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いま、最高の一本に出会える

「ももクロ現象こそ、アート本来の姿」東京大学准教授が美学の視点から大胆分析

リアルサウンド

13/8/22(木) 17:00

 アクロバティックなパフォーマンスで人気を博すももいろクローバーZ。今月4日には日産スタジアムに6万人を動員するなど、アイドルシーンで最も勢いのあるグループと言えるだろう。

 いわゆるアイドルオタクではない層もファンに取り込んでいるが、東京大学大学院准教授で美学研究者の安西信一氏もそのひとり。今年4月には、『ももクロの美学――〈わけのわからなさ〉の秘密』(廣済堂新書)を上梓した。そんな安西氏が、美学的な視点から見たももクロの魅力について語る、集中連載第1回目。

――『ももクロの美学』は、美学的な視点からももクロを論じる、これまでにない切り口の一冊ですね。なぜ本を出すことに?

安西信一(以下、安西):私の狭い意味での専門は、庭園や環境の美学。その関連で、日常性の美学を考えたいと思っていたんです。近年、アートがどんどん大衆化、日常化していますよね。従来のアートを否定する気はありませんが、多くの人の心を揺さぶる”衝撃力”という観点で考えると、アートの本来の姿は、ももクロのように日常に寄り添った現象のほうではないのか――そう考えると、美学者として放っておけませんでした。

 アートは人々の日常に開かれる方向に変化しているため、ももクロのようなものとの差は、実はけっこう少ない。例えば、ももクロが春にリリースしたアルバム『5TH DIMENSION』。話題を集めたドリアンマスクからPVにおける美術まで、モダニズム芸術的といってよい手法を取り入れています。演出は、創作ダンスやオペラや舞踊に近いですね。違和感を覚えたファンも多かったようですが、最近の美術に慣れた身としては「融合」だと感じた。このように、垣根はどんどんなくなってきているのです。

 かつ、繰り返しになりますが、ハイアートより日常に寄り添ったもののほうが芸術として重要な現象になってきました。僕はそこに理論的な関心を持っています。

――数多といるアイドルの中で、なぜももクロだったのでしょう。これまで関心のあったアイドルは?

安西:モー娘。やAKBもそれなりに好きでしたが、オタクになったというほどではありません。強いて言えば、森高千里ですね。「非実力派宣言」「わたしはおんち」などの楽曲からは、アイドルに対する批評的・反省的なスタンスが見え、知的な意味でおもしろいと感じていた。いわゆるメタアイドル性ですね。また、南沙織のデビュー曲「17歳」をカバーするなど、「シミュラークル」(虚像、模造)としてのアイドルを意識的に打ち出していたところにも共感を持っていましたね。ここは一面でももクロと共通する部分だと思います。あとは、松浦亜弥もけっこう好きで、授業で使う映像再生機の動作チェックに彼女のDVDを用いたこともありました(笑)。

 森高も松浦も、音楽としてではなく、ひとつの現象として捉えていました。一方ももクロには、まず音楽的な関心を抱いた。それまでも漠然とは知っていましたが、決定的な出会いは「Z伝説~終わりなき革命~」です。

――どういった経緯で?

安西:もともとPVというものに関心があったんです。あれは、音楽でもなく映像でもない、中間的なメディアですよね。興味深いのに、あまり研究されていない。しかし、今の音楽を考える上では視覚的な情報を欠かせません。いつか研究したいと思い、スペースシャワーなどのPV専門番組をたれ流していたんです。時期は、震災の少しあと。そのとき流れたのが「Z伝説~終わりなき革命~」でした。

 震災の影響で社会全体が暗かった時期にリリースされた同曲には、復興支援ソングという面もあります。「日本のために、私たちは何ができるか。それは、歌って踊ることだ」という。この曲は転調が多く、また戦隊ヒーロー的な要素を巧みにパロディするなど、楽曲的によく作り込まれている。PVや振り付けでも、戦隊モノが意識されていますね。

 多くのPVを眺めていて、「アイドルのPVは、かわいくてセクシーに撮ることが再優先されていて、PVとしてはおもしろいものが比較的少ない」と感じていました。そんな中、この曲のPVは突出してインパクトがあった。サビで相撲取りのように両足を広げるなどの”おかしさ”や、暗い世の中を照らすような力強い歌詞に惹かれました。

 それから、メンバーのルックス。特に当時は、みんな、絶世の美女というわけではないでしょう。少なくともそう演出はされていない。「この子たちは大丈夫なのか?」とほっとけない気持ちになったんです(笑)。よく言われることですが、ももクロは「自分がどうにかしてあげなくちゃ」と思わせる何かがある。

――ライブパフォーマンスは、どう思われましたか?

安西:最初に観たのは、『サマーダイブ2011 極楽門からこんにちは』の映像。そのとき、擬似的に”身体的に感化される”という体験をしました。簡単にいえば、ライブ会場の一体感を擬似的に味わったということ。『Quick Japan』でのインタビューにおいて、あーりんは「ファンの方も含めてももクロのパフォーマンス。コール(掛け声)などで参加してくれるからこそ一体感が生まれ、そのことでライブが成立している」という主旨のことを話していますが、そうした現場の熱を画面越しに感じたのです。

 その後、友人の誘いをきっかけに、ライブビューイングやライブに足を運ぶようになりました。ファンとして楽しみつつ、美学者として「ももクロという現象は、いったい何なのか」などと考えながら、冷静に見ている部分もあったのですが、『ももクロ夏のバカ騒ぎSummer Dive 2012 Tour 〜最終戦〜 8.5 西武ドーム大会』のLVでは、思わず泣いてしまった(笑)。

――涙の理由を、ご自身ではどう分析されていますか?

安西:あんなに大きな会場での公演は、きっとプレッシャーも大きかったでしょう。しかも、立っているだけで汗が出る季節。それでも彼女たちは、ハードなライブを乗り切った。そのガッツに心を打たれて、気づけば涙が出ていました。これは文字化しなければいけないと、ももクロについての分析を交えた感想をブログに投稿したところ、編集者の目に止まって、本を出すことになったんです。

 アイドル文化は今、『あまちゃん』のような形で、エスタブリッシュメントの中に吸収されていっている印象を受けます。エスタブリッシュメントであると同時に、大きな市場にもなっている。何十年も前から続く文化ですが、良質なものが継承されているのではないでしょうか。しかし、美学的な対象にはなってこなかった。評論的なものを除いては、あまり研究もされていません。ひとつの突破口を作りたい――『ももクロの美学』を書いた背景には、そんな思いがありました。

次回「ライブはまさに偶像崇拝 ももクロはいかにして「宗教」となったか」に続く

(取材=吉住哲/構成=編集部)

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安西信一
あんざいしんいち○1960年生まれ。千葉県出身。東京大学文学部美学芸術学専修課程卒業。1991年、東京大学大学院人文科学研究科(美学芸術学専攻)博士課程修了。博士(文学)。広島大学総合科学部助教授を経て、現在は東京大学文学部・大学院人文社会研究科准教授(美学芸術学専攻)。著書に『イギリス風景式庭園の美学――〈開かれた庭〉のパラドックス』(東京大学出版会)、『ももクロの美学――〈わけのわからなさ〉の秘密』(廣済堂出版)、共著に『日常性の環境美学』(勁草書房)などがある。ジャズフルート奏者としてライブ活動も行う。

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