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単純なハッピーエンドで終わらないのが火曜ドラマ 『わたナギ』で考え直す他者との境界線

リアルサウンド

20/8/12(水) 12:00

 火曜ドラマ『私の家政夫ナギサさん』(TBS系)は、これまで第1〜5話にかけて、まだまだ「家事が得意=女子力が高い」と言われる現代に、「家事は男女誰がやってもいい」という解放を見せてくれた。

 バリキャリウーマンのメイ(多部未華子)の元に現れた、謎多きハイスペック家政夫のナギサさん(大森南朋)。忙しく家事が苦手なメイの生活は、ナギサさんの登場によって潤いと余裕がもたらされた。それは、メイの母・美登里(草刈民代)と向き合う気力を生み、長年こじれていた母と妹・唯(趣里)との関係までも良好にするほど。

 母から娘へかけていた「やればできる子」が「呪いの言葉」になっていた、と言えた第5話は、まるで最終話のような雰囲気さえあった。栄養バランスも取れ、ふかふかの布団で眠り、仕事も絶好調。男女問わず、適材適所が大事! ということで、ハッピーエンド……とならないのが、火曜ドラマだ。

 第6話で描かれたのは、親しい関係になったからこそ見誤りがちな他者との境界線。「親しき仲にも礼儀あり」という言葉が古くからあるのは、きっと「仲良くなる」と「遠慮がなくなる」は同じようなタイミングでやってくるからだろう。

 メイは、もはや家族の一員とも感じられるナギサさんのプライベートが気になって仕方がない。特に、自分と同じMRだった過去があることを知るやいなや、その好奇心はさらに膨れ上がる。バリバリと仕事をこなしていたはずなのに、なぜ今は家政夫として働いているのか……。

 さっそく会社で採用された1on1コミュニケーションを口実に、いろいろと聞き出そうとするもあえなく失敗。それもそのはず、メイは相手が本音を語りたくなる空気を作るよりも、自らの意見でその場をリードしていくタイプだから。

 それでも部下たちのように、相手が話したがっている場合ならば、黙っていれば自然と相手の話に耳を傾けることはできる。だが、できれば話したくないと考えている相手の場合は、まず「この人に話したい」と思ってもらえるような関係性づくりの方が優先だ。

 なのに、メイはそれでも自分から突き進んでしまう。偶然見かけたナギサさんを尾行し、体調不良を装って自宅まで上がり込み、写真やカバンの中にあった手帳についてもグイグイと聞き出すメイ。すると、見たこともない険しい表情でナギサさんの心のシャッターはピシャッと下ろされてしまう。「早めに帰って、ゆっくりお休みください」というビジネスライクな笑顔が、より一層固く閉ざされた心を伺わせる。

 許可されていない領域に立ち入ることは、どんなに好意があたったとしても「土足で踏み込まれた」という認識になってしまう。受け取る準備ができていない状況でのやさしさは、どんなに良かれと思ってした行動でも、「押し付けられた」と感じてしまう。人は、好意や使命感といった自発的に湧いた感情を、正義と思い込んで疑わない節があるということ。
ナギサさんもまた、その使命感ゆえにメイの領域に土足で踏み込んでしまう。新たなミッションを背負い、さらに忙しさを増すメイを心配し、帰宅時間や食事や睡眠に関して干渉をし始めるのだ。「もうご在宅でしょうか?」「夕飯はお済でしょうか?」「どうかご無理なさらず、お早めにお休みください」「睡眠不足が1番の敵です」……鳴り止まないメッセージに困惑するメイ。

 さらに、大切なイベントを翌日に控えた正念場の夜。遅くに帰宅すると勤務を終えたはずのナギサさんが、帰らずに家にいる。「大丈夫」という人の言葉が一番信用できないと、鬼気迫る表情でメイに夕飯を促すナギサさん。どうやらナギサさんの過去には、メイのようにして心が折れてしまった大事な人がいたようだ。だが、ナギサさんはメイにその内容を知らせてはいない。むしろ手帳を取り返すタイミングで、その機会を奪ったのはナギサさんでもある。

「ちゃんと食べて」「今はゆっくり食べている時間はないんだ」

「無理しないで」「今は無理してでも乗り越えるタイミングなんだ」

「早く寝たほうがいいよ」「明日の朝までに仕上げなくちゃいけないんだ」

 ナギサさんとメイの会話は、専業主婦と企業戦士な夫のそれと全く変わらない。このすれ違う「心配」と「頑張りたい気持ち」は、家事と仕事を男女どちらがメインに手がけても、同じことなのかもしれない。目を向けるのは、性別うんぬんではなく、親しき仲になったときこそ自分と他者の境界線を見極める慎重さ。

 距離が近く感じられるほど、理解してもらえると勘違いしてしまう。自分と相手は違う人間だとわかっていても「同じように感じてくれるはず」と、ついそんな幻想を抱いてしまうものだ。だが、その勘違いに気づくことができれば、薫(高橋メアリージュン)のように、日々落ち着いて軌道修正ができる。

 いい感じだと思っていた田所(瀬戸康史)の煮え切らなかった態度にも、メイが田所と隣に住んでいた事実を隠していたことにも……薫はそれぞれ個人の事情があったのだと尊重することで相手を攻めず、彼女自身の自尊心を傷つけることなく、新しい関係性を受け入れることができる。

 しかし、それが同じ屋根の下で生活を始めるとなかなか難しくなってしまうから、人間というのは厄介だ。メイとナギサさんは、明らかに家政夫と雇用主の契約内容を超えて行動しているのに、本人たちはそれに気づいていない。関係が変化しているのならば、より慎重に軌道修正が必要なのに。

 それどころか、メイは知らず知らずのうちにナギサさんに、頼めばなんでもやってくれる「都合のいい人」として扱い始めていることにも気づいていない。またナギサさんも、メイをかつて救えなかった大事な人のようにはしたくないと、その要望に応え続けてしまう。結果、そこに待っているのは「やりがい搾取」という名のモヤモヤとした不満の日々。

 だから、自分の好意や使命感を過信してしまいそうなときこそ、要注意なのだ。踏み込み過ぎてはいないか。押し付けてはいないか。立ち止まって関係性を見直すタイミングではないのか。もしかしたら、そんな近い存在となった人への尊重と配慮が、最も難しい家事なのかもしれない。

■放送情報
火曜ドラマ『私の家政夫ナギサさん』
TBS系にて、毎週火曜22:00〜放送
出演:多部未華子、瀬戸康史、眞栄田郷敦、高橋メアリージュン、宮尾俊太郎、平山祐介、水澤紳吾、岡部大(ハナコ)、若月佑美、飯尾和樹(ずん)、夏子、富田靖子、草刈民代、趣里、大森南朋
原作:『家政夫のナギサさん』(四ツ原フリコ著/ソルマーレ編集部)
脚本:徳尾浩司
演出:坪井敏雄、山本剛義
プロデューサー:岩崎愛奈(TBSスパークル)
製作:TBSスパークル、TBS
(c)TBS
(c)四ツ原フリコ/ソルマーレ編集部

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