Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play

「希望や夢を感じられるステージに」熊本マリ、10月に恒例の『熊本マリの夜会』を開催

ぴあ

熊本マリ

続きを読む

深い思い入れの込もったプレーで「情熱のピアニスト」の異名をとる一方、執筆や講演活動などの幅広い活動を通じ、音楽の魅力を伝え続けている熊本マリ。そんな彼女が「自分の一年の進歩や発見を再認識する、大切な場所」と位置付ける、恒例の「熊本マリの夜会」を10月に開く。コロナ禍拡大を受けて、昨年公演は中止に。2年ぶりの開催となるが、「こんな時代だからこそ、希望や夢を感じられるステージに」と意気込んでいる。

「コロナ禍のせいで、皆さんの生活や考え方も、がらりと変わったはずです。音楽の聴き方も、時代に応じて、様々な面で変容してゆくでしょう。そんな中、どう皆さんに楽しんで頂けるか、プレゼンテーションの方法を考えてゆくのも、音楽家の大切な役割だと考えています。音楽が少しでも、皆さんの幸せな日々に繋がらないと意味がない。安らぎや勇気、希望を与えられなければ、意味がないんです」

一方で、「災禍の中にあって、決して悪いことばかりではなくて……まずは、自分自身を見つめ直す時間ができました。そして文化、とりわけ音楽というものが、人間にとっていかに大切かを再認識できました」とも。しかし昨年、10月に恒例としてきた「夜会」は中止に。「状況がまだ不安定で、お客様にお金と時間だけでなく、リスクを負ってきていただくのが申し訳なくて。『お休みにしましょう』と私から提案しました」と明かす。

「今はワクチン接種も、ずいぶん進みました。私の方も、お客様がラッシュアワーに遭わず、安心して来ていただけるよう、開演時間を1時間早めました。インターミッション(休憩)なしにして、ステージ全体で約1時間半に収めます。さらに、感染対策で会場のキャパも半分に。でも、私にとっては、お客様がたとえ1人でも、100人でも、演奏に臨む心は同じ。『弾かせていただける』ということが、まず嬉しいんです」

今回は、「苦しい思いの方がたくさんいらっしゃる今、余り悲しい曲は聴きたくないはず。せめてコンサートでは希望や夢を感じてほしいと、皆さんからのリクエストも多い、ハッピーな曲を選びました」と熊本。「平均律」第1巻第1番のプレリュードと、「ゴルトベルク変奏曲」からのアリアと、まずは大バッハを軸に。モンポウやアルベニスなど得意のスペイン作品や、シューマンやブラームス、ショパンを配して、さながら“音による世界旅行”だ。

さらに、奥村一「おてもやん」や、「日本では、他に誰も弾いていないはず。短いけど、心に残る良い曲」というインファンテ「エル・ヴィト」、技巧に彩られたシュルツ=エヴラー編曲のJ・シュトラウスII「美しき青きドナウ」、グレインジャー編曲のガーシュウィン「ラヴ・ウォークト・イン」と、熊本自身の思い入れも詰め込んで。「中身は濃くて、まさにフルコース。決して退屈させないし、どなたにも楽しんで頂けるはず」と自信を見せる。

さらに、「今や、『本当に聴きたいものならば行く。でも、それほどでもなければ、行かない』という時代。人と人、人と音楽…すべての関係性もまた変化しています。だから今回は“未体験ゾーン”(笑)。これで1回、経験してみれば、判ると思うんですよ。もしも聴き手の皆さんが変化していたなら、弾いている私自身も感じますから…。体験してから、また次を考える。そんな感じかもしれませんね」とも。

そして、やはり10月には、スペイン・カタルーニャの作曲家による作品を軸とした、すべて新録音によるアルバムのリリースを予定。「カタルーニャの風土は緑が印象的ですが、曲のイメージもまさに「緑」。皆さんが想像される『情熱の赤』のスペインとは、また違います。とても透明で、すっきりとした感覚で、時にジャズに聞こえたり、ポップスに聞こえたり…たとえクラシックを聴いたことがない人やスペインを知らない人も、すんなりと入っていただけるはずです」。

冒頭には、名ピアニストのアリシア・デ・ラローチャが17歳の時に書いた「インビテーション」。「これで皆さんを“ご招待”する感覚。そして、彼女の師であるフランク・マーシャルの曲も…。(ずっと取り組んでいる)モンポウは、『シャルム(魅惑)』を取り上げました。とてもスピリチュアルで、『音楽は野菜であり、薬であり、希望である』だと体現する、今の時代に相応しい作品。一番の愛を込めて弾きました」。さらに、「夜会」でも披露する、グレインジャー編曲のガーシュウィンも。ジャズの定番も、全く違和感がない。

2019年2月、コンサートの直後に脳梗塞で倒れて入院。幸い、後遺症もなく回復した。「ひとつの経験をすると、音楽の意味が全く違ってきた。新たな発見もありました。あの時の私はただ、音数が少なく、美しい曲を聴きたいと願っていました。音楽を聴く人は強い人ばかりじゃない。弱い人も、病人もいる。そんな人は、うるさい曲は欲しくないんですね。だから今回のアルバムも、美しく、心安らぐメロディーをたくさん詰め込みました」。

2008年から大阪芸術大学教授として、学生の指導に当たっている。「様々な子がいて、可能性もたくさんある。個人のレベルや目指す場所によって、指導の方法を変えています。何よりも、私が教えたいのは、たとえプロにならなくとも、音楽を愛し続けること。そして、自ら学ぶこと。どう学ぶかを体得させられなければ、指導者の意味がないと思います」。

演奏に臨む上で、最も大切にしているのは? 「やはり“情熱”ですね。曲への思い、伝えたい思いがなければ、聴き手には伝わらない。それに、常にか進み続けるよりも、たまに立ち止まることも大切ですね。自然体で流れに逆らわないで、焦っていると自分の心とか、自分が見えなくなる」。そして、「音楽とは? ピアノとは?」と尋ねると、「自分にとって、大切な空気。常に発見する喜びを教えてくれます」と応じた。

「音楽を演奏することは、料理のようなものかも。おいしいものを作って、『どうぞ』と振舞うように、自分が気に入った作品を弾いて、皆さんに聴いて頂く。自分も聴き手も両方が楽しんで、世界中の人が仲良くなれる。皆がそう気づいたなら、きっと戦争だって、無くなってしまうはず…。そのためにも、私は常に探し続けたい。新しい作品、新しい人、新しいもの…終わりはありません」。柔らかに微笑んだ。

『熊本マリの夜会 − Soiree Mari Kumamoto
 ~My Bach, My Music, Joy of My Life~』
10月14日(木)
開場17:30 開演18:00
東京文化会館小ホール

チケット情報 https://t.pia.jp/pia/ticketInformation.do?eventCd=2105026&rlsCd=001&lotRlsCd=

取材・文・寺西肇

アプリで読む