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いきものがかり水野良樹の うた/ことばラボ

『うた/ことばラボ~』、2年の対話を書籍化。 水野×関取花によるトークショーレポート

隔週連載

第44回

本連載が、14人のクリエイターと語り合った対談本『うた/ことばラボ 「うた」と「ことば」についての14の対話』として書籍化されたことは既報のとおりだが、5月30日、東京・渋谷のTSUTAYA SHIBUYAにて発売記念イベントが行われた。対話の相手は、本書にも登場した関取花。水野は開口一番、2年におよんだ連載が書籍という形でまとめられたことの喜びとともに、コロナ禍という特別な状況のなかで「うた」がどんなふうに伝わっていくのか、どう伝えていくのかということについてあらためて考えた、ドキュメントのような1冊になった、とその手応えを語った。

創作と食べ物の関係は深い。本質的なつながり、とさえ言っていいと思う。だから、水野良樹と関取花による、実際に歌を作っている者ならではの実感に裏打ちされた「うた」と「ことば」についての濃密な対話を聞いた後で、来場者から事前に寄せられた「お気に入りのスイーツは?」という質問が投げかけられたのは極めて自然な流れだったと思う。4月にいきものがかりが行った配信ライブの会場で、水野が差し入れられていたプリンをすかさず口にしたことを知るコアなファンでなくても、こんなに深く「ことば」について考えている人はどんなふうに糖分を補給しているのだろう?と聞きたくなるものだ。

水野はもちろん正直に答えるし、関取の的確な合いの手が入るから、話は自然におもしろく転がっていく。水野の最近のお気に入りは柿ピーで、しかも独自ブレンドで食べるのがサイコーだと言う。詰めかけたスポーツ新聞の記者にはそれこそ「おいしいネタ」になったと思うけれど、この日の本題は別のところにあった。「うた」と「ことば」である。

水野がぴあアプリの連載で約2年にわたって様々なクリエイターと続けてきた「うた」と「ことば」をめぐる話に新藤晴一(ポルノグラフィティ)とのセッションを加えた14の対話が、先月『うた/ことばラボ〜「うた」と「ことば」についての14の対話』として書籍化された。この日はその発売記念イベントで、書籍にも登場している関取花をトークゲストとして迎えた。ときは5月30日、ところは東京・渋谷のTSUTAYA SHIBUYA。事前に応募したファン40名が参加、さらにはテレビのワイドショーの取材クルーが客席後方にずらりとカメラを並べて、ものものしささえ感じさせる雰囲気の中、イベントはスタートした。

書籍に収録された水野と関取の対話が行われたのは2019年6月なので、ちょうど2年のインターバルをはさんでの続編ということになるが、その間にいきものがかりはアルバム『WHO?』を、関取はミニアルバム『きっと私を待っている』をリリースした。そして、本来なら行われるはずだったライブなどリスナーとの直接的なコミュニケーションがかなわない中で過ごす日々は、いつもとは違う角度から、あるいはいつにも増して深く「うた」と「ことば」について考えることになったと思われる。

水野にとっては、この連載とそれをまとめた書籍がそうした日々のある側面をとらえたドキュメントにもなっているわけだが、対して関取は、この本を読み通してみて「歌詞の本だと思って手に取ったら、それ以上の学びがすごくあるなと思いました」と話した。その感想は、水野がこの連載をはじめるにあたって強く望んでいたことにしっかりアプローチできたことを伝えている。連載vol.0で彼は、「みんな言葉や歌詞についてひとつの考えに縛られていると思う。でも、この連載の中で歌詞についてのいろんな考えが紹介されて、そういう縛りが外れていくことでもっと音楽が楽しめるようになれたらいいんじゃないかなあ」と語っていたのだ。

