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A・キュアロン監督の抜擢がテーマと合致 転換期となった『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』

リアルサウンド

20/11/6(金) 8:00

 世界中の幅広い層で支持を集めた超ベストセラーのファンタジー小説『ハリー・ポッター』シリーズが日本テレビ系『金曜ロードSHOW!』で地上波放送されている。今回放送されるのは、第3作『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』だ。

 原作が進むごとに、主人公ハリーの年齢も上がり、それに合わせて内容も複雑で深刻なものとなり、読者と一緒に成長していくのが原作小説の特徴。映画版もまた、様々な点でシリアスでダークなものとなっていく。

 第1作、第2作は、『ホーム・アローン』シリーズや『ミセス・ダウト』(1993年)など、子供向け作品やファミリー向け映画を得意としたクリス・コロンバスが監督を務め、内容的にも興行的にも成功を収めたが、製作側はここで攻めに出る。『小公女』を原作とした『リトル・プリンセス』(1995年)や、ディケンズ文学の映画化作『大いなる遺産』(1998年)を撮っているアルフォンソ・キュアロン監督を抜擢したのだ。

 キュアロン監督はオファーを受けるまで、原作小説も映画シリーズも観ていなかったというが、同様に監督候補にリストアップされていた、同じくメキシコ出身の友人であるギレルモ・デル・トロ監督の強烈な薦めもあって、監督を引き受けることになったという。

 製作側の選択には、かなり戦略的なところが見える。キュアロン監督の前作は『天国の口、終りの楽園。』(2001年)。この作品は、少年たちが大人の入り口に差し掛かった姿を描く内容だった。文芸作品を手掛けてきた経験と、思春期にまつわるテーマの合致により、キュアロン監督に白羽の矢が立ったのは、いま思うと妥当だといえよう。この最終的な選択からは、製作陣がシリーズの内容を充実させ、良い作品に仕上げることに尽力していることが分かるのだ。

 前作『ハリー・ポッターと秘密の部屋』(2002年)から2年経ち、ハリーを演じているダニエル・ラドクリフ自身は14、5歳。身体的にも精神的にも子どもから大人に移る真っ盛りだ。同じように、あどけない子どもの可愛さが魅力だった、ロンやハーマイオニーを演じたルパート・グリントやエマ・ワトソンも、久しぶりに親戚の子どもに会うと驚かされるように、急激に大人の雰囲気を纏い始めている。この3作目から、『ハリー・ポッター』シリーズは、思春期を描く作品へと変貌を遂げていくのだ。そのため、演出もよりナチュラルでベーシックなものへと変化を見せる。

 キュアロン監督は、本作を撮った後、急速に巨匠監督への道を駆け上がっていく。ハードなSFアクション『トゥモロー・ワールド』(2006年)、アカデミー賞監督賞、編集賞を受賞した『ゼロ・グラビティ』(2013年)、ヴェネチア国際映画祭金獅子賞、アカデミー賞監督賞、撮影賞を受賞した『ROMA/ローマ』(2018年)など、撮る度に評価が上がり、最も新作が期待される映画監督の一人となっている。

 これらの監督作の特徴は、シーンにカットを極力入れず、“長回し”で場面を描く演出が多用されているという点である。本作『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』では、前2作との差異があまりに出るような演出法を追求するのは難しい面もあり、そこまでの突出した特徴は見られないが、それでも無駄なカットを削ぎ落とすため、カメラを動かすことで連続性を保とうとする箇所がいくつも見られる。

 カットが入り連続性を絶たれると、映画のリアリティが減退する場合がある。本作は、例えば会話シーンにおいて、言葉のやりとりを通してハリーが何を思ったか、カットを入れないことで緊張感を醸成しているところがある。これは、いまのキュアロン監督の活躍や作風を知っているからこそ理解できるようになってきた部分だ。

 さて、ダークな色合いが濃くなり始める本作では、ハリーの両親の殺害を手引きしたとされるシリウス・ブラック(ゲイリー・オールドマン)脱獄事件と、ハリーが悩まされることになる吸魂鬼(ディメンター)への恐怖が中心にドラマが描かれていく。

 ディメンターの見た目は、ホラー映画のクリーチャーとしても相当不気味な部類に入り、子どもの観客にとっては怖すぎると感じられるかもしれない。だが、そのおそろしさには背後に深い意味が存在している。

 原作者J・K・ローリングは、自身が20代に離婚を経験した後、うつの症状に悩まされ、自殺を考えたこともあったと語っている。そして、忍び寄り人間の魂を吸い取るというディメンターは、そんな症状を引き起こすものの象徴として書かれているという。

 ハリーは、何度かディメンターによって被害を受けることで、「なぜ僕は他の人よりディメンターに影響されるのか」と、疑問に思う。それは、ハリーがホグワーツ魔法魔術学校の他の生徒よりも、ショッキングでつらい過去を背負っているからだろう。傷つけられた人ほど、世の中に悲観しやすいのだ。

 本作に登場する、新しく「闇の魔術に対抗する防衛術」の授業を担当するリーマス・ルーピン(デヴィッド・シューリス)先生は、ディメンターに悩まされるハリーに、「それは、弱いということじゃない」と語りかける。

 そう、どんなに精神力のある人間でも、経済力や健康な肉体を持っていても、人生の不幸はやってくる。そして、ふいに絶望の波が襲ってきて、ふさぎ込んだり最悪の決断をしてしまう場合もある。われわれも、いつそのような思いにとらわれてしまうか分からないのだ。

 本作から、リチャード・ハリスに代わってマイケル・ガンボンが演じるダンブルドア校長は、新学期の生徒たちに「明かりを灯す」というメッセージを贈る。暗闇のなかにあっても、自ら明かりを探しだして自分の心を照らし出すことが、人間には必要なのだ。それは、本作のタイトルが出現する際に、ハリーの魔法「ルーモス(光よ)」が印象的に唱えられることでも強調されている。

 そしていよいよディメンターに追い詰められたとき、唯一対抗できる魔法が、自分の守護霊を呼び出すという、防衛魔法のなかでも難しいといわれる「エクスペクト・パトローナム(守護霊を待ち望む)」だ。その霊体は人間のポジティブな感情を具現化したものである。霊体の姿が人によって異なるように、一人ひとりの生きる希望や、生きる楽しみには様々なかたちがある。それだけに、ハリーが土壇場で、自分の力によって苦難を乗り越えようとする姿が感動的なものとして映る。人間は、どんなに周囲の助けがあったとしても、自分の意志や気持ちを最終的には自分自身で動かさなければならないのだ。

 本作『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』は、あくまでシリーズ中の一作に過ぎない。しかし本作単体でも、人生を生き抜く知恵や、傷ついた人間への思いやりが描かれている。大人に近づき、大人のように悩み始めるハリーの姿と、自分の意志によって問題を乗り越える姿は、暗い話題や悲劇的な出来事が増えている、いまこそ見られるべきものではないだろうか。

■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト

■放送情報
『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』
日本テレビ系にて、11月6日(金)21:00〜23:24放送
※放送枠30分拡大
原作:J・K・ローリング
監督:アルフォンソ・キュアロン
出演:ダニエル・ラドクリフ、ルパート・グリント、エマ・ワトソン、ゲイリー・オールドマン、マギー・スミス、アラン・リックマン
TM & (c)2004 Warner Bros. Ent. , Harry Potter Publishing Rights (c)J.K.R.

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