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いきものがかり水野良樹の うた/ことばラボ

w/秦基博 中篇

隔週連載

第39回

いきものがかりはNHKの朝ドラの主題歌として発表した「ありがとう」が大ヒットして、国民的な支持を集めるに至ったわけだが、現在のNHK朝ドラ主題歌を担当した秦は、どんなことを意識して曲を仕上げたのか。話題はそこから、詞と曲とサウンドが組み合わさった立体物としての歌をどう成立させるかという話に展開していく。

秦 朝ドラの主題歌については水野くんのほうが先輩ですけど(笑)。

水野 (笑)。

秦 単純に、毎朝1日のはじまりに流れるということは音の作りとか手触りには影響すると思うんですよ。自分が、朝のはじまりにどんな音を聴きたいかというのが表現として出ると思うんです。コロナ禍だから、というよりはそっちのほうが強いですね。曲自体を書きはじめたのが今年の初めだったので、まだコロナのこともそんな大きな話題になってなかったような時期でしたし……。ただ、歌詞を書いていくうちに、どんどん状況が大変なことになっていったわけですから、どこかでリンクしていたのかなという気もしますけど。

水野 毎朝流れるということでの音作りというと、具体的にはどういうことを意識されたんですか。

秦 耳ざわりの部分で、エッジのある音の入れ具合というか、そのあたりのことですね。結果的には、木管楽器とかローズピアノとか、そういう柔らかい音色が多くなったんです。自分の声のコーラスも多くなったし。そういうものの倍音感のなかで曲の世界を作るというふうに、自然になっていっていきました。

水野 そういう方向にサウンドが向かっていったときに、それに合わせて声の出し方も変わったりするものですか。

秦 そういうことはありますよ。

水野 歌入れは一番最後ですか。

秦 一番最後です。それこそ水野くんと僕が違うのは、最後に歌うということで……。

水野 そうなんですよ! 極端に言うと、作詞の最終作業が歌うことであるような気もしていて、だから秦さんのなかで“こう歌えば成立するな”とか“これは自分の声だったら説得力を持てるな”とか、そういうポイントが感覚的なところでたくさんあるような気がしているんです。そこにサウンドも絡んでくるわけだから、すごく複雑な話だとは思うんですけど、どういうふうに整理しているんですか。

秦 理路整然とやってるわけではまったくないんですけど、曲を作ろうと思ってイメージが湧いてきて、“こんな曲だな”というイメージが見えたときに、そのゴールに向かっていく作業のなかにサウンドだったりメロディだったり歌詞だったり歌だったりが集約されていくわけですよね。その最後の要素が歌ということであって、だから“この曲はこういう感じ”というものをニュアンスとして定めるのが歌うという作業なのかなって。そういう気はしますね。

── それは例えば最終的なゴールまでの道のり80%のところまで歌詞とメロディで行って、残り20%を歌でたどり着く、みたいなイメージでしょうか。

秦 パーセンテージと言うよりは、造形したい何かがあったときに、それを詞と曲と歌と、その全部で形づくっているという感じなんですよ。具体的な作業で言うと、最後の歌入れの場面でもいくつか試すんです。自分のなかにあるイメージに対して、大雑把に言うと“明るめ”とか“暗め”とか、そういういくつかのニュアンスを試していって、どのあたりの感じがその曲にとって一番いいのかというのを探っていったりするんです。そこで、そのニュアンスが違っていれば、やっぱり違和感が出てくるんですよ。と言うことは、逆に言えば、自分のイメージに向かって進んでいってるということだと思うので、だから「詞でここまで書いておいて、残りは歌で」というのとは違って、全部が混ざり合ってひとつの出来上がりになるという感覚が強いんですよね。

水野 その感じというのは、ちょっと羨ましく感じるところと、もうひとつは自分がその感覚に向き合ってるとしたらどういうことなんだろう?と考えたときに自分の場合は不確定要素がある強さというものがあるというふうにも言えるかなと思ったんです。つまり、(吉岡)聖恵が歌うことによって僕がまったく想定していないものになるということがあって、それはプラスにいくときもあればマイナスにいくときもあるんですけど、プラスにいってるときはそのおもしろさがあるから。ただ、全部を自分で計算してやってみたいという欲が僕のなかにはあって、だから秦さんのように自分ひとりでやってしまえるのは羨ましいなと思うことがあるんですよね。

