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浅野いにお『デデデデ』の突き抜けた面白さ ふたつの「大きなウソ」を組み合わせた手腕に迫る

リアルサウンド

21/2/1(月) 10:00

 浅野いにおの『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』が、第66回(2020年度)小学館漫画賞の一般向け部門を受賞した。意外にも浅野はこれまでこうした賞とは無縁だったらしいが、そのことも含め(もちろん今回の受賞は喜ばしいことではあるが)、評価されるのが遅すぎる、といいたいくらいだ。それくらい、この作品は連載開始時から突き抜けて面白いものがあった。

「『世界の終わり』を前にした名もなき人々の普通の生活」

 浅野いにおの『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』は、2014年から『ビッグコミックスピリッツ』にて連載されているSF漫画である。主人公は、中川凰蘭(愛称は“おんたん”)と、小山門出というふたりの少女。物語は、正体不明の巨大なUFOが空に浮かんでいる東京を舞台に、彼女たちの日常生活の様子がどこかコミカルなタッチで(時にクールに)綴られていく。

 ちなみにこうした、「いきなり巨大なUFOが都会の上空に現れるところから始まるSF」は、これまでにも、『幼年期の終り』(アーサー・C・クラーク)や『インデペンデンス・デイ』(ローランド・エメリッヒ)といった名作・ヒット作があるわけだが(漫画では、藤子・F・不二雄に『いけにえ』という短編がある)、浅野がこの『デデデデ』の序盤で描いたのは、そうした一連の過去作とは少々異なる切り口の、「『世界の終わり』を前にした名もなき人々の普通の生活」だった。これはなかなかするどい視点だともいえ、たしかに、戦争や自然災害、原発事故、あるいはパンデミックのような「得体の知れない恐ろしい何か」が世界を滅ぼそうとしても、それに立ち向かう選ばれた人間ではない、いわば“その他大勢”の人々の、(特に何か大きな事件が起きるわけでもない)日々の生活は続くのだ。

 そう、この作品の序盤で描かれているのは、そうした「世界の終わり」を前にした少女たちの愛すべきリアルな日常であり、私などはその様子をいつまでも見て(読んで)いたいと思っていたものだが、メジャー誌の連載漫画というものは、そういうことばかりを描いているわけにはいかないのだろう。

※以下、ネタバレ注意

 物語は、やがて彼女らの主観を離れて、『侵略者』側や、ある少年の姿をした“異分子”の視点でも描かれるようになり、「人類終了」に向けてのカウントダウンが始まる。そして明かされる、“おんたん”の正体と、並行世界の存在……。

 すごい物語だ。通常、「侵略者(インベーダー)」と「並行世界(パラレルワールド)」をひとつの物語の中で描くのは漫画作りのセオリーとしては御法度だと思うが(業界内の暗黙のルールとして、「ひとつの物語の中でついていい大きなウソはひとつだけ」というのがある)、浅野は見事な手腕でふたつの「大きなウソ」を組み合わせて、独自のSF世界を展開させている。

 さて、いまさらいうまでもなく、2014年に連載が始まった同作で描かれている「空に浮かんだ巨大なUFO」とは、その3年前に起きた東日本大震災と原発事故を暗喩しているのだろう。しかし、おそらく作者にとって、それはあくまでも先に述べたような「得体の知れない恐ろしい何か」の象徴にすぎず、ということはつまり、新型コロナウイルスが蔓延する現在はまた別の読み方も可能だということだ。

 いずれにせよ、現実世界がますますディストピアめいてきたこの時代に、浅野いにおという鬼才が、「人類終了」をテーマにした物語のラストでどのような答えを出すのか、いまから注目している。

■島田一志
1969年生まれ。ライター、編集者。『九龍』元編集長。近年では小学館の『漫画家本』シリーズを企画。著書・共著に『ワルの漫画術』『漫画家、映画を語る。』『マンガの現在地!』などがある。Twitter

■書籍情報
『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション(10)』
浅野いにお 著
定価:本体694円+税
出版社:小学館
公式サイト

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