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和田彩花の「アートに夢中!」

ゴッホ展

月2回連載

第28回

19/11/20(水)

今回紹介するのは、上野の森美術館で開催中の『ゴッホ展』(2020年1月13日まで)。強烈な色彩で人々を魅了し続ける大人気画家、フィンセント・ファン・ゴッホ(1853-1890)。37歳で自ら命を絶ったファン・ゴッホの画家としての活動期間はわずか10年にすぎないが、その中で唯一無二の表現を獲得しえた背景には、2つの大きな出会いがあったという。それが、画家として生きることを決意したファン・ゴッホを最初に導いた「ハーグ派」と、パリで出会った「印象派」だ。日本人にも馴染み深いファン・ゴッホのふたつの側面を和田さんはどう見たのだろうか。

日本人のとって身近な画家
フィンセント・ファン・ゴッホ

ファン・ゴッホって、日本人にとってとても触れる機会が多い西洋の画家のひとりであり、大人気の画家ですよね。だから「あーまたゴッホか」と思ってしまうところも実はあったんです(笑)。

でも今回は「ハーグ派」との関係に、日本でもほぼ初めて光を当てながら紹介する、ということで、今まで知らなかった面白い視点で、ファン・ゴッホが画家の道を志した原点を見ることができたのはよかったですね。

特にこれまでゴッホの絵といえば、ゴツゴツとした荒々しい絵具のイメージがどうしても強かったという人が多いと思います。でもこの展覧会を見れば、「ああ、こんな作品を書いてたんだな」「こういうところで絵を習ったんだな」「こんな絵を当初は描くことを目指してたんだな」と。それを経て、今よく知られるファン・ゴッホになったんだなって知ることができるきっかけになると思います。

でも展覧会を通して、やっぱり私が好きなのは、アルルに行ってすぐの作品や、晩年のサン=レミでの作品ということにも改めて気付かされたんですが(笑)。

キラキラした麦畑

フィンセント・ファン・ゴッホ《麦畑》1888年6月、油彩、カンヴァス 50×61cm P. & N. デ・ブール財団 © P. & N. de Boer Foundation

私がまず心惹かれた作品が、アルルに移り住んだ年に描いた《麦畑》です。この作品、何より生命力がすごい!

それにとても絵がキラキラしていて、単純に素敵だなと思いました。もちろん物理的な絵具の厚さによってキラキラしているとも言えますが、それだけじゃない、透明度の高いきらめきがあるように見えるんです。そして絵具の密度が堪らなく私には輝いて見えます。

人によってはファン・ゴッホらしい厚塗りのゴテゴテしい絵、と思うかもしれませんが、私はいっさい思わなかったですね。それが色の魅力だと思います。黄色一つとっても、いろんな黄色があることが見て取れます。そしてその黄色を対比させて、麦の生き生きとした姿を描き出しています。

実は私は「麦畑」が描かれた作品が大好きなんです。特にこのファン・ゴッホの《麦畑》は、ファン・ゴッホが住むアルルの風景をただ描いただけ、と思うかもしれませんが、麦というのは人の生活も支えるもの。ファン・ゴッホは、人を生かす営みの美しさを描き出したのではないでしょうか。麦に輝きを見出せるのがとても素敵だなって思いました。

アニメーションのような糸杉

フィンセント・ファン・ゴッホ《糸杉》1889年6月 油彩、カンヴァス 93.4×74cm メトロポリタン美術館蔵 Image copyright © The Metropolitan Museum of Art. Image source: Art Resource, NY

そしてやはり晩年のサン=レミ時代の作品も大好きです! 今回のメインビジュアルになっている《糸杉》は、今回、出品された中で一番好きな作品です。やっぱり本物を見るのはいいですね!