秦 聖恵ちゃんと話していていつも思うんだけど、自分のなかにはない景色や気持ちを歌うということの難しさがあるんじゃないかなと想像していて。僕の場合は自分のなかから芽生えてきたものを歌うので、そういう意味でのギャップはないんですよね。自分のなかにあるものを歌うという作業なんですよ。

水野 聖恵も、自分が書いた詞を歌うということがたまにあるんですけど、そういうときのほうが逆に困ると言ってました。なんか近すぎるって。

秦 うんうん、距離感がわからないというのはあるかもしれないね。

水野 歌い手それぞれの間合いがあるんでしょうね。

秦 自分はシンガーソングライターだから詞と曲と歌は三位一体なんだけど、それぞれが勝負していないといい曲にならないんですよ。どれか他の要素におんぶに抱っこじゃダメというか。詞は詞で曲に負けないように書くし、メロディは絶対いいと思うものを書くし、歌は歌で最後に全部持っていくぞっていう気持ちで歌うっていう。全部、勝ちに行かないとだめっていうか……。

水野 なるほど!

秦 そういう感覚はあるかも。それぞれに自分の表現を追求して、“これだ!”と思えるかどうかっていう。そういうことなのかなとは思いますけどね。

水野 それはすごく難しいことですけど。どれかの要素に頼ってしまいがちですよね。

秦 デビューした頃とか、もっと言えばアマチュアの頃は、歌いながら曲を作るというやり方しかしていなくて、歌ってて気持ちいいとか楽しいとか、つまり曲のクオリティとは違うベクトルに引っ張られていきがちな時期があったんです。でも、そういう曲は例えば自分を離れて、誰かが歌ったときに、果たしてその曲に対して一番いいメロディなのか? とか一番いい言葉が選べているのか? と考えてみると、ちょっと疑問だなと思ったことがあって。“じゃあ、自分が歌わなくてもいいと思える曲を書こう”と思った時期もあったし。でも今は、自分が歌ってナンボというところと、歌詞として、あるいは曲としてどれだけいいか? というところと、どちらもないとまずいなって。

水野 その両者のせめぎ合いをちゃんと保っていこうとしているわけですね。

秦 シンガーソングライターである以上は、全部が表現なのでどれも欠けちゃいけない。歌に頼ってもいけない、というふうには今は思っています。

取材・文=兼田達矢

次回は2月8日公開予定です。

プロフィール

水野良樹(いきものがかり、HIROBA)

1982年生まれ。神奈川県出身。
1999年に吉岡聖恵、山下穂尊といきものがかりを結成。
2006年に「SAKURA」でメジャーデビュー。
作詞作曲を担当した代表曲に「ありがとう」「YELL」「じょいふる」「風が吹いている」など。
グループの活動に並行して、ソングライターとして国内外を問わず様々なアーティストに楽曲提供。
またテレビ、ラジオの出演だけでなく、雑誌、新聞、webなどでも連載多数。
2019年に実験的プロジェクト「HIROBA」を立ち上げ。
2/24、33枚⽬のシングル「BAKU」リリース(1/18よりダウンロード・ストリーミング配信開始)。テレビ東京系『BORUTO-ボルト- NARUTO NEXT GENERATIONS』1⽉クールオープニングテーマとしてオンエア中。

秦基博

宮崎県生まれ、横浜育ち。2006年11月シングル「シンクロ」でデビュー。“鋼と硝子で出来た声” と称される歌声と叙情性豊かなソングライティングで注目を集める一方、多彩なライブ活動を展開。
2014年、 映画『STAND BY ME ドラえもん』主題歌「ひまわりの約束」が大ヒット、その後も数々の映画、CM、TV 番組のテーマ曲を担当。
デビュー10周年には横浜スタジアムでワンマンライブを開催。
初のオールタイムベストアルバム『All Time Best ハタモトヒロ』は自身初のアルバムウィークリーチャート1位を獲得、以降もロングセールス中。
映画『ステップ』主題歌「在る」を収録したアルバム『コペルニクス』を2019年12月にリリース。
2020年3月から同作を引っ提げて4年ぶりの全国リリースツアーを予定していたものの、全公演中⽌に。NHK連続テレビ⼩説『おちょやん』の主題歌に新曲「泣き笑いのエピソード」が決定。24枚目となるシングルとして2021年1月27日にCDリリース予定。

「泣き笑いのエピソード」

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