この連載で対話の相手も異口同音に語った通り、歌詞とメロディは、たとえ作業としては別々に作り出された場合でも相互に影響を及ぼしあい、その歌詞とメロディの塊がアレンジのイメージを喚起し、逆にアレンジのサウンドが歌詞やメロディの再考を促す。そうして出来上がった「うた」は、シンガーの声に乗って表現されたときに初めてひとつの回答を得る。つまり、「うた」というのはとても入り組んだ作りのものなのだ。ただ、そういう入り組んだ作りだからこそ「ことば」という入り口から「うた」に深く潜っていくと音楽自体の楽しみも広がるということを、これまでも「ことば」や「うた」について考え続けてきた水野はよく知っていたから読者にもそれを伝えようとしたのだろうし、それと同時に思うのは、この連載を通して「ことば」や「うた」について、そして音楽についての視野をいちばん広げたのは読者よりも誰よりも、他ならぬ彼自身かもしれないということだ。

「連載をはじめてからの2年間で、水野さんの中で何か変化はありましたか?」と関取に問われて、水野はしみじみとした調子で答えた。

「ありましたよぉ。もちろん、みなさんの話から影響を受けたところもあるし、自分自身の歌を作るスタンスも、筋肉が変わっていったような感じもあるし……」

歌作りの筋肉が変わると、出来上がる歌はよりタフになるんだろうか? あるいはしなやかになるんだろうか? いずれにしても、この連載を経て彼はきっと新しい感触を持った「うた」を届けてくれるだろう。

ところで、ここ数年で歌詞もメロディもどんどんシンプルになってきたという関取の話に、水野は「カッコいい!」と感心していたが、彼自身もまた自分の歌詞やメロディがよりシンプルになっていくことを望んでいるはずだ。イベントを終えたばかりの彼に、この連載の締めくくりとして、“削ぎ落としていくこと”について話してもらった。

「削ぎ落とすという方向については、以前からそうできたらいいなとは思っていたんですが、今は削ぎ落とすものの選択が変わってきてるんですよ。関取さんも同じだと思うんですが、ただシンプルにすればいいわけではなくて、例えば感情の表現にフォーカスしてそれを削ぎ落としていくのか、そうじゃなくて空気感みたいなものを表すための言葉の削ぎ落とし方を考えるのか、いろんなやり方があるだろうと思うんです。あるいは、写実的に描くのではなくて、風のニュアンスであったり部屋のちょっとした雰囲気であったり、というようなことを短い言葉でどう言い表すのか考えたり……。削ぎ落とすポイントのそういう変化が僕の中で起こっているし、これからもどんどん起こっていくような気がしています。それを突き詰めていくと、たぶん、削ぎ落とすということの深みも出てくるのかなと今は思っているところです」

プリンも好きだけれど柿ピーにも惹かれているように、さらには言えばいろんな柿ピーを食べ比べて自分だけのベストブレンドを見出すように、描きたいことに必要十分な言葉を紡ぎ出すための彼の試行錯誤は続いていくのだろう。その成果を、同時代に生きて受け取ることができる楽しみを感じるともに、この連載を読んで刺激を受けた人なかから新しい「うた」と「ことば」の作り手が登場してくることも期待せずにはいられない。

取材・文=兼田達矢

今回をもちまして連載終了です。
ご愛読ありがとうございます。

『うた/ことばラボ 「うた」と「ことば」についての14の対話』
https://www.piabooks.com/utakotobalabo

プロフィール

水野良樹(いきものがかり、HIROBA)

1982年生まれ。神奈川県出身。
1999年に吉岡聖恵、山下穂尊といきものがかりを結成。
2006年に「SAKURA」でメジャーデビュー。
作詞作曲を担当した代表曲に「ありがとう」「YELL」「じょいふる」「風が吹いている」など。
グループの活動に並行して、ソングライターとして国内外を問わず様々なアーティストに楽曲提供。
またテレビ、ラジオの出演だけでなく、雑誌、新聞、webなどでも連載多数。
2019年に実験的プロジェクト「HIROBA」を立ち上げ。
2/24、33枚⽬のシングル「BAKU」、3/31、9枚⽬となるニューアルバム『WHO?』をリリース予定。

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