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中川右介のきのうのエンタメ、あしたの古典

『三船敏郎の映画史』黒澤を相対化し、三船を絶対化する試み

毎月連載

第10回

19/4/12(金)

小林淳著『三船敏郎の映画史』(アルファベータブックス刊)

 有楽町のスバル座が閉館になるという。

 いまのところ、最後に行ったのは、昨年春、三船敏郎のドキュメンタリー映画『MIFUNE: THE LAST SAMURAI』だった。その頃から、三船敏郎の評伝の企画があり、参考になるだろうと観に行ったのだ。その評伝は、私が執筆するのではなく編集を担うもので、4月10日に発売となった、小林淳著『三船敏郎の映画史』(アルファベータブックス刊)である。

 『三船敏郎の映画史』は、タイトルのとおり、三船敏郎が出演した映画の歴史の本で、「評伝」ではあるのだが、私生活や映画以外の仕事については、ほとんど言及されない。

 三船敏郎の人物像、家庭での三船、友人たちとの交流、それなりにあったスキャンダル、黒澤明との「本当の関係」といった、ジャーナリスティックな視点は排されている。これは小林淳の他の本でも同じなので、作風と言っていい。

 作家(小説家、マンガ家、映画作家など)の場合、私生活と作品とは関連することがあるので、作家研究は、私生活にまで踏み込む必要があるが、俳優の場合、「演じる」わけだから、病気など身体的なこと以外は、作品(演技)への影響は少ない。

 大スターの私生活は、その当時としてはスキャンダルとして関心を呼ぶが、それから数十年もたってしまうと、どうでもよくなるものだ。したがって、私生活に触れない評伝も、俳優の場合は、成り立つ。

『MIFUNE: THE LAST SAMURAI』
発売日:2019年4月2日
価格:3800円+税
発売元:セディックインターナショナル、中央映画貿易
販売元:オデッサ・エンタテインメント
(C)“MIFUNE: THE LAST SAMURAI”Film Partners

 『三船敏郎の映画史』は、基本的に、公開された順に映画ごとに書かれていく。どういう経緯で製作され公開されたのか、スタッフや俳優は誰で、どんなストーリーで三船はどんな役を演じたのかが綴られていく。

 当時や後になってのインタビューも引用され、その映画が立体的に見えてくる。あまり他の本にないのが、当時の日本映画はほとんどが二本立てだったが、三船作品と同時に上映された作品についても言及されていることだ。これによって、当時の東宝の全体状況が把握できる。

 こうした細かいデータの積み重ねから、この本は黒澤明を相対化する。

 小林がそれを意図したのかどうかは確認していないが、裏話を書けば、もともとこの本は、谷口千吉をメインにした本として出発し、それだけでは企画として難しいとなって、谷口と三船と伊福部昭の三人を軸とした本になり、それもやめて、三船敏郎の評伝となった経緯がある。黒澤明は最初から脇役だったのだ。

 黒澤明監督作品は30作ある。そのうち、三船が出演したのは、初めて組んだ1948年の『酔いどれ天使』から、1965年の『赤ひげ』まで16作。この間の黒澤映画で三船が出なかったのは『生きる』のみだ。黒澤にとっては三船は必要不可欠な俳優だった。しかし、三船から見た数字はだいぶ異なる。

 三船が出演した映画は特別出演的なものを含めて約150本。黒澤映画はそのうちの1割ほどだ。三船が組んだ監督としては、谷口千吉、稲垣浩、岡本喜八らの作品にも名作・傑作は多い。

 そうしたことを、この本は圧倒的な情報そのものに語らせる。こんなにも、黒澤映画以外に出ていたのかという、当たり前のことを「再認識」させる。

 巷には黒澤明に関する本は溢れているが、稲垣浩や谷口千吉についての本は少ない。そのため、一般には「三船といえば、黒澤映画に出ている人」となっているイメージに修正を迫る。

 こうして黒澤を相対化する一方で、この本は三船を絶対化する。

 三船敏郎を「戦後日本最大のスターのひとり」というような曖昧さ、石原裕次郎、中村錦之助、勝新太郎といった大スターたちのなかのひとりではなく、三船敏郎は唯一絶対の大スターだったと、イメージづける。

 なるほど、これだけ外国映画に出た日本人スターもいない。日本よりも、外国でのほうが賞も得ている。

 スキャンダル報道もなかったであろう外国では、スクリーンに映る三船が全てだ。その上で、純粋に俳優として評価する。

 小林の視線もそれに近い。スクリーンに映る三船しか見ようとしない。人物伝としては、片手落ちとの批判もあるかもしれないが、そういう視線でしか見えないものもある。

 原稿を読み、何度か校正刷りも読んだが、そのたびに、書かれている映画が観たくなった。

『赤ひげ 【東宝DVD名作セレクション】』
DVD発売中
発売・販売元:東宝

 黒澤映画は、全作品がDVDになっているが、稲垣浩作品は、あまりなっていないことも分かった。皮肉なことに、三船が特別出演的にしか出ていない、80年代以降の作品のほうがDVD化率は高い。パッケージソフトとしてのDVDは、今後も、あまり売れそうもないので、出る見込みはなさそうだ。

 NHKは過去のドラマなどをネットでオンデマンドサービスしている。東宝や松竹などの大映画会社は、過去の作品を有料でいいから、ネットで観られるサービスをしてほしいものだ。

 私は歌舞伎役者の本を書いてきたが、舞台俳優は、写真しか残っていないので、いつもはがゆい。歌舞伎は比較的、映像が残っているほうだが、それでも戦後、昭和30年代あたりからしかない。

 それに比べたら、映画俳優は、恵まれている。それなのに、その作品が、映画会社の倉庫に眠っているのはもったいない。これも観たい、あれも観たいと思いながらの編集作業だった。

作品紹介

『三船敏郎の映画史』

発売日:2019年4月10日
著者:小林淳
アルファベータブックス刊

『MIFUNE: THE LAST SAMURAI』(2016年・日本)

2018年5月12日公開
配給:HIGH BROW CINEMA
監督:スティーヴン・オカザキ

『赤ひげ』(1965年・日本)

配給:黒澤プロ
監督・脚本:黒澤明
出演:三船敏郎/加山雄三/山崎努/団令子/桑野みゆき

プロフィール

中川右介(なかがわ・ゆうすけ)

1960年東京生まれ。早稲田大学第二文学部卒業後、出版社アルファベータを創立。クラシック、映画、文学者の評伝を出版。現在は文筆業。映画、歌舞伎、ポップスに関する著書多数。近著に『海老蔵を見る、歌舞伎を見る』(毎日新聞出版)、『世界を動かした「偽書」の歴史』(ベストセラーズ)、『松竹と東宝 興行をビジネスにした男たち』(光文社)、『1968年』 (朝日新聞出版)、『サブカル勃興史 すべては1970年代に始まった』(KADOKAWA)など。

『松竹と東宝 興行をビジネスにした男たち』
発売日:2018年8月18日
著者:中川右介
光文社刊

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