」という言葉は、かつて人間だった祖父の佇まいを感じて、くっきりと輪郭を持って浮かび上がってくる。読むうちに物語を通じて「解放」を求める著者の姿勢と、祖父がペンギンになった必然性が読者にも分かるはずだ。

 長篇デビュー作としては静かだが凄みのある作品だ。今後何かもっととんでもない小説を書くのではないかという予感がしたのは、この本を読み終えて“しまった”筆者だけではないだろう。ぜひ騙されたと思って手に取って欲しい。

■山本亮
埼玉県出身。渋谷区大盛堂書店に勤務し、文芸書などを担当している。書店員歴は20年越え。1ヶ月に約20冊の書籍を読んでいる。会ってみたい人は、毒蝮三太夫とクリント・イーストウッド。

■書籍情報
『人鳥クインテット』
著者:青本雪平
出版社:徳間書店
価格:本体1,700円+税
https://www.tokuma.jp/book/b531330.html

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