画面が渦巻きのような線によって、クルクル動くアニメーションに見えるから、画面が動いているかのような錯覚に陥ります。これまで私はクルクルした線で描かれていると思っていたんですが、実際にじっくり見てみると、回転じゃなく、木が上昇しているように見えました。筆使いだけ見ると、円を描くような流れではありますが。

これはファン・ゴッホが療養院に入院してから比較的早い時期の作品。ゴーギャンと口論の末、耳切り事件を起こした1888年12月から半年経った頃です。自ら入院を申し出たそうですが、かなり精神的にも不安定だった時期でしょう。

でもそんなこといっさい感じさせないと思いませんか? 力強く上へ上へ、糸杉がどこまで伸びていくんだろうと思わされるぐらい上に向かっていくのが、どうしてもこの頃のよく言われるような不安定な精神状態と重ならなくて、面白いなと思いました。

もちろん不安定だからこそ、こういった渦巻きのような作品になったと言われればそうかもしれませんが、私には気分が沈みきっている時に描いたものとは思えません。とても生き生きとしていて、制作意欲が湧き上がって描かれたものだと思いました。

ゴッホはゴッホ

フィンセント・ファン・ゴッホ《疲れ果てて》1881年9-10月 鉛筆・ペン・インク・筆・不透明水彩、簀の目紙 23.4×31.2cm P. & N. デ・ブール財団 © P. & N. de Boer Foundation

初めて画廊の店員として勤めたのもハーグでしたし、画家として導いてくれた親戚の画家アントン・マウフェがいたのもハーグ。でもこの時期のファン・ゴッホの作品は、色調がとても暗いんですよね。もともとハーグ派の絵自体が、あまり明るい色調ではありません。ただ、ファン・ゴッホの片鱗は垣間見ることができますが。

ファン・ゴッホはここで、目の前にある風景や何気ない人々の生活の様子を描く彼らにならい、モチーフに対する真摯な取り組みの姿勢を学んだそうです。そして画家として大切な姿勢とは何か、ということがファン・ゴッホに植え付けられました。

画家というのは、もちろん主題を選ぶだけでなく、描き方もそれぞれ。そして画業の変化とともに、描く対象も変わっていったりもしますよね。

そういったことも含めて、改めて、ファン・ゴッホは画家人生の中で常に身近なものをテーマに絵を描き続けていたことに気付かされました。自然や人々の生活、そして生活を支えるものに寄り添い、尊敬しあいながら描き続けていたんですよね。

確かに印象派の流れで考えたら、身近なものに目を向けて、絵を描いていくという流れはわかるのですが、ゴッホはその流れで見てはいけないということもわかりました。印象派の画家とは、触れてきた世界が全然違いますし、印象派と出会ったことで身近なものを描き始めたわけではないのです。大きな影響を受けていることは確かですが、それは印象派の主題に対する考え方とかではなく、あくまでも色調の面での影響だったのではないでしょうか。

ただ、ファン・ゴッホというと、すごく芸術家像が凝り固まっていますよね。もちろん語られるエピソードが多く、そのどれもがけっこう過激で、狂気的な芸術家というイメージです。そしてどこか生き急いでせっかちで、絵のタッチもせっかちであるとか。

でもファン・ゴッホは決してそうではなかったと思うんです。もちろん苛烈なところもあっただろうし、せっかちな部分もあったと思います。でも実際は、そういったことを求めていたのではないと思いました。案外さっぱりした人じゃないかなって。ただ、熱くなりすぎるところがあって、その熱くなった時にとても大きな出来事がありすぎたというか。

実際のファン・ゴッホはひたすら目の前にある、描きたいものを描き続けただけで、そこに芸術家としての確固たる理念もあまりなさそうですし、目の前のモチーフが描きたいという大きな原動力とも思えません。ただ「描きたい」という衝動のみで描いていたのではないでしょうか。

どんなエピソードがあろうと、ファン・ゴッホはファン・ゴッホ。自分が今まで思い描いていたファン・ゴッホに対する固定概念を打ち砕くことのできる展覧会でした。


構成・文:糸瀬ふみ 撮影(和田彩花):源賀津己

プロフィール

和田 彩花

1994年生まれ。群馬県出身。2004年「ハロプロエッグオーディション2004」に合格し、ハロプロエッグのメンバーに。2010年、スマイレージのメンバーとしてメジャーデビュー。同年に「第52回輝く!日本レコード大賞」最優秀新人賞を受賞。2015年よりグループ名をアンジュルムと改め、新たにスタートし、テレビ、ライブ、舞台などで幅広く活動。ハロー!プロジェクト全体のリーダーも務めた後、2019年6月18日をもってアンジュルムおよびハロー!プロジェクトを卒業。一方で、現在大学院で美術を学ぶなどアートへの関心が高く、自身がパーソナリティを勤める「和田彩花のビジュルム」(東海ラジオ)などでアートに関する情報を発信している。

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