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賞味期限切れの食品はすぐ捨てるべき? 映画『もったいないキッチン』監督と考える

ぴあ

20/8/7(金) 12:00

ダーヴィド・グロス監督

ドキュメンタリー映画『もったいないキッチン』が8日(土)から公開になる。本作は監督も務めたダーヴィド・グロスが日本を旅しながら、捨てられてしまう食材を救出する過程を描いた作品だ。

と聞くと、食品ロスに対する意識の高いメッセージを強く訴えている面倒な映画なの? 食品ロスを許せない立派な人たちが立派なコメントをするための映画なの? と思う人もいるかもしれない。しかし、グロス監督は穏やかな笑みを浮かべてこう語る。「私は“こんな風に感じろ!”と強いメッセージを訴えかけてくる映画を観るとイヤな気持ちになるんですよ」。撮影を通じて、旅を通じて、グロス監督は一体、何を考えたのだろうか?

ダーヴィド・グロスはオーストリア出身の映画監督でアクティビスト。彼は捨てられるはずの食材で美味しい料理をつくる旅を描いた映画『0円キッチン』をプローモーションし、上映会を開く過程で日本を訪れ、無駄を嫌い、命あるものを大切に扱う日本の人たちに出会い、ここで新作映画を撮影することを思いつく。「とは言え、映像監督としていつも“こんなにも大変なんだとわかっていたら、映画をつくらなかったかもしれない!”と思いますけどね」とグロス監督は笑う。

「もちろん半分はジョークです。でも基本的に何かに対して強い関心を持つと、頭の中に完成した映像が浮かぶんですよ。そのぐらい強い確信をもって面白いと思えたものは、たとえ直感であっても良い予感なわけですから、映画化に向けて進んでいきます」

そこでグロス監督は日本人プロデューサーと話し合いを重ねて本作の企画を立てる。自身でキッチンカーを運転して日本を旅しながら、そこで出会った人たちと語り、共に料理をして、日本人の食に対する意識を探り、食べ物が無駄に捨てられてしまうこと、日本人の“もったいない”精神が未来の社会にどのような意味を持つのかを探っていくロードムービーだ。

というのも、日本は食べられるのに廃棄されてしまう“食品ロス”が世界トップクラスに多い。その量は年間643万トンで、1人あたりおにぎり1個を毎日捨てている計算になる。なぜ、食べ物を大事にし、無駄を嫌う日本人はそんなにも大量の食べ物を捨てているのか? グロス監督はこのことに興味を抱きつつも、映画を制作する上では“観客の心に響く内容”になることを何よりも重視したという。

「事実や情報は大事ではあるのですが、それだけだと心に響く映画にはなりませんし、観客の心に響かなければ、伝わるものも伝わらないと思うんです。だからこの映画では事実を伝えることと、エンターテインメント性、エモーショナルな要素をバランスよく作品の中でまとめることを重視しました。

まるで自分が料理人になったみたいに、集まった映像を煮たり焼いたり切ったりしながら、撮影現場でお会いした人たちとの“つながり”を映画で描きたいと思ったわけです。その上で、相棒の存在は欠かせませんでした」

グロス監督は「企画の初期の段階からこの映画には相棒が必要不可欠だと思っていて、それはニキしかいないと思っていた」と振り返る。通訳者でコーディネーターでもある塚本ニキは、前述の『0円キッチン』の日本プロモーション時にグロス監督の通訳を担当した女性。ボランティア活動やフェアトレード事業の経験もある彼女をグロス監督は通訳ではなく“旅の相棒”に指名した。

「彼女と一緒に旅をしている映像が頭の中に浮かんだんですよ。私は西洋からやってきた人間で、東洋の日本の人たちと出会うことになりますから、両者の“架け橋”になってくれる存在が必要でした。それが相棒ニキの役割なんです」

グロス監督と塚本ニキはキッチンカーに乗り込んで日本を旅する。廃棄食品が持ち込まれるリサイクル工場、賞味期限切れの食品を廃棄するコンビニエンスストア、食材を無駄にしない精進料理を調理する寺、地熱をつかって蒸し料理をつくる人たち……ふたりは様々な場所で暮らす人たちと交流して、食への想いや意識を探っていく。

興味深いのは、映画の中で“絶対的な正しさ”をふりかざす場面が出てこないことだ。賞味期限が2時間過ぎてしまった食品を食べることは正しいだろうか? ある人は“それはお腹をこわす可能性があるのでやめておいた方がいい”と言うだろう。またある人は“2時間ぐらいなら問題ないよ”と言うかもしれない。では、4時間後なら? 何時間後までは安全? この映画で描かれる問題は確かに重要だが、そこに絶対的な正解はない。

「そうですね。私は作品をつくる初期の段階からモラル的なメッセージを決めるようなことはしません。自分の中で決まりきったメッセージを訴えたいのなら牧師にでもなればいい(笑)。私は観客の代理として、自分が冒険しながら物事をあらゆる角度から探っていきたいと思っています。だから映画の最後でも私はクリアな答えを出しませんし、いま現在でもなお、私は何が正しくて何が間違っているのか探っている段階です。

私は“こんな風に感じろ!”と強いメッセージを訴えかけてくる映画を観るとイヤな気持ちになるんですよ。自分で考えさてくれよ!って思ってしまうんです。だからこの映画を観た方にも、それぞれの事情や立場や背景から何が正しくて、何が正しくないのか考えてほしいと考えています」

確かに食べられる食品を捨てることはよくない。無駄もよくない。使えるエネルギーや食べ物は大事にしたい。でも、店でパッと食品が買えるのは便利だし、お腹をこわすかもと思いながら食事をするのはイヤだと思ってしまう。この映画はどちらの意見もちゃんと聞き入れて、対話を通じて、次に何ができるかを探っていく。

「私が監督して映画で表現したいのは、何よりも“多様性の美しさ”です。様々な考え、いままでに存在しなかった主義、主張がどれほど刺激的で魅力的なのかを表現したいんです。コロナ以降の時代はより多くの人との対話を通して、自分の意見を拡張できるようにしていかなければならないと思っています。

真実とはそもそも非常に柔軟で、時代によって変化するもの。そのことを忘れるべきではありません。ですから、この映画を通して、たくさんの人が実りある対話をして、新しい考えや新しい気づきにオープンでいてもらえたら、と考えています」

本作はグロス監督と塚本ニキのコンビの“おだやかな旅”を描くロードムービーであり、同時に観客に様々な問いを投げかけるドキュメンタリーだ。だから観終わったあと、ここで描かれている意見や主張に反発したり、違和感を抱くこともあるだろう。映画のメッセージに共感しつつも、翌日には賞味期限切れの食材をあっさり捨てるかもしれない。

それでも、この映画を通して考えたり、誰かと話をしたり、新しいアイデアに触れることで、何かが少しだけ変化する。ダーヴィド・グロス監督の狙いと願いはそこにある。

『もったいないキッチン』
8月8日(土)公開

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