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山本益博の ずばり、この落語!

お気に入りの落語、その六『らくだ』

毎月連載

第32回

21/2/8(月)

(イラストレーション:高松啓二)

『らくだ』ー乱暴者“らくだ”の葬儀を巡り、登場人物の性分が露呈していく古典落語の大作

表題の「らくだ」とは、長屋に住んで住人に迷惑をかけつづけた乱暴者のあだ名である。河豚に当たって命を落としたところへ兄貴分の「丁の目の半次」がやってきたところから噺が始まるので、噺には登場するが「らくだ」の台詞は一切ない。

主要な登場人物は、その丁の目の半次と、たまたま「らくだ」の家の前を通りかかった屑屋の久六のふたり。

噺のあらすじの代わりに、「落語登場人物事典」からふたりの人物像を見てみよう。まずは、丁の目の半次。

「遊び人。ふぐに当たって死んだ弟分、“らくだの馬”の第1発見者。酒と乱暴ではらくだ以上と評判だが、相手が高圧的に出ると、意外に意気地がない。

弟分のために葬式を出そうと、通りかかった屑屋の久六を引き込んで脅し、長屋の月番のところに香典の催促にいかせる。つづいて、通夜の酒と肴を断ってきた大家の家に乗り込み、久六と二人で、らくだの死骸に“かんかんのう”を踊らせる。

せしめた酒と肴で通夜の真似事をしていると、酒乱に転じた久六に逆に凄まれ、たじたじとなる。らくだの死骸を、八百屋から手に入れた菜漬けの樽に入れ、久六と差担いで落合の火屋(火葬場)に運ぶ途中、小滝橋あたりで落とし、酔って寝ていた願人坊主を代わりに樽に入れてしまう」

つづいて、久六。

「屑屋。六十八歳の母親と女房、十二歳を頭に三人の子供たちを養う仕事熱心な男。おとなしく、争い事を好まぬ性格だが、ひとたび酒が入ると豹変。人が違ったように粗暴になる。元はそれなりの暮らしをしていたが、酒のために身を持ちくずしたとされる。

出入りの長屋で、河豚に当たって急死した、らくだの馬と呼ばれる無頼漢の兄貴分、丁の目の半次につかまったのが運の尽き。商売道具の鉄砲笊と秤を取り上げられ、らくだの馬の葬式のために、一日棒に振ってしまう。

長屋の月番のところへ行って、嫌がる住人たちを説得し、香典を集めるように頼んだり、角の八百屋へ行って、早桶代わりの菜漬けの樽を調達したりと、忙しく駆け回る。らくだの馬の遺体を背負って、通夜の搬出を拒んだ大家の家で、“かんかんのう”を踊らせるという、生涯に二度ないであろう貴重な体験もする。

通夜の準備が整い、仕事に戻れるかと思ったが、大家が届けた酒を清めだからとすすめられ、仕方なく飲みだす。二杯、三杯と盃を重ねるうちに、酒乱の本性が現れ、二人の立場が逆転する。

遺体の頭を丸めると、二人で天秤棒をかつぎ、落合の火屋(火葬場)まで仏を運ぶ。途中、樽の底がぬけて、らくだの馬を道端に落とすが、酔っているので気づかない。火屋に着いてあわてて探しに戻るが、道端で酔いつぶれていた願人坊主を樽におさめて、火屋に舞い戻る」

私が落語に夢中になりだした昭和50年代(1970年代)、『らくだ』と言えば、六代目笑福亭松鶴の十八番だった。噺は上方種であるし、大柄で、酒のみの松鶴の柄にじつによく合った名作と言ってよい。

東京で一度だけ、その松鶴の『らくだ』を聴いた。久六が次第に酔っていく様が、とても自然にしかもかなりリアルに感じられた高座で感心したことを覚えている。

東京では、『らくだ』と言えば、まず八代目三笑亭可楽の名前が挙がった。残念ながら私は、可楽の高座には間に合わなかったので、『らくだ』は聴かずじまいである。

それからかなり経って、衝撃的な『らくだ』に出逢うことになる。立川談志の『らくだ』である。

凄絶さを極め、満場の客を虜にした立川談志の『らくだ』

『らくだ』は立川談志の十八番だった。

ふたりの酒盛りが始まるところからが、談志の真骨頂。気弱な屑屋が駆けつけ三杯の酒を飲むうちに、酒の勢いでいつの間にか立場が逆転してゆく、このくだりが長い噺の山場で、談志の演じる屑屋の久六が、人間の本性丸出しで、らくだにさんざん泣かされた挿話のあと、酒をぐいと飲みこんでからの呟く一言「殺っちまおうかと思った」は、凄みすら感じた。

じつは、マスコミに出てくる立川談志しか知らなかった家内は、「傍若無人」の談志によい印象を持っていなかった。そこで、談志の落語を一度聴かせたいと、毎月国立演芸場で開かれている「談志ひとり会」に連れてゆき、楽屋口で挨拶するため、師匠を待ち受けていた。

家内を紹介し、挨拶すると、いきなり師匠が家内に向かって「なに聴きたい?」と言った。2月だったこともあり、とっさに横から私が『らくだ』と声を挙げると、すぐさま「わかった」とひとこと言い残して楽屋へ入っていった。

私たちは客席に回り、満員の会場の後方の席に座った。

「談志ひとり会」は、毎回談志が2席口演する。仲入り前の1席は、プログラムに書いてあるのだが、トリの1席はいつも「お楽しみ」のみ。仲入り前の1席で、談志は座布団に座って丁寧にお辞儀を済ませた後、いきなり「今日はあとで『らくだ』を演るから」と言うと、客席から歓声と拍手が沸き起こった。その事情を知る私たちは、俄然わくわくしたのだった。

通常、『らくだ』のような大作を高座にかけるとき、談志師匠は、自宅に近い「根津神社」の境内で、必ず噺をさらうのだが、今回は「ぶっつけ」本番である。そこで、わくわくにドキドキが加わった。

果たして、トリの『らくだ』は、凄絶さを極めて、満場の客を虜にするほどの出来栄えだった。

談志以後では、笑福亭鶴瓶の『らくだ』が圧巻である。そもそも『らくだ』は、前述したように上方の噺で、六代目笑福亭松鶴が得意にしていた噺だから、鶴瓶は師匠直伝の『らくだ』といえる。

2016年2月26日の第5回COREDO落語会では、トリの高座に上がり、座布団に座っていきなり「らくだ!」と大きな声をあげて死人に声をかけるところから、噺のまくらもなしに本筋に入っていった。

酒盛りのくだりでは、酔っていく様を丁寧に演じ、死人の頭を丸めるため、髪を引きちぎるところなどは迫真の演技、通常やらない葬礼の焼き場まで通して、1時間15分の渾身の長講一席だった。

プロフィール

山本益博(やまもと・ますひろ)

1948年、東京都生まれ。落語評論家、料理評論家。早稲田大学第ニ文学部卒業。卒論『桂文楽の世界』がそのまま出版され、評論家としての仕事がスタート。近著に『立川談志を聴け』(小学館刊)、『東京とんかつ会議』(ぴあ刊)など。

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